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エボルブルスの瞳―特殊事案対策課特命係傀異譚―  作者: 揺井かごめ くろ飛行機
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結城佳澄の、空白の多い一日 ②

さてさて、佳澄ちゃんの奇妙な一日の解答編です。

一体何が起きていたのでしょうか。

2,

都内某所 バー


 何だよオッサン。飲んでるかって? 見りゃ分かるだろ、ヤケ酒だよヤケ酒。あ? 隣? 良いぜ。こんな辛気くさい野郎の隣でよけりゃあな。

 ここで飲んでるってことは、あんたも裏家業の人間だろ? 最悪傀異(カイイ)でも驚きゃしねえさ。

 肝が据わってる、か。あんがとよ。

 俺かい? 俺はなぁ、殺し屋だ。暗殺業を生業としている。

 ……いや、していた、が正しいな。ついさっき、正式に足を洗ったところだ。だから今は無職だな。嘘だと思ってくれて構わねえぜ? 無職の戯言だと思ってくれや。

 なんだよオッサン、この話、もっと聞きてぇのか?

 ……いいぜ、どうせもう俺とは関係のない話だ。

 俺の最後の仕事の話を聞いてくれや。

 俺の、情けねえ最後の仕事の話をよ。


 ターゲットは、朧者(ホーダー)っつう特殊体質のお嬢ちゃんだった。おっと、名前は流石に言わねぇぜ? 俺が仕事をしくじったってことは、ターゲットは生きてるって事なんだからな。迷惑はかけられねえさ。

 ――――そう、生きてるんだ。

 俺はそのお嬢ちゃんを、全部で五回殺している(・・・・・・・)。にもかかわらず、そのお嬢ちゃんは今もどこかで暢気に生きてるんだよ。意味が分からねえ。

 おう、すまねえな。置いてけぼりにしちまったな。順を追って話すよ。


 まず、一回目。

 お嬢ちゃんが有給の日を選んで、夜が明ける前、爆睡しているところに毒を注射した。普通の毒殺だな。俺は、毒の調合は自分でやる。傀朧(かいろう)を調整した液状の傀具(かいぐ)、と言えば分かりやすいかね。心臓発作の症状を再現できる、一番手っ取り早い毒を使った。作るのは馬鹿みたいに大変だけどな。まあ、使いどころだと思ったんだよ。 ビッグネームからの依頼だ、失敗は許されなかった――――おっと、これは言ったら駄目な話だったな。忘れてくれ。

 休日を選んだのは、発見までに時間が掛かるからだ。傀朧痕(かいろうこん)が残りさえしなければ、ただの心臓発作と見分けなんか付かねえからな。

 仕事を終えた俺は、部屋に盗聴器を仕掛けてとっとと退散した。遺体が発見されるまでが仕事だからな。イヤホンを繋いで過ごすんだよ。

 で、ここからだ。ここからがイカれてんだ。

 翌朝、俺の耳に飛び込んできたのは、ターゲットのお嬢ちゃんの欠伸だったんだからな。

耳を疑ったさ。

 脈が止まったことも、呼吸が止まったことも、瞳孔が開ききって動かなくなっていることも、ばっちり確認してるんだぜ? 確実にお嬢ちゃんは死んでいた。にもかかわらず、俺のイヤホンからは、鼻歌交じりの生活音が聞こえてくるわけだ。掃除したり洗濯したり、普通に過ごしてんだよ。

 万が一にも疑われねぇように、ターゲットの家から離れた場所で待機してたんだが……仕方ねぇからとんぼ返りだよ。


 その後は、お嬢ちゃんを観察しながら、殺せそうなタイミングをうかがった。出掛ける様子だったから玄関で待ち伏せして、出てきたところを刺殺した。

 これが二回目の暗殺になる。

 刺殺っつっても、普通の刃物じゃないぜ? 血しぶきが派手に飛ぶような暗殺は目立っちまうからな。俺は基本、流血のない暗殺を心掛けてんだ。刃の部分が傀朧でできているタイプの傀具で……まあ、細けえことは良いか。神経を切断する効果を持った傀具だった。それで首を落としたから、雑に言えば脳死の状態だな。俺はできる限り丁寧に傀朧痕を消してから観察ポイントに戻り、ターゲットが隣人から発見されるのを待った。

 数分後、ゴミ出しの為に隣人が出てきた。

 そしたら、どうなったと思う?

