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エボルブルスの瞳―特殊事案対策課特命係傀異譚―  作者: 揺井かごめ くろ飛行機
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うねり ⑤小夜嵐と“アサミ”

7月31日 13:45 山形県××市●●町-畦道


 焼け付くような日差しが道路を焼き、一面緑に敷かれた青田が陽炎に揺れている。人ひとりいない閑静な田園風景を見渡して、浄霊院(じょうれいいん)咲夜(さくや)は呟いた。


「……静かね」

「そうだな」


 咲夜の隣を歩く青年、功刀(くぬぎ)風牙(ふうが)も頷いて眉をひそめる。


「静かすぎる(・・・)、よな。虫も鳥も鳴きやしねえ。田んぼにも民家にも人が出ていないのは、何もこの暑さだけが理由じゃねえだろ」

「そうね」


 咲夜はサングラスをかけ、風牙の視線の先を見遣った。田園のそこかしこから、青白い傀朧(カイロウ)が狼煙のように幾筋も立ち上っている。


「漂ってる傀朧も凄い濃さね。風牙、気分は悪くなってない?」

「あんがとよ。心配すんな、慣れてっから」

「ならいいけど。助けて欲しいときはちゃんと言ってね」

「平気だって。どうしたんだよ咲夜、急にカッコイイこと言うじゃんか」

「誰かさんの真似よ。にしても酷い景色……土地から湧いているのか、蚊柱(かばしら)みたいに収束しているのか。どっちにしても、よね」

「ああ。傀測計(かいそくけい)に間違いは無かったってことだな。測定された異常値は本物だ」


 最近、全国各地で傀朧濃度の異常値が確認されている。不自然な傀異の発生も多い。それを受けて、咲夜と風牙は独自で全国の傀朧濃度を調査していた。その中で、この土地の傀測計が異常値を示している事を知る。確認すると、巷で騒がれている失踪事件と場所が一致した。

 二人がこの土地に足を向けない理由は無かった。


「逆に、こんな状態になるまで何の報告も――――っ!?」


 風牙は言葉を切り、勢いよく振り向いた。足を止めて呆然としている風牙に、咲夜は小首を傾げる。


「風牙?」

「今、すれ違った(・・・・・)縮時(しゅくじ)だ。追う」


 風牙の端的な言葉に、咲夜は表情を引き締めて頷く。

 風牙は軽やかに咲夜を横抱きにし、強化の想術をかけた健脚で駆けだした。



   ◆ ◆ ◆



7月31日 14:32 自然公園


「私の名はアサミ。お察しの通り想術師だ。ほれ」


 風牙が追った先にいた女性は、そう言って想術師免許を二人に見せた。

 明らかな危険人物と木陰のベンチに並んで腰掛けている状況に、咲夜は内心頭を抱えていた。


(何でこうなっちゃうかなぁ……)


 アサミと名乗るこの女性は、明らかに異質だ。

 咲夜たちとアサミがすれ違った地点からこの自然公園までは、2kmほど離れている。当然ながら、図書館までの距離は更に遠い。


 そんな長距離を縮時法で移動すれば、普通死ぬ(・・・・)


 縮時法は、確かに初歩級の想術である。想術師を志す者なら最初に習得する。ただし、想術師が移動手段として縮時法を使うことはほとんどない。

 理由として、二つの大きなデメリットが挙げられる。


 一つは、肉体への負荷。

 時間の概念を纏っているとはいえ、身体を無理矢理高速で動かすという事実は変わらない。肉体強化の想術を重ね掛けしても補いきれない負荷がかかる。圧縮する時間の調整と肉体強化の強度を間違えば、たった数歩の距離でも四肢が壊死する場合がある。


 もう一つは、周囲への甚大な影響。

 縮時法は『時間の概念を操作する』想術である。物体が高速移動するという事実を打ち消すものでは無い。圧縮する時間が長ければ長いほど、距離が遠ければ遠いほど、周囲の空間への影響が大きくなる。音速を超えればソニックブームが起こり、物に触れれば互いに強いダメージを受ける。


