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エボルブルスの瞳―特殊事案対策課特命係傀異譚―  作者: 揺井かごめ くろ飛行機
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熾火 ②推理

さて、アイサの推理が始まります。

7月31日 16:45 水戸角アイサの語り


 さて、全ての発端はコバヤシ、君がこの町に――――来る前のことだ(・・・・・)


 この土地には、元々は何も無かった。当然と言えば当然だね。どんな大都市も、拓かれる前は未開の地だ。


 では、この土地に住んでいる人々はどこから来たのか?


 これは郷土史にはっきり示されていた。東山道(とうせんどう)付近の、とある町からだ。その町は土砂災害で既に失われている。その町の生き残りがこの土地へ移り住み、拓き、今の町が形作られたという訳だ。


 この成り立ちが、この土地を傀朧の溜まりやすい場所にした。


 東山道から流入した様々な文化が閉鎖的な土地柄の中で発酵して膨らんで、というイメージかな。他にも要因は色々あっただろうが、そこまで追いかけていたら時間が足りない。

 結果的に悪いものが湧きやすくなった、という点だけ覚えておきたまえ。


 この町の蛇神信仰は、それに対抗するために生み出された習慣がベースになっているんだろうね。定期的に宗教的な行事を行うことで、溜まった傀朧と別の概念の傀朧を生みだし、相殺する。そういう文化が定着した。


 そこに目を付けたのが、ここにいるコバヤシだ。


 コバヤシは、まず、町の権力者に取り入った。荘園寺(しょうえんじ)昭久(あきひさ)。白は聞き覚えがあるだろう? 我々に依頼を持ち込んだタクヤ少年は、彼の孫だ。


 荘園寺拓也と荘園寺昭久は、それぞれがそれぞれにコバヤシと協定を結んでいた。少年は友人の救出を願ったが、老人が願ったのは利益だ。


 この町に大型施設を建てるために、住民にとっての『土地の価値』を下げ、手放すように仕向けたい。

 大方そんなような内容だろう。コバヤシにそそのかされたのか、自分で申し出たのかは分からないがね。


 そして、コバヤシはこの町に“くねくね”を流行らせた。子供に毒気の強いオモチャを与えてしまえば、後は簡単だ。自然と噂は広まり、傀朧が溜まり、この土地の気質と結びつく。そうして“くねくね”は強化され、傀異としての力を得た。


 行方不明事件が多発したのは、老人にとっても誤算だっただろうさ。平凡で、人並みの欲と善良さを持った、ただの老人だ。たかが立ち退きの脅しのためにまさかそこまでするなんて、想像もしなかっただろう。その頃にはコバヤシは、老人との連絡を絶っていた。


 老人は黙し、とんでもない事件のタネを撒いてしまった事実に怯えながらも、自分の可愛い孫を事件から遠ざけようとした。


 もちろんコバヤシ側には関係ないことだ。老人の次は少年に声を掛けた。友人の救助をちらつかせたり町を案内させたりして少年と親しくなり、我々を呼び寄せるようにそそのかした。


 なぜ我々を呼んだか? そうだな、特命係に恨みでもあるんじゃないかな? 自分に有利な土地へ呼び寄せて戦力を削いでやろうとか、そんな甘いことを考えていたんだろう。

 あげく、縛り上げられて転がっている訳だ。

 その頭の良さとお笑いの才能は稀有だよ。もっとそれらを生かせる職種に転職したら良いんじゃないかい?


 おいおい、怒らないでくれたまえよ。私は褒めているんだ。


 さて、ここで登場するのが、この壺だ――――そう、君が道祖神に置いた壺だよ。私が回収させて貰った。そう喚くなよ、責任を持って処理するから安心してくれたまえ。


 さておき、この壺。

 壺自体は傀具等級“中”相当、どこにでもありそうな普通の傀具だ。

 ん? なんだ、また怒っているのかい? 別に馬鹿にしてはいないさ。君の言う『あのお方』は確かに凄いよ。本人が凄いのか、抱えている技術者が凄いのかはさておき、ね。


 この傀具は平凡だが、施されている細工は非凡も非凡だよ。正気の人間ではおよそ出来ないような、えげつない細工で強化されている。一体どうやったらこんな細工が作れるのか、そしてこんな脆い器に付与できるのか、見当も付かないよ。天才の仕事だ。