 俺も訳が分からなかったんだがな。死体が消えた(・・・・・・)んだよ。

 隣人がお嬢ちゃんの死体を目視する直前、まるで最初から死体なんかなかったかのように綺麗さっぱり消えたんだ。当然、隣人は何事もなくゴミを出して、そのまま出掛けていった。

 俺は血眼になってお嬢ちゃんの居場所を探したよ。遠距離から人間の動きを観察するような傀具には困ってないんでね、あらゆる道具を使って確認した。そこから20分弱の間、少なくともお嬢ちゃんの家付近には、お嬢ちゃんの死体も生体も見当たらなかった。


 そして、俺が内心頭を抱えながらお嬢ちゃんの家を観察していると、唐突にお嬢ちゃんが再出現した。

 訳がわからない? 文脈はどうした?

 俺が訊きたいね!

 予兆もへったくれも無かった。俺が殺す直前の姿で玄関先に立ってて、首を傾げながら出掛けていったよ。俺は当然尾行することになる。

 お嬢ちゃんは病院に行った後、カフェでランチを取った。俺も同じカフェに入って、客としてコーヒーを飲みながら機会をうかがった。そういや、あそこのコーヒーは美味かったな。一番安いの頼んだんだけどよ、800円もしたわ。お値段通りの味って感じだったぜ。

 で、ターゲットがトイレに入ったところを撲殺した。これが三回目だ。化粧を直してるところを、後ろから殴り倒した。鏡越しに目が合ったっけな。あのお嬢ちゃん、ぽやんとした見た目の割に、意外と勘は鋭いみたいだったな。五回殺して感じた印象なんだから間違いねぇぜ?

 ブラックジャックに似た鈍器を使ったからな、出血はやっぱりナシだ。一撃で仕留めたさ。一応プロだからな。いや、元プロか。はは。

 で、会計済ませて店を出るだろ? でも俺は思っていたわけだ。

 これで終わるなら最初から苦労してねえ、ってな。


 案の定、ターゲットのお嬢ちゃんはそのカフェから出てきたよ。歩きながらちょくちょくスマホ弄ってたな。危ないから良くねえよな。まあ、それで事故って死んでくれりゃあ、俺としちゃあ楽で良いんだけどな。

 ここら辺から、俺もなりふり構っていられなくなった。

 お嬢ちゃんはスーパーで買い物してから帰路に就いた。俺は、人気の少ない路地に入った隙をついて、お嬢ちゃんを拉致した。仕事がしやすい場所まで連れて行って……あー……ちょっと言えないような感じに『殺した』。元の形が無くなるまでっつーか、復元不可能な状態になるまでっつーか。まあ、そういうことだ。これが四回目だな。

 で、俺はその、元々お嬢ちゃんだったモノを見張ることにした。結界を張って、ちょっとやそっとじゃ転移できない状態を作ってな。ここまでしてコレが消えたらどうしようもねえ、と思ってたさ。

 まあ、消えるんだけどよ。


 ソレが消失して、最初に設置した盗聴器からお嬢ちゃんの声がし始めるまで、30分も掛からなかった。

 俺はすぐさま、結界の状態やら周囲の傀朧痕やらを確認したよ。何の不具合も見当たらなかった。見事な縄抜けだったよ。死んでるのにどうやったんだろうな。ほんと。

 流石に悟ったさ。このお嬢ちゃんはバケモンだってな。

 殺せない事が分かったから、ここで殺すのを止めても良かったんだけどな。俺も気になる性分でよ。最後に一回、殺すついでに喋ってみるかと思ったんだ。なんでそんなこと考えちまったかな。

