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エボルブルスの瞳―特殊事案対策課特命係傀異譚―  作者: 揺井かごめ くろ飛行機
33/73

うねり ⑥傀域

本日、9月3日を持ちまして、「エボルブルスの瞳―特殊事案対策課特命係傀異譚―」は連載1周年を迎えました!!

いつも読んでいただいている皆様の支えがあって、ここまで続くことができたと思っております。

本当にありがとうございます。感謝の気持ちでいっぱいです。

これからも、皆様に楽しんでいただけるように頑張って参りますので、どうぞよろしくお願いいたします。


さて、今回のお話はいつもよりちょっと長めにお届けします!

3人の掛け合いが続くのでお楽しみに!

7月31日 14:32 自然公園


 アサミは運転をしながら、『親戚の子供から聞いた話』として二人に『くねくね』の説明をした。


「私が読んだ本によれば」

「投げた本、の間違いじゃねぇの?」

風牙(ふうが)、茶化さないで」

「私が投げた本によれば」


 アサミはしれっと言い換えて続けた。


「この土地には蛇神信仰がある。山の上の高台にある『箕槌(みづち)神社』なんかが分かりやすいね。水田も多く川も通っている。水に関わりの深い蛇神信仰は、この土地に馴染みが良かったんだろう。この概念が、小中学生の中で流行った『くねくね』の概念を強力に補強した――――と、私は考えている」

「まあ、確かに見た目は似てるけど……」

「似てるか?」

「似ている、と多くの人が思ったんだろうさ。無意識下での連想程度でも傀朧は溜まる」

「そうですね。理屈は通ります。それで、みず……アサミさん」

Mis.(みず)じゃなくMiss.(ミス)でも良いのだよ? 私は未婚だからね」

「私達がどこに向かっているか、そろそろ教えてくれませんか」

「素晴らしいスルースキルだがいささか寂しいぞ?」

「親父ギャグは風牙で慣れてるので」

「おやっ……おい咲夜(さくや)、俺まだ二十歳なんだけど!?」

「せめて言葉遊びと言ってくれたまえよ……」


 流れ弾に当たって抗議する風牙を尻目に、少し元気の無くなったアサミは答えを口にした。


「町で一番大きな道祖神(どうそじん)のある場所だよ。私の読みが正しければ、そこが一番『集まりやすい』場所だ。親戚の子(・・・・)が教えてくれた野口さんとやらの田んぼも近い。私ならそこに仕掛けを置くね」