 つまり、縮時法を使いこなすには、最低でも他に二種類――――肉体強化と圧力波相殺の想術を同時使用しなければならないのだ。

 かけだし想術師が習得する縮時法は基本的に『小物を移動させる』程度のものだ。それ以上は危険、ということである。

 戦闘中の奥の手として使うならまだしも、長距離移動の手段とするには手間が多すぎる。普通の想術師なら、思いついても実行しない。更に正しく言うなら、実行できない(・・・・)


(一級、そうじゃなければ縮時法特化の技術者として準一級かしら――――)


 咲夜は恐る恐るアサミの免許証を覗き込んだ。

 想術師協会のロゴと顔写真の隣に、彼女の身分が示されていた。

 『二級想術師 水野アサミ』。


「……二級? 嘘でしょ?」

「面倒はゴメンだからね。いわゆる『二止め』だよ」


 気怠げに言うアサミに、風牙がツッコむ。


「いや聞いたことねぇよ。何だよニドメって」

「知らないのかい? 想術師免許を二級で止めることさ。準一級より上になると仕事が全国規模になるじゃないか。私の周りでは皆やっている」

「……つまり、能力が高くても正しい評価を得ずにくすぶってる想術師が、貴女以外にも沢山いるってことね?」


 苦々しげな咲夜の呟きに、アサミは片眉を上げた。


「おや、ご不満かい?」

「不満かどうかで言えば不満よ。貴女達じゃなくて、協会の体制にね」

「協会は融通が利かねぇからな~」

「君達二人は協会側の人間のはず……と、敢えて言うのも野暮だね。特殊な事情で折り合いが悪いんだったかな?」


 アサミの言葉を受け、咲夜が表情を翳らせる。風牙は空気を変えるように両手を打った。


「ま、そんなところだけど、今は関係ない話だ――――水野アサミ。あんた、何で本をぶん投げてたんだ?」

「アサミでいいよ。アサミと呼んでくれ。他の呼び方だと、普段(・・)と違いすぎて変な感じがするんだ」

「そうかよ。じゃあアサミ」


 アサミは満足げに頷いた。


「うん、誤差だな。良い感じだ。本をぶん投げた理由だったね? 最初に言ったとおり、返却するためさ」

「そこじゃないわ。分かってるでしょう?」


 咲夜が会話に割って入る。


「貴女には、オバケみたいな精度の縮時法があるじゃない。なんでわざわざ、あんな方法で本を返したの?」

「実験だよ。こんなに大気中の傀朧濃度が高いんだ、遠距離系の想術にどのくらい影響が出るか試してみたくならないかい?」

「普通はならねえんだよな……」

「そうかい? お嬢さんも?」

「分かって訊いてるでしょ。私に想術は使えないわ」

「おっと失礼。うっかりしていた」


 口元を押さえるアサミに溜息を吐いてから、咲夜は立ち上がって居住まいを正した。


「水野さん、先程はむやみに疑ってしまってすみませんでした」


 深く頭を下げた咲夜を見て、風牙も慌てて立ち上がる。


「おい咲夜……!」

「いいから頭下げる!」


 風牙は顔を顰めながらも、咲夜に並んで渋々と頭を下げた。


「最初から気にしていないよ。かけたまえ」

「ありがとう」

「なんでそんなに偉そうなんだよお前……最初に派手な動きしたのも焚き付けたのもそっちだろ……」

「風牙」


 ぴしゃりと言われ、風牙は不満げに口を閉じた。


「私達はこの土地の傀朧濃度が異常値になっていることを知って、原因究明のためにこの辺りを調べています。協会の正式な派遣では無いのですが、協会が動くのを待っていたら手遅れになるでしょう。もし水野さんが何か知っていれば、私達にも教えていただけませんか」

「もちろんだ、協力しよう」


 即答だった。

 思った以上にあっさりと承諾されて拍子抜けしている咲夜に向けて、アサミは「ただし」と付け加えた。


「一つ条件がある」

「なんですか?」

「その『水野さん』ってのをやめていただきたい。Repeat after me、『アサミさん』」

「……アサミさん?」

「結構」


 アサミは機嫌良く立ち上がると、人差し指で車のキーをくるりと回した。


「では、行こうか」

「……どこに?」


 風牙の問いに、アサミは平然と返す。


「どこって、この事態の『元凶』のところさ」



この三人の掛け合い、くろ飛行機のお気に入りです。ニヤニヤしてしまう(笑)

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