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エボルブルスの瞳―特殊事案対策課特命係傀異譚―  作者: 揺井かごめ くろ飛行機
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結城佳澄の、空白の多い一日 ①

さてさてお待たせいたしました!

新章に突入……の前に閑話休題短編をはさみます。


第一弾は、佳澄編です。

ちょっと奇妙な佳澄の日常……その中に潜むミステリーとは……?

 おはようございます、結城佳澄です。

 今日は有給休暇を使って、まったり過ごそうと思います。良いお天気なので、洗濯物を一気に済ませて、お掃除もしちゃいました。

 東北の田舎から上京して一年ちょっと。家具も大分増えてきました。ほとんどがアイサさんや佐竹先輩からの貰い物なので、いつの間にかすごくファンシーなお部屋になってしまいました。お気に入りはもちもちのアザラシクッションです。抱き心地がとっても良いんです。

 豆から挽いたコーヒーを一杯飲んで一息ついたら、お出かけです。

 日差しが強いので日傘を持って、白いサンダルを履いて、外に出ます。

 うん、良い天気――――[■■■■]


   ◆ ◆ ◆


 ――――あれ?

 えっと、うん、良い天気です。良い天気ですが、さっきより気持ち暑い気がします。腕時計を確認したら、いつの間にか30分くらい経っていました。


「なんでぇ⁉」


 慌てて駅まで走ります。かなり余裕を持って家を出たので、ぎりぎり予約時間には間に合いそうです。

 どうにか電車に乗って、郊外の端っこにある診療所に向かいます。

 今日は、月に一回の通院の日です。

 私は、朧者(ホーダー)という特異体質です。傀朧(かいろう)を自然と引き寄せて貯め込んでしまうらしくて、小さい頃から困り事に巻き込まれがちでした。そこに目を付けたアイサさんからスカウトされて特命係に入ることになったんですが……それはまた別の話です。

 朧者は貴重な体質らしく、特殊な検査とデータ採取を兼ねて、想術師協会に所属する傀朧医(かいろうい)がかかりつけ医になって、無償で定期チェックをして貰えることになりました。

 とげさか診療所は、表向きは普通の個人病院として運営されている、森の隠れ家みたいな診療所です。白い壁の洋風建築と緑たっぷりのお庭が、外国の児童文学の挿絵みたい。今は額紫陽花や立葵が綺麗に咲き誇っています。受付をして、事務室の奥にあるレストルームに向かいます。


「やあ、久しぶりでございますね、佳澄殿」

「一ヶ月ぶりです、熊ちゃん先生」


 グッピーの水槽があるレストルームでは、私のかかりつけ医、佐藤熊吾郎先生が待っていました。彼は、皆から『熊ちゃん』と呼ばれています。ミルクティー色のたっぷりした癖っ毛がふわふわしていて、そこだけ見たら本当に熊さんみたいです。愛嬌のある丸眼鏡と、ひょろっと長い手足に全然足りていない丈の白衣がチャームポイント。でも、一番面白いのは喋り方です。全部が全部ちぐはぐな感じで、ちょっと胡散臭いけど楽しい人です。


「相変わらずひょろひょろですけど、ちゃんと食べてますか?」

「いやあ、佳澄殿には敵いませんな。小生と佳澄殿、どちらが医者か分かったものではありませぬ」

「あはは。で、食べてるんですか?」

「……あー、研究が忙しくて中々……ははは……」

「もー! いっつもそう言うんですから! はい。これ、少しですけど差し入れです」


 私は、煮物ときんぴらごぼうのタッパーを先生に渡しました。熊ちゃん先生はアイサさんと仲良しみたいで、空のタッパーはアイサさん伝に返ってきます。いつも可愛い付箋に綺麗な字で『ごちそうさまです』の一言と、面白いイラストを付けてくれるので、こっそり楽しみにしています。


「毎度かたじけない。佳澄殿の料理はいつも絶品でありますから、貰ってもすぐに無くなってしまうのでございます」

「その方が良いですよ? 手作りなので日持ちもそんなにしませんし、食べたら無くなっちゃうのは当たり前です。残さず食べてくれてるみたいで嬉しいです」

「残すなんてとんでもない!」

「そうですか?」

「そうですとも」


 お喋りした後は、診察です。腕時計型の血圧計みたいな傀具(かいぐ)で全身の傀朧の総量を調べた後、触診で概念抽出をします。危険レベルの高い概念の傀朧を取り込んでいないかどうかのチェックです。