 ターゲットの部屋に侵入して、拘束した。あっさり済んだよ。本人も無警戒でさ、俺に殺された時のことは何も覚えていない様子だった。

 何ですか、誰ですか、何するんですか、と来らあ。

 こっちから色々聞いても、パニックになっちまってて、まともな答えは返ってこなかったな。終いには焦点が合わなくなって、声も上げなくなったよ。

 そこから先は、もう私怨の領域だったな。仕事と関係なく、普通に殺した。隠蔽作業もしなかった。ただ殺した。何の感慨も無く殺した。

 俺は得体の知れないモノに敗北した。


 で、その足でクライアントに業務失敗を報告して、所属していた暗殺組織の契約を解除して、今に至るってこった。この一杯が終わったら海外に飛んで別人になる予定だよ。元々、一回でも暗殺に失敗したらそうする予定だったんだ。

 ま、それが今日になるなんて思っちゃいなかったんだけどな。


 ……え? こんなにべらべら喋って大丈夫かって?

 大丈夫なわけねえだろ! ははは!

 はは……は……は? いや、大丈夫じゃねえよ。なんで俺は喋ったんだ? は?

 おかしいだろ。普段なら拷問されても吐きゃしねえぞ、仕事の話なんて。

 それを、何で俺は、見ず知らずの男(・・・・・・・)に話しているんだ(・・・・・・・・)


   ◆ ◆ ◆


「それはだな、殺し屋の君」


 甲斐忠勝は、足下に置いていたサーキュレーターに視線をやって答えた。無色無臭の自白剤が焚きしめられた空間には、甲斐と男以外に人影が無い。


「多分、君より僕の方が、諜報の腕が良かったっていうことさ」


 特殊メイクで変わった顔のまま、甲斐は殺し屋に警察手帳を示す。正気に戻った男は、見せられた顔写真に苦い顔をした。


「……特命係か」

「流石に調べているね。うちの佳澄ちゃんがお世話になったようだ」

「嫌味かよ」

「嫌味で済んでいることに感謝して欲しいな。その気になれば」


 にこやかな表情のまま、甲斐は低い声で続けた。


「僕は君を殺せたよ」


 甲斐から放たれる重圧に、男の背を冷や汗が伝う。甲斐は声の調子を戻し、穏やかに笑った。


「これはね、殺し屋くん。もう殺す気がない、という意味では無いんだよ。むしろ逆だ。我々特命係は、君をいつでも殺せる。細工は既に済んだ」


 男は勢いよく立ち上がり、自分の身体を忙しく確認した。


「無駄だよ。分かるような細工じゃ無いさ。さっきも言っただろう? 僕の方が腕が良い(・・・・)