 これを使って、君は傀朧を集めた。更に別の傀具を使う為に。


 ――――『珠母(たまも)』。古くから存在する、傀玉(かいぎょく)の精製装置。


 よく、傀玉は真珠に、『珠母』はアコヤガイに例えられる。珠母(しゅぼ)はアコヤガイの別名だから、名前の通りだね。


 このリングケースのような小箱がそれだ。今更懐を探しても遅いよ、コバヤシ。こんな危ない物、没収に決まっているじゃないか。


 『珠母』も傀玉も、現在は所持・精製が禁止されている。古来から残っている数少ない傀玉は、全て想術師協会に登録され、管理されているはずだ。


 君達がこれを使って何をしようと企んでいるかは、残念ながら、私の口からは語れない。ただ、ろくでもない事なのは確かだね。



   ◆ ◆ ◆



「アイサ」


 淀みなく喋るアイサの演説を遮ったのは、白だった。


「傀玉って何?」


 アイサは言葉を止め、思い出した様子で「ああ」と呟いた。


「そういえば、この辺りの勉強はまだだったね。ちょうどいいから教えてあげてくれないか、浄霊院咲夜」

「……自分で教えたら?」


 怪訝そうな咲夜の当然の返答に、アイサは肩をすくめた。


「私に教わるよりも、君に教わった方が素直に覚えられるだろうと思ってね」

「本音は?」

「喋り通しで疲れたから休憩したいんだ」


 咲夜は呆れた表情で溜息を吐く。


「どこまで本気か分からないけど、良いでしょう。引き受けてあげるわ。彼には恩もあるしね」


 そう言って白に向き直り、咲夜は人差し指をぴんと立てた。


「傀玉っていうのは、簡単に言えば、一つの概念を持った純粋な傀朧が結晶化したものよ。さっき話に上がったように、真珠のような見た目をしているわ。白っぽくてつやつやした球体。サイズは物によってバラバラだけれど、大きくてもこんなものね」


 立った人差し指が曲がり親指に寄せられて、直径2センチほどの粒を摘まむような形になる。


「小さく見えるかも知れないけれど、このサイズの傀玉が持つ傀朧は、たった1個で伝承レベル()――――最大規模の特定危険傀異と同程度よ。ものすごい量の傀朧がぎゅ~っとなって、このサイズになっているの。

 傀玉の本当に恐ろしいところは、この膨大な量の傀朧が、誰にでも使えてしまう(・・・・・・・・・・)ところね。

 高密度で純粋な傀朧だから、使い道はいろいろあるわ。傀具に使えば3世紀は枯れない電池の役割を果たすし、傀玉を核として強力な傀異を生み出すこともできる。その特性から“傀異の卵”なんて呼ばれることもあるわね」


「ふうん。なんか、真珠とか卵とか、色々好き勝手呼ばれてるんだね」

「そうね。歴史の長いモノだから」


 白の素朴な呟きにくすりと笑ってから、咲夜は説明に戻る。


「とにかく、普通ではあり得ないことが、簡単に叶えられるの。例え想術が使えない人間でも、ね。

 でも、こんな高エネルギーを素人が扱えば、結果は目に見えているわ。

 想術師が統一化されて制度が整う以前には、もちろん規制なんかないから、傀具として高値で取引されていたらしいの。でも、使った人が傀朧に取り込まれて廃人化したり、やたら強くて凶暴な傀異が生み出されたり、半分事故みたいな事件が絶えなかったみたい。

 こんな感じで、半端な想術師や一般人が使えば身を滅ぼしかねない危険な代物なの。だから、現時点で見つかっている傀玉は全て、想術師協会が厳重に管理しているわ。新しく作るのも禁止。

 ……なんとなく分かったかしら?」


 こくんと頷く白に、咲夜はうんうんと頷く。


「なら良かったわ。まあ、普通に生きていたら使わないようなニッチな知識だからね。こんな特殊な事件でもなかったら、知らなくても全然おかしくないわ」

「ところが、こいつの登場でそうも言っていられなくなった。そう思わないかい?」


 コバヤシを足で転がしながら水分補給していたアイサが割って入る。


「コバヤシが持っていた『珠母』は、かなり質の良いものだ。壺型傀具のブーストがあったとはいえ、たった数日でこのサイズの傀玉を精製している」


 アイサは『珠母』を開き、中に入っていた傀玉をつまみ出した。直径1センチ強の真っ白な球体が、日の光を受けて柔く煌めく。


「おい、そんな雑に扱って良いのかよ」

「大丈夫さ。力加減は得意だからね」


 咎める風牙におざなりな返事をして、アイサは唇をとがらせ、傀玉にそっと息を吹きかけた。傀玉の表面が花びらのようにほどけ、風に舞って散っていく。


「おい、よせ! やめろ!」


 アイサの足下でコバヤシが暴れるが、アイサは気にせず息を吹き続ける。

 咲夜は慌てて『識見(しきみ)』をかけて周囲を確認した。傀玉の処理には、本来なら専門知識が必要なはずだ。素人が下手に解体すれば、高濃度の傀朧が撒き散らされることになる。しかし、咲夜の心配とは裏腹に、危険性の高い傀朧は見当たらなかった。

