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エボルブルスの瞳―特殊事案対策課特命係傀異譚―  作者: 揺井かごめ くろ飛行機
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うねり ①邂逅

さてさて、お話は中盤に突入します。

7月31日 13:50 町立図書館


「ふむ、中々趣深いじゃないか」


 町立図書館の入り口に立ち、アイサは呟いた。改築されたばかりの図書館は明るく、微かに木の香りがする。


(印刷物は日光に弱い。本を管理する施設をわざわざ『明るく』したがるこの感性、嫌いじゃ無いよ)


 (しらず)が聞いたら「妖怪天邪鬼」と言われそうな事を考えつつ、アイサは軽い足取りで郷土資料のコーナーへ向かった。

 郷土資料の本棚は、図書館の一番奥で静かに佇んでいた。

 町史、民俗資料、方言図鑑、地形や植生。この町に関わる様々な資料が、本棚二つに渡ってきっちり納められている。その背表紙のほとんどには『貸出禁止』のシールが貼られていた。普段誰にも触れられないのか、棚の縁には薄らと埃が積もっている。


「さて」


 アイサの掌が、本棚に向けてかざされる。


「おいで願おうか」


 アイサの言葉と同時に、本棚全体が青白く発光した。その中でも一際光の強い場所から、アイサの手に一冊の本が引き寄せられる。緩い弧を描いてアイサの手に納まったそれは、指だけで支えるには分厚い。抱え込むように腕で支え、もう片方の手で背表紙をなぞる。


「佐藤熊吾朗著、『土地と神事』か……なるほど」


 アイサはその本を抱え直し、その場から忽然と消えた。


「あの、もしかして……あれ?」


 珍しい利用者に気を引かれた司書が声を掛けたときには、郷土資料コーナーにアイサの姿は無かった。


「さっきまで……あれ、気のせい……?」


 司書は首を捻ったが、次の瞬間にはそれを忘れたように普段の業務へ戻っていった。



◆ ◆ ◆


7月31日 14:10 自然公園


 覆面パトカーに戻ったアイサは、冷房をガンガンに効かせ、運転席のシートを倒し、長い脚をハンドルに乗せて『土地と神事』を読んでいた。


「ふむ、おおかた予想通りだ」


 辞書のような厚さのそれをものの数分で読み終えたアイサは、本を持ったまま車を降りた。自然公園の端、山間から民家の密集した町場を見下ろせるスポットまで歩く。古びた鉄製の柵には『危険』と書かれた板が吊され、少し身を乗り出すと遙か下に川が流れているのが見えた。

 アイサは、肩を大きく回してほぐし、軽い準備運動を終えてから、本を持った手を大きく振りかぶり――――。


「せいっ!」


 そのまま、分厚い本を全力で投げた。

 本は、メジャーリーガーの投球を思わせる早さで山へ向けて飛んでいく。途中で大きく軌道が曲り、町場の図書館へ吸い込まれるように消えていくのを見届けたアイサは、満足げに手をはたいて踵を返す。

 振り向いた先、散策コースの真ん中に人影があった。


(……上手く気配が殺してあるな)


 体格の良い、黒髪の青年だ。深い青の瞳、頬の傷、首から下げたアンバランスな十字架のペンダント。

 そして、ファンシーなキャラクターがでかでかとプリントされた黒Tシャツ。

 アイサは、この外見的特徴に聞き覚えがあった。


「ナイスピッチ」


 皮肉たっぷりの声でそう言い、青年はアイサに歩み寄った。 奇抜なファッションとは不釣り合いに、その表情は険しい。口元は笑っているが、その碧眼は鋭くアイサを睨みつけている。


「ありがとう、功刀(くぬぎ)風牙(ふうが)。我ながら良く飛んだよ」


 アイサは自慢気に微笑んだ。青年、もとい風牙の頬が引きつり、額に青筋が浮かぶ。

 功刀風牙。

 この業界で、その名前を知らない者はいないだろう。

 想術師の家系である功刀家に生まれ、弱冠10歳にして最年少で想術師の資格を獲得した麒麟児(きりんじ)である。更には、15歳で特別一級想術師という地位を獲得している――――否、獲得してしまっている(・・・・・・・・)


 想術師協会には、想術師をランク付けする階級が存在する。

 下から順に、占い師程度の三級、戦闘が可能になる二級、一つの技術に特化したプロフェッショナルの準一級、オールマイティーに全ての技術を持つ一級。三級想術師は日本に三万人程度いるのに対して、一級想術師は五十人しかいない。数字からも、階級を上げることの難しさが覗われる。

 そして、更に上に据えられたのが特別一級(・・・・)

 風牙が取得するまでは、全国に五人しか存在しなかった。栄えある六人目――――と言うには、彼の階級授与は特殊な経緯を持っている。

 風の噂によれば風牙は、想術師協会を半壊まで追い込んだ過去がある、らしい。

 その結果として、監視の目的で与えられた特別一級の地位だとまことしやかに囁かれているのだ。


(さぞ凶悪な容貌だろうと思っていたが、意外だな)


 青筋を浮かべた風牙は、外見だけ見ればごく普通の好青年だった。

 憎々しげな目つきと、威嚇するように全身に纏った夥しい傀朧を無視すれば、であるが。


「そりゃあ良かった。だが、不法投棄は見逃せねえな」

「残念ながら、見ての通りだよ。私は図書館の本を本棚に戻しただけだ」


 アイサの笑みと風牙の青筋が深まる。


「今のどこが『図書館の本を本棚に戻しただけ』なんだ? 俺には、おもくそ全力で分厚い本をブン投げたところしか見えなかったが」

「その通り、ぶん投げて戻したのさ。何だったら、図書館まで戻って確認してみると良い。私が投げた本のタイトルくらい分かるだろう?