 その言葉の通り、何の手応えも得られなかった男は、黙って再び席に着いた。


「……条件は?」

「依頼主の名前を」

「……どうやら俺は死ぬしかないようだな」


 椅子にもたれて天を仰ぐ男に、甲斐は意外さを隠さず訊いた。


「おや、命に代えても言えないのかい?」

「言ったらどうせ死ぬ。そういう相手だ」

「仕事に失敗しても死んでいないのに?」

「どうやら、ダメ元の依頼だったらしいんでな。俺は使い捨てだった訳だ。よくある話さ」

「そうかい」


 甲斐は席を立つ。今度は男が意外そうな顔で甲斐を見上げた。


「殺していかねえのか?」

「残念ながら、君にはまだ利用価値があるからね。海外にでもどこにでも行ったらいいさ。ただ――――」


 甲斐は冷たい目で男に告げた。


「ゆめゆめ忘れるなよ、殺し屋くん。君の今後に自由は無い。特命係は、君を逃がさない」


   ◆ ◆ ◆


 翌日。

 早朝の事務室で、甲斐は事の顛末をアイサに伝えた。


「なんだ、殺さなかったのか。つまらない」


 唇を尖らせて不満を垂れるアイサに、甲斐は苦笑した。


「僕だって正直殺してしまいたかったがね。下手に殺すより、後々使えるように取っておくのが得策だろう?」

「忠勝には遊びが無い」

「仕事だからね。にしても驚いたよ。まさか佳澄ちゃんが、ね」


 最初に異変に気付いたのは、佐藤熊吾郎だ。甲斐とはほとんど面識が無いが、傀朧の研究をしている男で、アイサと頻繁に連絡を取っているらしい。熊吾郎の情報がアイサづてに回り、甲斐が動く運びとなった。


「そうかい? 最近は想術師の暗殺事件も多いし、朧者(ホーダー)の佳澄が狙われるのは不自然なことではないだろう?」

「そこじゃないよ。佳澄ちゃんの強力な現実改変能力(・・・・・・)のことだ。アイサさん、隠していただろう?」


 今回の事件で、佳澄は五回殺されている。しかし佳澄は、無意識下にそれを否定し、現実を書き換えた。佳澄が内包する膨大な傀朧には、佳澄が生まれ持った常識外れの回復力(レジリエンス)が付与されるのだ。

 本人が望む、平穏な生活を守るための力。


「佳澄ちゃんらしい力だ。しかし、熊吾郎君に説明されるまで、全く気付かなかったな」


 咎めるようなじっとりした視線を受けて、アイサは、悪戯が上手く行った子供のように得意げな顔をした。


「あれは奥の手だからね。熊吾郎と私しか知らないよ。忠勝を含めれば三人だ。本人も知らない。くれぐれも口を滑らせてくれるなよ?」


 何の後ろめたさもない口調に甲斐が苦笑していると、事務所のドアが元気よく開いた。


「おはようございます!」


 入ってきたのは佳澄である。


「おはよう。佳澄ちゃん」

「おはよう、佳澄。昨日はよく休めたかい?」

「それが、聞いてくださいよ!」


 佳澄は頬を膨らませ、いかにも不満な顔で言った。


「昨日の夜、私の家、空き巣に入られたみたいなんです! 家の中がもう、ぐちゃぐちゃで!」


 甲斐とアイサは顔を見合わせた。甲斐は内心でぼやく。


(それ、知ってるんだよなぁ……)


 黙って失笑する甲斐をよそに、アイサはからかうような声音で返した。


「何だい、佳澄。ぐちゃぐちゃになるほど家を荒らされたのに、一回も起きなかったのかい?」

「うっ……それは……」


(佳澄ちゃん、死んでたからね。起きられるわけないよね)


 分かっていて意地悪な言い方をするアイサに呆れつつ、甲斐は佳澄の分の珈琲を淹れるために立ち上がった。


「ほら、よく休めたみたいじゃないか」

「うーん……確かに、そう言えなくも無いのかな……?」

「駄目だよ、佳澄ちゃん。アイサさんの言うことをいちいち真に受けていたら」

「良いんだよ、忠勝。佳澄はチョロいところが可愛いんだ」

「チョロっ……⁉」


 コントのような掛け合いにくつくつと笑って、甲斐は自分の珈琲を傾けた。



最後はブラックジョークみたいになっていたところが、アイサらしくていいですね。

それにしても5回も殺される(死に方が残酷)なんて、考えるだけで恐ろしい……。

ちなみに、現実改変能力というのは非常に稀、かつ強力な想術なので、想術師協会が知れば確実に特別一級想術師になります。

佳澄ちゃんの謎が深まったところで、次回のお話は『馬崎家の日常』です。っとその前に、以前揺井さんが書いてくれた短編を本編に移植したいと思います。まだ読んでいない方は、ぜひお楽しみください。

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