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エボルブルスの瞳―特殊事案対策課特命係傀異譚―  作者: 揺井かごめ くろ飛行機
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うねり ⑦目覚め

7月31日 15:39 道祖神(どうそじん)



「いつまで寝ているつもりだ、銀滝(ぎんたき)隊員」


 枕元から降ってきたアイサの声で一気に覚醒した(しらず)は、喘鳴と共に飛び起きた。


「――――!」


 肩で息をし、声にならない声を上げる白の背を、隣に座っていたアイサがゆっくりとさすった。


「落ち着きなさい。ほら、深呼吸だ」


 アイサの手の動きに合わせ、荒い息をゆっくり落ち着ける。一際長く息を吐いた後、白は先程自分の身に起きたことを思い返して身震いする。


「悪夢だった……」

「それは災難だったね」

「状況は?」

「まず、君は二十分ほど暢気に寝ていた。後で係長(ゆうき)に謝りたまえ、心配していたぞ」

「……わかった。他には?」

「君が寝ている間に、コバヤシが逃走した」


 アイサの言葉に、白は慌てて周囲を見渡す。戦闘で滅茶苦茶に踏みつけられた雑草だけが広がっている。転がしておいたはずのコバヤシは影も形もない。


「また死んだフリかよ……」

「本当にその感想で良いのかね?」

「もっとちゃんと縛っとけばよかった」

「残念、ゼロ点だ」

「なんでだよ!」


 素直に言い直した言葉に最低評価を下された白は、噛み付くように言った。アイサはやれやれと言わんばかりに肩をすくめる。


「最後まで気付かないんだから困りものだよ。コバヤシは白に殴られる直前、何か細工をした。発動の予備動作が全く無いままに幻術系の想術を使った、ように見えたがね。まさしく君の頭が眠っている間に、コバヤシは至って平然とこの場を後にしたんだよ」

「……は?」


 白は呆然とした。コバヤシの想術なら、既に一度見ている。初めて眠り薬入りの麦茶を見た時ですら簡単に看破した自分が、二度目の今回は全く気付かなかった。その事実に開いた口が塞がらない。


「嘘だ……」

「私がこんなつまらない嘘を吐く人間だと思うかい?」

「あんたならやりかねないよ」

「信用が無いね!」


 からからと笑うアイサを睨み付けてから、白は再び周囲を確認する。

 二〇分も昏倒していたせいで、先程の戦闘の気配は完全に霧散している。白の立場としては、アイサの嘘という可能性も十分に考えられた。

 アイサは容易に嘘を吐く。

 しかし、意味の無い嘘は吐かない。それを理解している白は、溜息と共に頭をガシガシと搔いた。

 結局、アイサの言葉が嘘でも本当でも、白はそれを飲み込むほか無いのだ。


「分かったよ、あんまり信じてないけど」

「残念ながら事実さ。迂闊だったな銀滝隊員、反省したまえ」

「……おれが何かやらかしたのは分かったけど、アイサも反省した方がいいんじゃねーの? アイサには全部見えてたんでしょ? 狙撃してれば逃げられなかったじゃんか」

「白との戦闘で消耗させたのは事実だからね、私が手を下すまでも無いと判断したのさ。私が用意した別戦力(・・・)に任せておけば問題無い」

「……あっそ」


 アイサの思わせぶりな言葉に、白は諦めきって返事をする。

 狙撃しなかったことの説明にはなっていないが、アイサの口調に焦りは無い。いつも通り、白の知り及ばないところで何か細工をしているのだろう。終わってみれば全てはアイサの掌の上、というのがオチである。説明を求めるだけ無駄だ。

 白は胡乱な目でアイサを一瞥し、そのまま壺に目を向けた。白が触れた弾みで倒れたようだ。こちらに向いた口からは、壺が空であることが見て取れた。あれだけ強烈に白の脳を(さいな)んだ傀朧(カイロウ)も、既に残っていない。


