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エボルブルスの瞳―特殊事案対策課特命係傀異譚―  作者: 揺井かごめ くろ飛行機
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熾火 ①合流

7月31日 16:31 自然公園 駐車場


「1、2、3……」


 自然公園のベンチで待ち構えていたアイサは、到着した白、風牙、咲夜を順繰りに指差し、最後にコバヤシへ指を向ける。


「4、と。四名様ご到着だね。待っていたよ」

「待っていたよじゃねえんだよ」


 風牙はコバヤシを乱暴に地面へ下ろし、アイサの胸ぐらを掴んだ。掴み上げられたアイサの足が、地面から微かに浮く。


「どういうつもりだ」

「お疲れ様、の方が良かったかな?」

「ふざけるな。説明しろ」


 地を這うような声に静かな怒気を孕ませ、風牙はアイサを睨み付ける。


「やめたまえよ、功刀風牙。公務執行妨害で逮捕しちゃうぞ?」

「なら手前(テメェ)は詐欺罪だな。もう一度訊くぞ、どういうつもりだ(・・・・・・・・)?」


 風牙の手元に力がこもる。咲夜は、頭に血が上っている風牙を止めようと一歩踏み出した。

 しかし先に言葉を発したのは、車に乗ったままの白だった。


「やめておいた方が良いよ」


 よろめきながら車を降りた白は、地面に胡座をかいて車体にもたれかかった。片膝を立てて頬杖をつき、諦観にあふれた目でアイサを見遣る。


「そいつ、何やっても全然堪えないから。こっちが疲れるだけ」

「だ、そうだよ。説明はこれからさせて貰うから、とりあえず下ろしてくれないかな」

「……」


 風牙はアイサを掴み上げた拳に力を込め、突き放すようにその手を離した。アイサが座っていたベンチにどかっと腰掛け、深い溜息を吐く。


「仲間にここまで言われるのってどうなんだ、水戸角アイサ」

「いつものことさ」

「最悪だな」

「そうかもね」


 皺の寄った胸元を整えたアイサは、全員に飲み物を配って周った。咲夜も風牙も、嫌そうな表情で受け取る。


「受け取るんだ……」

「飲みもんに罪はねぇからな」


 白の呟きに、風牙は不機嫌を隠さずに答える。


 白は、自然公園に至るまでの車中で、この二人とアイサが険悪になっている原因をざっくり聞かされていた。

 身内ですら庇いようが無い。庇う気も無い。傍若無人をヒトの形に整えたようなこの人物こそが、通常運転の水戸角アイサである。

 特命係の面々がアイサを許容しているのは、その勝手気ままに意味があることを知っているからだ。白が口を挟んだとはいえ、風牙と咲夜がアイサと同じ席に着いてくれること自体が、白にとっては不思議だった。


「さて諸君、この度は本当にご苦労だった」


 全員が腰を落ち着けたのを見計らって、アイサはそう切り出した。


「事の顛末を語る前に、そこで伸びている男を起こしてあげようか。仲間はずれは可哀想だしね」


 アイサが指を鳴らす。軽やかな音と同時に、コバヤシの喉から「かひゅっ」と喘鳴がする。


「ぐ、がっ……!」

「おっと、絞めすぎたか」


 アイサの手が開くのに連動し、コバヤシのうめき声が止む。地面にうつぶせで転がったコバヤシは、肩で息をしながらアイサを睨み上げた。


「っ、このアマ……っ!」

「この男が今回の主賓だ。コバヤシというらしい。功刀風牙、君が丁重に“接待”してくれたおかげで彼はここにいる。感謝するよ」

「あ゛?」


 風牙の額に青筋が浮く。


「俺が一番納得できねぇのはそこだぞ? 分かって言ってんのか?」

「ああ。何故逆にしなかったか、だろう?」

「分かって言ってんのかよ。どこまでヤな奴なんだよお前」


 アイサは咲夜の救出に白を、コバヤシの捕縛に風牙をあてがった。咲夜のバディである風牙を、敢えて咲夜から遠ざける采配をした。風牙にとっては、理由が無いでは済まされない。