 傀玉はみるみる小さくなり、やがて完全に消えてなくなった。


「安心するといい、浄霊院咲夜。完全に無効化した」

「嘘だろ、もったいないと思わないのか!? あのサイズの傀玉だぞ!?」

「思わないね。強者には無用の長物、弱者にはただの毒だ。誰が持っても無駄になる。眺めるだけなら美しいがね」


 さらりと答えるアイサに、コバヤシは閉口する。代わりに口を開いたのは風牙だ。


「いや、いかにも良い事した風な顔してっけどさあ。本来なら、想術師協会に提出するのが筋なんじゃねえの? 勝手に壊して良かったのかよ」

「いや、まさにそこなんだよ、功刀風牙。

 本来なら、傀玉も『珠母』も協会が管理している。つまり、上質な『珠母』は全て協会が管理しているはずなんだ。劣悪なものや模造品ならまだしも、これだけ質の良い『珠母』が見逃されているのは不自然だ」


 その言葉に、咲夜がはっとした表情をする。


「そういえば、最初から変だとは思っていたの。傀測計の数値が明らかに異常なのに、傀朧管理局に問い合わせても返事があいまいで……結局、いつも通り独自に調査してたんだけど」

「……えっと」


 置いてけぼりになっていた白は、ひかえめに挙手しながら確認した。


「つまり、何? 想術師協会が何か企んでるんじゃないか、ってこと?」

「あくまでも想像だがね。協会全体でなくとも、内部に良からぬ事を企んでいる輩がいるような気がしないかい?」

「――――ハッ、馬鹿みてえだな」


 黙って聞いていたコバヤシが、嘲るように笑った。


「なんだ、今更自己紹介か?」

「ほざけよ、水戸角アイサ。たかが想術師のバディ、たかが特命係、その程度のちっぽけな集まりにどうこうされるほど僕達(・・)は少なくない」

「……ほう?」


 アイサは冷ややかに笑い、しゃがみ込んでコバヤシに顔を近付ける。


「なるほど、なかなか膨大な個数(・・)繋がって(・・・・)いるみたいだが」


 そう呟いて、アイサはコバヤシの長い前髪に手を掛けた。


「……やめとけ、水戸角アイサ。取り返しがつかなくなるぜ?」


 コバヤシの静止を無視して、アイサはゆっくりと手を持ち上げる。前髪に隠されていたコバヤシの顔が、少しずつ(あら)わになっていく。


「この下に、答えがあるのか、なっ――――!?」


 コバヤシの全貌が明かされる寸前で、爆発音が響いた。

 唐突に訪れた爆風と視界を覆う濃霧に、全員が顔を覆う。


「――――すまない、諸君」


 風が収まり霧が晴れた頃には、コバヤシの姿は跡形も無かった。


「思ったより相手に堪え性が無かったらしい」


 やれやれ、とため息を吐くアイサに、風牙が食ってかかった。


「何やってんだよ! 逃してんじゃねぇか!」

「ああ、だから言ったろう? すまなかった」

「ごめんで済んだら警察いらねえんだよ。まさに手前が警察だろーが、口じゃなくて手ェ動かせ。追うぞ」

「そう逸るなよ、功刀風牙」


 アイサはその場にすとんと座る。


「これで今回の事件は“おしまい”だ。これ以上コバヤシや、コバヤシの仲間が何かをやらかす事はないさ」

「……コバヤシを逃がす理由は?」


 咲夜が端的に問う。アイサは先程までの冷たい笑顔を取り払い、無表情で天を仰いだ。


「コバヤシをどうしようが、結末が変わらないからだよ。どうやら相手は無数に居て、何かしらの技術で繋がっている。こちらの様子は筒抜けだろうね」

「なっ……!?」

「おい馬鹿早く言えよそういうことは!」


 咲夜は絶句し、風牙は思わず異を唱える。二人に構わず、アイサは続ける。


「そういうわけで、こちらから情報を引き出したコバヤシはどのみち逃げるつもりでいた。逃亡、あるいは自害もありだ。あれは人じゃない様子だったからね」

「傀異だった、ってことか?」

「なんとも言えない。気色の悪い混ざり方をしていて、そこまで読めなかった」


 そこまで黙って聞いていた白が口を開く。


「どうせ逃がすんなら、わざわざ捕まえる必要なんて無かったんじゃないの?」

「そうでもないさ。せっかくだから牽制くらいは入れておかないとね。あれだけあからさまに宣戦布告をしたんだ、しばらくは我々の出方を警戒せざるを得ないだろう」


 全員が黙り込む。夕暮れの風が4人の間を通り過ぎていく。


「……は〜あ」


 咲夜が、真剣な面持ちを崩して大きく息を吐いた。そのままアイサに倣って天を仰ぐ。


「もう、そういう事でいいわ。疲れちゃった」

「……だな。白はどうだ?」

「正直、結構疲れてる」

「正直で結構。さて、諸君」


 アイサは立ち上がり、白を背負い上げた。仮面をつけたように綺麗な笑みを浮かべて振り向く。


「撤収だ。家に帰るまでが傀異退治だよ」




コバヤシの正体は何なんだ……

謎を残したまま、エピローグに突入です。

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