 車で本を読んでいる私に、あれだけ熱視線を送っていたんだから」

手前(てめえ)っ――――!」


 青年は思わず声を上げた後、憎々しげに溜息を吐いた。


「……どこから気付いていた?」

「道端ですれ違った時かな。私が図書館から現在地(ここ)まで戻って来るまでの間だよ。そこで私に目を付けて追ってきたんだろう?」

「最初からか……」


 アイサが移動手段として用いたのは、時間操作の想術だった。

 自分の身体に時間を圧縮する想術を掛け、そのまま移動することで、あたかも一瞬で移動したかのような効果を発揮する。一般的には縮時法(しゅくじほう)、あるいは縮時(しゅくじ)と呼ばれる技術で、仕組み自体は簡易なため、想術の中では初歩である――――ただし、様々な理由から、普通の想術師は滅多にその技術を用いない。

 アイサは、時間の流れを極限まで圧縮し、散歩気分で自然公園まで戻ってきていた。当然、アイサ側から風牙を目視することは容易かった。

 逆に、風牙からアイサを認識する難易度は跳ね上がる。アイサの完璧な縮時法を看破するのは、光の粒子一粒を目視するほどに難しい。


「君達に落ち度は無いよ。むしろ素晴らしい。私への追跡も、気配の殺し方も、基本に忠実で隙が無かった。

 逆に、私の散歩に落ち度があったのではないかと錯覚するほどだ。どうやって気付いた?」

「……散歩、だと?」


 風牙の表情が、再び険しさを増す。


「さっきから舐め腐りやがって――――!」

「まって、風牙」


 アイサに殴りかかろうとした風牙の拳を、小さな手がそっと止めた。


「初手で暴力は良くないわ」


 風牙の隣に、いつの間にか小柄な女性が立っていた。

 その愛らしい顔にも夏の暑さにもそぐわないレザージャケットを羽織り、Tシャツの胸にはサングラスが挿されている。何よりも目を引くのは、零れるような大きさの朱い瞳と、光を受けて虹の輪を作っている真っ白なショートヘアだ――――が、アイサは真っ先に彼女の太腿へ目を遣った。


(拳銃――――H&KのUSP、九ミリ口径ってところかな)


 巧妙に隠されているが、バンド型のホルダーに武器が吊られている。傀朧の質を見るに、女性本人は想術を使っていない。ホルダーが認識阻害を帯びた傀具(かいぐ)になっているようだった。


「おや、美しい髪のお嬢さんだこと。姿を消すのもやはり上手い。傀具かな? それとも、そこで猛っている狂犬の想術かい?」

「さあ、どっちでしょうね」


 女性は表情を変えずに返す。暗に『自力ではないだろう』とほのめかす言い方を受け、風牙の拳に力が籠る。


「止めんな咲夜(さくや)、一発で良い。俺はこういう、才能にあぐら掻いたような澄ました奴が死ぬほど嫌いなんだ」


 風牙は一旦動きを止めたが、その顔はアイサを睨み付けたままだ。


「そこの狂犬の言う通りだ、浄霊院(じょうれいいん)咲夜(さくや)


 名前を呼ばれ、女性――――浄霊院咲夜が身を強ばらせる。同時に、風牙はアイサに向かって弾丸のような勢いで飛びかかった。風牙の拳を紙一重で避け、身をかがめたアイサは心から楽しそうに笑った。


「躾けてあげよう、Bad Boy!」


 アイサは、低い姿勢のまま風牙の脚を払う。ジャンプで躱した風牙が着地するより早く、アイサは思い切り拳を上に振り抜いた。アイサの立ち上がる反動と、宙に浮いた風牙の自重が、拳の一点に収束する。


「ガッ……!」


 綺麗なアッパーカットが風牙の顎に入った。そのまま後ろに飛びすさった風牙は、血混じりの唾を吐き、少し考える素振りを見せた。


「お前今、縮時使ったか」

「君は目が良いな。使ったよ」

「……なるほど」


 風牙は頷くと、一転、輝くような笑顔を見せた。


「うん、あんた強ぇな! 参った!」


 さっぱりと言い切って両手を挙げる風牙に、咲夜はげんなりと溜息を吐いた。


「……風牙のそういうところ、本当に心臓に悪いわ」

「言っただろう、お嬢さん。拳は時に言葉より雄弁だ」

「そんなこと、一言も言ってないじゃない……」


 自慢げなアイサに、咲夜の溜息が増える。


「悪い咲夜。でもこれでハッキリした。コイツに敵意は無ぇし、俺達を舐めてるって感じでもなさそうだ」


 風牙は戦闘態勢を完全に解くと、木陰のベンチに腰掛けた。


「ま、座って話そうぜ」




新キャラを出すときって、テンションがあがりますよね!

特に、思い入れがあるキャラだと尚更!(意味深)

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