「何かの間違いで咲夜が死んでたら――――」

「死んでいたら?」

「俺がお前を殺していたよ」


 周囲に殺気が満ちる。肌を刺すような殺気にコバヤシは息を吞み、白は思わず身構えた。咲夜が「ちょっと風牙」とTシャツの裾を引っ張るが、風牙が殺気を収めることは無かった。

 当のアイサは、気にした様子も無く肩をすくめる。


「心配性だな、君は。安心してくれたまえ、うちの白は傀異専門なんだよ。大抵の傀異ならひとひねりのスーパールーキーさ。逆に、人間相手だと大して使い物にならないんだ。適材適所だよ」


 使い物にならない、と言われた白は反論しようと身を乗り出し、返す言葉が見つからずに閉口した。実際、白は人間相手の戦闘では実力を発揮できない。誤って殺してしまったら、と思うと身がすくむのだ。この癖がいかに不利であるか、白自身が最もよく分かっていた。

 適材適所というアイサの言葉は、至極真っ当だった。


「……本当か?」


 風牙は、白と咲夜の方を振り向いて問うた。咲夜は頷き、真剣な表情で言った。


「ええ。彼が来てから傀域の核を砕くまで、ほんの1分も無かったわ。圧倒的な強さだった」

「……まあ、うん」


 白も苦い顔で頷く。白にとっては無力感に追い打ちをかけるような質問だったが、肯定するほか無かった。


「だそうだよ。納得は行ったかい?」


 アイサの投げかけに舌打ちで返事をして、風牙はそれきり黙り込んだ。アイサは満足げに頷き、コバヤシを足で転がした。


「待たせてすまないね。お詫びと言っては何だが、ここからはおもてなしとしゃれこもうじゃないか」

「……何も喋る気はねぇぞ」


 顔を覗きこむアイサに対して、コバヤシはそっぽを向く。


「なに、主賓に手間は掛けさせないさ。君はただ、そこで私の話を聞いているだけでいい。マッサージも付けよう」


 コバヤシを踏みつけるアイサの足に力がこもる。コバヤシの呻き声に口角を釣り上げたアイサを見て、咲夜は思わず「うわぁ……」と呟いた。


「君の役割はあくまでも“確認”だ。要はリトマス試験紙だよ。君はそのままでいい。こちらはこちらで、勝手に顔色を読ませて貰うさ」


 あんまりな言い様に、白と風牙も「うわぁ……」と零す。


「……お前んとこの上司はこんなんばっかか?」


 風牙は声を潜めて白に訊いた。白は首を横に振り、ぼそりとぼやく。


「特命係は普通だよ。アイサが妖怪なだけ」

「心外だな。私に言わせれば、特命係は全員がバケモノ級だよ」


 コバヤシを踏みつけたままのアイサから、不満げな声が飛んでくる。男子二人が「うげ」と顔をしかめたのに対して、咲夜だけはその言葉に心得顔で白の方を見た。


「確かに白君も、バケモノ級の強さだったわ。普通だなんて、白君は謙虚なのね」

「そういうあんたは天然だな。そういう話じゃないよ」

「じゃあどういう話?」


 小首を傾げた咲夜に、二人は同時に答えた。


「アイサは他人を煽るのが大好きで妖怪みたいだ、って話じゃない?」

「人をオモチャにするような外道はあいつだけ、って話だろ」


 二人の言葉に、咲夜はなんとも言いがたい表情で「……そう」と返した。本人の手前、勢いよく頷くのは気が引けたが、咲夜も概ね同感だった。


「おいおい君達、そろそろ漫才はやめてくれないか? さっきからずっと待たせているんだ」

「誰の所為だと思ってるんだよ」

「君達が私をネタにして漫才を続けているからだろう? まったく、私の面白おかしい性格に乗っかるのもほどほどにしてくれたまえよ」

「面白いと思ってるの、アイサだけだと思うよ」

「ともかく!」


 強引に話を打ち切り、アイサはにたりと笑う。


「答え合わせの時間だ」


 謎解き前の探偵を思わせるような台詞。

 しかしその表情は、名探偵がするにはあまりにも凶悪だった。



もはや、どちらが悪役かわからない……(笑)

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