「……まるで、この土地で起こっている異変が人為的なものだと言いたげに聞こえるんだけれど」

「おや、意外な返事だな」


 アサミは窓の外を顎で示す。


「逆に聞きたいね、これ(・・)が自然な現象に見えるかい?」


 咲夜は素直に外へ目を遣る。

 異常な密度の傀朧と、立ち上る柱。

 おどろおどろしい光景は、確かに田園風景には不似合いだった。


「さて。着いたぞ諸君」

「二人しかいねぇけど?」

「風牙、いい加減相手にするのをやめなさい」

「つれないなあ、お嬢さんは。犬っころはこんなにも良く吠えるのに」

「だァれが犬だ、誰が」


 路肩に車を駐め、交差点まで歩く。四つ辻の一角、『道祖神』と刻字された幅広な岩には、夫婦らしき二人の人物が寄り添って彫像されていた。


「裏手から悪臭がするな」


 顔を(しか)める風牙を見て、アサミは軽やかに口笛を鳴らした。


「腐っても狂犬か。鼻も良いんだな」

「腐ってもねぇし犬でもねぇよ。さっきから何なんだそれ」

「おや、まさか本人が知らないのかい?」

「風牙、影でよく狂犬って呼ばれてるの、気付いてなかったの?」

「嘘だろ、咲夜も知ってたのかよ、俺が……」

「風牙が?」


「そんなカッコイイ通り名で呼ばれてたなんてよ!」


「風牙的にはありなんだね……」

「私は悪くないと思うがね」

「お前は明らかに馬鹿にしてんだろ、もう呼ぶな」


 騒ぎながら道祖神の裏に回る。小さな茂みには、黒い壺が置かれていた。


「ふむ」


 アサミは壺を目視するなり、触ろうと手を伸ばした。


「おいアンタ!」

「危なっ……!」


 二人の叫び声に、バチッと鈍い音が重なる。青い光が散り、アサミの手は宙に弾かれた。


「なるほど、結界か」

「無策で触らないの! 危ないでしょう!」


 咲夜は思わずアサミの手を取る。


「どこも怪我してませんね!? 痛みは!?」


 アサミの赤くなった指先に眉をひそめ、咲夜は更に言い募る。アサミはその手を振り払い、貼り付けたような笑顔で言った。


「平気だよ、お嬢さん。お節介は相手を選んでやりたまえ。私は君の(バディ)じゃない」

「バディに変な含みがあった気がするんだけどよ」

「気のせいだろう」


 口をへの字に曲げた風牙は、やれやれと言わんばかりに(かぶり)を振って続けた。


「まあでも、アサミの言う通りだ。コイツを気にする必要は無いだろ。問題はこの壺だ」


 三人の視線が壺に集まる。


「どう見積もってもこいつが元凶だ。壊すか動かすかしたいところだな」

「そうね……風牙。私、撃ってみる(・・・・・)のが一番良いと思うんだけれど」

「賛成だ。その価値はあるだろ」


 風牙の首肯を受けた咲夜は太腿から拳銃を取り出し、壺に当たらないギリギリに照準を合わせる。


「やめておいた方がいいんじゃないかい、お嬢さん?」

「何故?」

「壊れたら困るだろう」


 その言葉に、風牙が片眉を上げる。


「何故そう思う?」

「なんだ、二人揃ってなぜなぜ期かい? まあいいだろう、時間が惜しいので教えてあげよう。彼女が構えている銃とその銃弾(・・)が、傀具として優秀だからだよ」

「……そう、ですか。見た目だけでこの銃の性能が分かるとは思えませんが」

「いいや、分かるとも」

「ハッタリだろ」


 戸惑いを隠せない咲夜に、風牙が語気を強めて言い切る。

 咲夜の銃、H&KのUSPを完璧に模したその傀具は、本体自体がサイレンサーのような機能を持っている。


 銘を『無痛』。その効果は、傀朧の完全遮断。

 そこに込められた銃弾は、傀異に強く干渉する性質を持つ。少しでも掠れば傀朧が離散する、筋弛緩性の毒のような銃弾。その威力の強さから『傀異殺し』と名高い。

 一発が非常に高価な為、咲夜の手元には六発しかない。その一発を消費するのは、咲夜にとって痛手だ。

 しかし、この一件は早急に片付けなければならない。人為的なものなら、これは事故でも災害でも無く『事件』だ。時間を掛ければ犯人を逃がしてしまう。


「ご安心を。銃の腕には自信があります。壺には当てずに結界だけを破壊します。二人とも、安全な場所まで下がっていてください」

「……好きにすると良い」


 アサミは溜息を吐いてきびすを返した。つかつかと咲夜に歩み寄り、真後ろに陣取る。


「えっと、あの、アサミさん?」

「ここが一番安全だろう?」

「……そうですね。貴女も好きになさればいいでしょう」

「ああ、そうするさ。私も好きにする」


 咲夜は深呼吸して銃を構え直し、狙いを定め、引き金に指をかける。


「君も好きにすれば良い、が」


 発砲音。


壊れるな(・・・・)よ?」

「え?」


 瞬間、世界から音と光が消えた。


 咲夜の視界には暗闇だけが広がっている。思わず後ずさった足下からは、草の感触と湿った音がした。


(……落ち着け、咲夜。落ち着け)


 明らかに先程とは別の場所に飛ばされた。それも、咲夜が気付く間もないほど一瞬のうちに。


(時間が変わってる? 場所は? 暗すぎてなにも見えない)


 耳が痛くなりそうな無音の中で、咲夜の耳が微かな音を拾う。遠くで草を踏むような音。音を頼りに振り向くが、何も見えない。


(……もしかして)


 咲夜は、胸元に挿していたサングラスをかけ、再び周囲を見渡す。

 傀具、『識見(しきみ)』。

 咲夜の目に合わせて作られた、高性能の傀朧可視化装置だ。代償として傀朧以外が全く見えなくなるが、今の状況では何のデメリットにもならない。

 識見を掛けた途端、世界が蒼く輪郭を帯びた。


(田んぼ、だ)


 一面に水田が広がっている。そして、識見(しきみ)がその光景をくっきり捉えているということは、その全てが純粋な傀朧で出来ているということだ。


傀域(かいいき)か――――!)