 一通り検査が終わった後、熊ちゃん先生は「うーん」と困った風に呟きました。


「佳澄殿、もしかしたら、今日一日は運が悪いやも知れませぬ」

「え、そうなんですか?」

「具体的に言うと、物忘れの多い一日になりそうでござりまする。あれ、なにやってたっけ? という思いを何回かするでしょうな」

「……そういえば、家を出るときにそんな感じの事がありました。おかげで診察に遅刻しちゃうところでした」

「やっぱりでございますか。そういう系統の概念を持った傀朧をたくさん取り込んでしまっておりますな。今日は特に気をつけた方がいいでございましょう」

「そんなぁ……せっかくのおやすみなのに……」

「そうご心配めされるな、今日の佳澄殿のラッキーパーソンである小生が素敵なアドバイスを差し上げまする」


 朝の情報番組の占いコーナーみたいなことを言って、熊ちゃん先生は私に二つのアドバイスをくれました。

 ひとつ。私と仲が良い人や知り合いには、なるべく会わないこと。

 ふたつ。この後の行動を、可能な限り詳しく熊ちゃん先生に報告すること。出来たら写真付きで。

 二つ目のアドバイスに私が若干引いていると、熊ちゃん先生は柔らかく笑って言いました。


「なに、これでも小生お医者さんですので、守秘義務はばっちりでございますぞ。いただいた情報は今日限りで消去いたします」

「そこはあんまり心配してないんですけど……」

「あれ、そうでございますか?」

「知られるのが嫌なこととかは……」

「もちろん、伏せていただいて構いませぬ。あくまでもアドバイスでございますれば、佳澄殿が全部小生の言う通りにする必要はないのでございますよ……ただし」

「ただし?」

「できる範囲で、しておいた方が安全でございます。何しろ今日の佳澄殿は――――運が悪いので」


 結局、私は熊ちゃん先生に連絡を取る約束をして診療所を出ました。

 これまでも、熊ちゃん先生からよくわからない不思議なアドバイスをして貰ったことが何回かありました。そのお陰かどうかはよく分かりませんが、大きなトラブルには遭いにくくなりました。今回も、素直に聞いておくが吉です。多分。

 診療所を出た私は、その足でお気に入りの喫茶店に寄りました。この辺りの喫茶店は一通りチェックしています。この喫茶店は、コーヒーも美味しいけれどランチメニューも豊富で、店内に童話モチーフの小物が沢山飾ってある可愛いお店です。厄日らしいので、お昼くらいは贅沢しようと思って選びました。

 この後はスーパーでお買い物です。食材を沢山買う予定なので、腹ごしらえは大切です。サンドイッチ2つとスープ、コーヒー、デザートにケーキを頼みました。サンドイッチは、ハンバーガーかな? って思うくらいボリューミーです。

 実は私、結構食べる方なのです。

 食いしん坊がバレるのは恥ずかしいですが、メニューをばっちり写真に撮って、熊ちゃん先生に送信してから手を付けます。


「ん~……!」


 とっても美味しいです。至福の時間です。

 お腹も心もいっぱいになったので、お化粧直しついでにお手洗いに入ります。サンドイッチが大きかったので、綺麗に食べるのがとっても大変でした。鏡を見てみると、やっぱり口の端にソースが――――[■■■■]


   ◆ ◆ ◆


 ――――えっ、と。何でしたっけ?

 ああ、そうでした。お化粧直しに来たんでした。もう済んでますね。朝施したお化粧とほとんど変わりません。ばっちりです。


「って、え⁉」


 腕時計を見ると、お手洗いに入ってから20分も経っていました。結構長い時間ぼーっとしていたみたいです。

 熊ちゃん先生に連絡を入れてから喫茶店を出て、スーパーでお買い物をします。一週間のご飯用食材を一気に買い込むので、バスケットがぱんぱんです。逆にお財布は寂しくなってしまいますが、エンゲル係数は削れません。ご飯は大事なんです。

 レシートとエコバック山盛りの食材を撮って熊ちゃん先生に送り、帰ります。思った以上に時間を使ってしまったので、ちょっとだけ急ぎます。沢山買った分、料理や下ごしらえに時間が掛か――――[■■■■]


   ◆ ◆ ◆


 ――――掛かる、から。


「急いでたのにぃっ……!」


 またです。慌てて時計を見たら、今度は一時間も立っていました。そんなのってないです。八月半ばの炎天下で一時間も放置したら、冷凍食品や生ものが駄目になってしまいます。

 涙目で熊ちゃん先生に連絡し、急いで帰って、玄関先でエコバックの中身を確認します。


「……あれ?」


 中身は、何故か無事でした。本当に意味が分からないけれど、無事でした。なんにも溶けていません。傷んでいる匂いも全然しません。

 考えても分からなさそうなので、私は考えるのをやめました。世の中には、考えてもわからないことがたくさんあります。特に私の周りはそんなのばっかりなので、いちいち気にしていられません。食材の無事を素直に喜ぼうと思います。

 鼻歌を歌いながら保存用のお野菜を刻んでいると、スマホがポンッと軽い音で鳴りました。熊ちゃん先生からメッセージです。


『ちなみに、この食材からどんな物を作るんですか?』


 食材のラインナップを見て、気になっちゃんったんでしょうか。

 私は一旦お料理を中断して、何をどの料理に使うかを書き出して送りました。ついでに、食材の簡単な保存方法も送ります。もしかしたら試してくれるかも知れません。

 一通り送信が終わったら、お料理再開です。お野菜を切って冷凍庫に入れたら、作り置きのおかず数品と同時に晩ご飯を作ります。さっぱり冷や汁の気分なので、アジをグリルで焼きながら薬味を刻みます。


 ――――がちゃん。


 突然、玄関から音が――――[■■■■]


   ◆ ◆ ◆


 ――――世の中には、考えてもわからないことがたくさんあります。特に私の周りはそんなのばっかりなので、いちいち気にしていられません。

 だから、私はぼんやりとこう思うのです。


 明日も一日、元気に過ごせますように。



すごくミステリーな展開です。今回の話は、くろ飛行機が考えた原作はなく、揺井さんの完全オリジナルです。(とても面白いからつい饒舌になるくろ飛行機)

佳澄の身に何が起こっているのか!? それは次回明かされます。推理してお待ちいただけるととても楽しいかもしれません。

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