表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
エボルブルスの瞳―特殊事案対策課特命係傀異譚―  作者: 揺井かごめ くろ飛行機
40/73

熾火 ③後日談

40話目に突入です……!

いつもありがとうございます_(._.)_

8月4日 12:17 特命係事務所


 うだるような暑さの昼休み。(しらず)が馬崎の席でぐったりと溶けながらアイスを舐めていると、事務所の入り口がノックされた。事務室には白と佐竹しかいない。佐竹に目配せされた白は、咥えたアイスの棒をぴこぴこと上下させた。

 白のやる気のなさを読み取った佐竹は、溜息を吐いて席を立った。


「どうぞ」

「こんにちは。この間のお礼に来ました」


 佐竹に続いて、聞き覚えのある声がする。白が顔を上げると、事務室に二人の少年が入ってくるのが見えた。


「あ、白くん!」


 そのうちの一人、荘園寺拓也(タクヤ)が白を見つけて明るく声を上げる。


「奥のデスクは汚ねえからあんまり見るんじゃねーぞ、ちびっこ共」


 佐竹は二人をソファに座らせ、白に向けて「シロの客だろ、こっち来いよ」と声を掛けてから給湯室に向かった。白は渋々立ち上がり、アイスの棒を捨てて二人の前へ腰掛ける。


「白くん、あの時は本当にありがとうございました……えっと、その、なんであの人セーラー服着てるの?」


 タクヤは頭を下げた後、興味が抑えきれないといった表情で声を潜めた。白は肩をすくめる。


「さあ。趣味じゃない?」

「趣味!? え、それっていいの?」

「いいんじゃないの。おれもこんなだし」


 白が自分の首に掛けたヘッドホンを指でつついてみせると、タクヤは「確かに……?」と首を傾げつつも頷いた。

 白とタクヤが喋っている間中、もう一人の少年は所在なさげに視線をうろうろさせていた。タクヤより少し体格が良く、不安げに眉を下げていなければ気が強そうな顔立ちの少年である。


「タクヤ、こいつは?」

「田口(ショウ)です」


 タクヤが答える前に、ショウ自身が名乗った。話に交ざれてほっとしたのか、幾分か表情が和らいでいる。


「タクヤが誘拐事件を解決した人にお礼しに行くって聞いたから、俺も来させて貰ったんです。元々、俺が遅くまで遊んでたから、誘拐なんかに巻き込まれたんだけど……」


 言い淀むショウに、白がきっぱりと言う。


「あんたは悪くないよ。誘拐するほう(・・・・・・)が100%悪いに決まってる。怖い思いしたでしょ」

「した、のかな……あんまり覚えてなくて」

「怖すぎて忘れちゃうくらい怖かったんじゃない?」


 白とショウのやりとりを聞いて、タクヤは思わず白を見る。白はショウにバレないように、こっそりと人差し指を唇にあてて見せた。

 今回の事件は、最初の報道通り『大規模な誘拐事件』として処理された。

 くねくねに変えられてしまった16人の住民達は、想術師協会の傀朧医(かいろうい)達によって少しずつ元に戻されている。ショウは数日で人間に戻ったが、くねくねとして過ごした期間が長かった者は時間が掛かっているようだ。元々が精神汚染系の傀異(カイイ)なので、人間に戻る際、くねくねに関する記憶は健忘している。特命係には、最初期の被害者は後遺症が残る可能性もあるという情報も回ってきている。


「他の人達も、何事もなく返ってくるといいな」


 白の呟きに、二人の少年は黙って頷いた。


「あんまりしみったれんなよ、チビ助共!」


 佐竹が戻ってきて、三人の前に緑茶の入ったグラスを置く。


「現にショウ君は戻ってきたわけだろ? 安心しろ、日本の警察は優秀なんだよ。他の行方不明者もチョチョイのチョイだって」


 にかっと笑う佐竹につられて、少年二人の表情も明るくなる。


「そうですよね。ショウも戻ってきたし、じいちゃんも助かったし」

「……お前のじいちゃん、結局どうなったんだ?」


 白が質問する。タクヤは知らないが、タクヤの祖父である荘園寺昭久は、今回の事件の発端になった人物だ。白にとっても気がかりだったが、何かしらの処理をするらしい、以上の情報はまだ回ってきていなかった。


「病院に運ばれて、オーキューショチしてもらって……打ったのが頭だったから、ケイカカンサツ? で少し入院しました。あの日のことは覚えてなかったけど、今はもう元気です」