 一つの傀異や強い概念、想術師の思想などを苗床として展開される、別次元の空間『傀域』。物体依拠の現実世界と薄皮一枚を隔てた、傀朧依拠の世界だ。

 仕組みは分からないが、恐らく咲夜は、あの発砲をキッカケに傀域へ飛ばされたのだ。

 草を踏む音が近付いてくる。泥を踏む音。水面を滑る音。音はいくつにも増えて、咲夜の方へと迫ってくる。


(まずいな)


 咲夜は音の方角を横目で一瞥し、足下に視線を落とした。


 くねくねだ。

 視界の端に捉えたそれは、噂に違わぬくねくねの姿だった。そしてくねくねの特性は『見たら狂う』こと――――。


(極力見ないように逃げながら、あるかも分からない出口を探す……ジリ貧ってやつね)


 ポーチに入ったスペアマガジンは五本。『傀異殺し』は五発だけ。手榴弾や煙幕も用意してあるが、そう数はない。


(ちょっと前なら狼狽えてたかもしれないわね。でも……)


 咲夜の脳裏に、相棒の顔が浮かぶ。口元が勝手にほころぶ。咲夜は、自分を鼓舞するように呟いた。


「私、持久戦には慣れてるの」


 絶対に来てくれる。咲夜には確信があった。

 身体を反らして目一杯に空気を吸い込み、空に向かって全力で叫んだ。


「助けて、風牙――――!」



   ◆ ◆ ◆



「咲夜!」


 発砲音と同時に姿を消した咲夜に、風牙は吠えた。壺の結界が壊れていないこと、周囲から咲夜の気配が完全に消えたことを確認すると、振り向いてアサミを睨み付ける。


「手前、こうなること知ってやがったな!」

「私はちゃんと止めたよ」

「本気で止めろよ!」

「確証は無かった」

「どこまで本当だかな!」


 風牙は思う存分怒鳴ると、一息ついて「で?」と問うた。


「読めてたなら対策もあんだろうな?」

「もちろん」


 アサミはにやついた表情を崩さない。


「お姫様を助けたいなら、行くべきは箕槌(みづち)神社だ。恐らく彼女は傀域に取り込まれた。こんなに怪しい壺がポータルになっているんだ、罠と見て良い。そして罠には、仕掛けた側がうっかりハマったときの解除法が……」

「ご託はいらねぇ。確かなんだな?」

「出口は清浄な場所に設置するだろう。私なら(・・・)そうする」

「おし、信じた」

「いやに素直だな」

「指針があれば動きやすい。そんだけだ」


 きびすを返して箕槌神社に向かおうとする風牙に、アサミは「待ちなさい」と声を掛けた。


「走って行く気か?」

「そうだけど、何?」


 風牙の足は傀朧を纏っていた。それを見たアサミは、ポケットから車のキーを取り出す。


「傀朧を温存して、代わりにガソリンを使う気はないかい? 傀朧(ソッチ)はきっと、後で腐るほど要り用になる」

「……対価は?」

「ガソリン代だけでいい。返却はあの自然公園で」

「わかった」

「無傷で返せよ、青年」


 放り投げられたキーを受け取った風牙に、アサミは間髪入れず続けた。


「代わりと言ってはなんだが、最後に私から質問させてくれ」

「やっぱり何かあるのかよ。構わねぇけど、手短に頼むぜ」

「もちろんさ。君は最初、私に殴られてすぐに態度を変えただろう。『コイツに敵意は無ぇし、俺達を舐めてるって感じでもなさそうだ』、だったか。あれは、どうしてそう判断したんだい?」

「簡単だよ。あんた、分厚い肉体強化を自分の拳に掛けてただろ?」

「ああ。それが?」


「普通に殴るだけなら、あんな量の傀朧はいらないはずだ。傀朧が厚すぎて、素手で殴られてんのに人の気配がしない(・・・・・・・・)レベルだった。

 こっからは俺の勝手な推測だけどよ、あれは殴るための強化じゃねえ。

 脆弱な身体(ほんたい)を守るための強化だ。

 派手な縮時の移動も、本を投げて返却したのも、今のあんたにとってはそれが『一番楽だったから』結果的にそうなったじゃねえか? だとしたら、あんたは人の道を軽く踏み外しちまうような何かを体験してるんじゃねえか? いずれにしても、あんたの規格外な想術のタネの部分は、きっとロクなもんじゃねえんだろ」


「だったら?」


 アサミの問いに、風牙は素っ気なく答える。


「納得したんだよ。血反吐はいて手に入れた能力で驕って何が悪い」

「そうかい。それはどうも。いや、感心したよ。一発殴られたところからそこまで妄想を広げられるとは。作家に向いているんじゃないかい?」

「――――そういうことにしといてやるよ。もういいか?」

「ああ。健闘を祈る」

「そらどうも」


 言うが速いか、風牙は車に乗り込み、法定速度を知らないような速度で走り去った。


「面白いな、功刀(くぬぎ)風牙。覚えておこう」


 後に取り残されたアサミ――――水戸角(みとかど)アイサは、それを見送りながら小さく呟く。


「さて――――上手く動いてくれよ、小夜嵐諸君」




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