「アイサ、あれって」

「ただの増幅装置だよ。この辺りに充満した傀朧を煮詰めて増やして吐き出す、そういう造りの傀具(かいぐ)だ。あれ自体に特異性は無い。強いて言えば出来が良すぎるくらいかな」

「そっか」


 白は転がった壺に向けて手を差し出す。


「来い」


 白の言葉と同時に、壺が草の上を転がり始める。ゆっくりと白の手に辿り着いた壺を見て、アイサは「いいねぇ」とくつくつ笑った。


「先程あれだけ痛い目を見たのに、よく触る気になったじゃないか」

「今度は中まで確認したから……それにこれ、もう動いてない。今はただの壺だ」


 白は壺を触って確かめる。異常性は完全に消えていた。


「何か仕掛けがあるんだろう、興味深いね。解析が得意な知り合いに売りつければ、そこそこの値段になりそうだ」

「良いのかよ、そんな勝手にさぁ……」

「腹の底が見えない想術師協会に渡すよりマシだろう」

「腹の底が見えない妖怪の知り合いも、相当だと思うけど」


 白は壺をアイサ側に転がす。


「ビャクってやつが色々細工してたんだろうな。あいつ、壺を触っても平気だった。多分、あいつがはめてた軍手に何かあったんだと思うんだけど?」


 暗に“そっちの方が重要そうな敵逃がしてるじゃん”と訴える白に、アイサはあっけらかんと言ってのけた。


「彼の逃げ足は一級品だったね」

「本当にその感想で良いの?」

「壺を持ち去られなかっただけ重畳だったさ」

「反省無しには成長は無いんじゃなかった?」

「ウルトラビッグな私にそんなことが関係あるかい? 見ての通り、これ以上は成長しようが無い」


 ビャクを取り逃したことについて、アイサは反省の色をひとかけらも見せなかった。白は深く溜息を吐いて立ち上がる。


「コバヤシは別戦力が対応するんだよね?」

「ああ」

「壺は知人に売りつける?」

「そのつもりだ」

「じゃあ、壺のことは一旦解決って事でいいよね?」

「いいとも。だとしたら、何だい?」


 白は改めて周囲を見渡す。気を失う前とは比べものにならないほど薄まった傀朧の中で、白の目は微かな違和を拾い上げる。

 道祖神に掘られた二人の人物像を裂くように通った、空間の亀裂――――傀域(かいいき)への入り口。


「……おれ、倒れる前に呼ばれたんだよね」


(助けて、――――!)


 白の脳裏に、先程の女性の叫び声がリフレインする。


「だから、ちょっと行ってくる」

「ああ、行ってきなさい」


 アイサは事情も訊かずにひらひらと手を振った。


(やっぱり全部分かってるな、この妖怪)


 白は内心げんなりしつつ、傀域の入り口に触れた。


   ◆ ◆ ◆


 白が蒼い光の中に姿を消したのを確認して、アイサは大きく息を()いた。長い髪を掻き上げ、座り込んだまま空を仰ぐ。山間の微かな風に涼を感じながら、青い瞳をゆっくりと閉じた。

 事は順当に進んでいる。

 傀域に入った白は、きっと咲夜を助けるだろう。咲夜を助ければ、小夜嵐と特命係には縁ができる。風牙は嫌がりそうだが、行動の主導権を握っている咲夜が白に恩を感じてくれれば、今後の協力要請は格段に通りやすくなる。

 傀域の出口は箕槌(みづち)神社だ。白たちが脱出した先には風牙が待っている。それを見越して風牙に車を貸したのだ。三人は合流し、自然公園に戻ってくる――――。


「いや、四人(・・)か」


 アイサの呟きと同時に、轟音が鳴り響く。おもむろに音の発信源を振り向くと、箕槌神社のある山頂に、赤くほのかな残光が見えた。アイサは苦笑しながら立ち上がる。


「おやおや、お行儀が悪いな。ネズミ一匹喰うのに散らかしすぎじゃないかい、狂犬くん」


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