「……覚えてなかった?」


 佐竹が片眉をぴくりと吊り上げる。タクヤはショウの方を気にしながらも、「はい」と頷いた。


「白くんが家に来た日のこともそうだし、くねくねに関わることは全部覚えてなくて。多分頭を打ったからだって、先生が言ってました」

「……そうか」


 佐竹は一瞬険しい表情を浮かべるが、すぐに笑顔に戻ってタクヤの頭をわしゃわしゃと撫で回した。


「にしても、元気になったなら良かったな!」

「わっ!? は、はい!」


 その後、少しの談話を経て、少年二人は帰っていった。事務所の机には、手土産のフルーツゼリーだけが残った。


和音(かずね)、さっきの何?」


 仕事に戻ろうとする佐竹に、白が尋ねる。


「さっきのって?」

「タクヤのじいちゃんが色々覚えてない、って話のとき、なんか変だった」

「妙な話だったからな。シロはまだ何も聞いてないのか、荘園寺昭久の処遇」


 白がこくりと頷いてみせると、佐竹は白に数枚の資料を渡して自分のデスクに戻った。


「それ読みゃあ分かるけど、荘園寺昭久には後日聞き取り調査の予定が入ってんだ。退院の段階で忘れてんのはおかしい」

「頭打って忘れたんじゃないの?」

「傀朧医は性質上、脳外科に強いのが多いからな。そっち系の想術で思い出させるのは難しくないはずだ」


 説明しながらも、佐竹の指はパソコンのキーを叩いている。


「――――やっぱりか」


 呟きと共に、佐竹の指が止まった。ちょいちょい、と手招きされ、白は佐竹のデスクトップを覗き込む。

 そこには、血まみれの病室の写真が大きく表示されていた。


「荘園寺昭久が入院した翌日、看護師が病室に入った時の様子だとさ。馬崎のヤロウ、また仕事溜めてやがった。情報来たら回覧まわせっつーの」


 佐竹は舌打ちしつつ、病院から来たメールの文章をスクロールする。


「やっぱり、このタイミングで記憶が飛んでるっぽいな。病室は血みどろだが本人は無傷、血液型も不一致……」


 ぼうっと画面を眺める白をよそに、佐竹は忙しなく手を動かす。


「シロ、ちょっとそっち向いてな」

「? うん」


 白が素直に画面から視線を外したのを確認すると、佐竹はメールを閉じ、デスクトップの端に置かれたフォルダを開いた。


「もういい?」

「駄目。しばらくそっち向いてろ」


 佐竹が開いたフォルダの中には、先程の病室に似た血まみれの写真が何枚も並んでいた。違いといえば、その血痕の中心に死体があるかどうかのみだ。


「ん-、やっぱ似てんな。血の飛び散り具合といい、馬鹿みたいな血の量といい、傀朧痕(かいろうこん)の形といい。かなり近い」

「ねえ和音、何見てんの?」

「サボり魔係長がコソコソ集めてる資料だよ。あたいも最近見つけたんだけどさ。ここ数ヶ月、傀異絡みの事件と関係を疑われるような人物が、頻繁に襲撃に遭ってるんだ」


 それまで気楽に座っていた白が、身体を強ばらせる。佐竹は気付かないフリをして続けた。


「で、現場には大抵、干涸らびた……あー、白。聞きたくなきゃ無理すんな」

「いい、続けて」


 白は固い声で返事をする。佐竹は困ったように頭を掻いてから続けた。


「わかった。干涸らびた死体と、酷い血痕(・・・・)が残ってる。ちょうどこんな風にな。もう画面見て良いぞ」


 佐竹は、フォルダの上に荘園寺昭久の病室の写真を広げてから白に声を掛けた。


「血もそうだけど、傀朧痕の癖がかなり近いんだ。この写真の傀朧痕は見えるな?」

「見える」


 目を凝らさずとも、白には最初からハッキリと見えていた。血痕に重なるように大きく飛び散った、荒々しい傀朧の痕跡。


「他の現場写真も、大体こんな感じだ。もしかしたら今後も見ることになるかも知れない。覚えときな」

「わかった」


 こくりと頷いた白の頭を軽く撫でてから、佐竹は珈琲を淹れるために立ち上がった。


「白もちょっとずつ、業務用のパソコン弄れるようになってこうな。こういう情報は押さえといて損ないぜ? コレの犯人とも、そのうち戦うかも知れねえしな!」


 あはは、と豪快に笑う佐竹に「教えてくれればすぐ覚えるよ」と抗議の声を上げ、白は自分のデスクに戻った。

 窓の外からは、蝉の声が響いていた。


いよいよ、次週くねくね編最終回です。

お付き合いいただきありがとうございました!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