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エボルブルスの瞳―特殊事案対策課特命係傀異譚―  作者: 揺井かごめ くろ飛行機
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揺らぎ ④昔の話

※この作品はフィクションです。作中の内容は実在する土着信仰とは大きく異なります。ご留意下さい。


7月31日 13:50 荘園寺邸


 (しらず)は、慌てて周囲に視線を巡らせた。夏の清閑な日本庭園が広がっているばかりで、そこに人影は無い。

 白は嫌でも悟ってしまう。アイサお得意の、唐突な単独行動だ。


「……あンの、妖怪っ……!」


 せめて一言くらい言ってからにしろ、という言葉を飲み込み、頭を抱える。二人を待ちかねたタクヤが、玄関から顔を出して声を掛けた。


「二人とも、早く……あれ、アイサさんは?」


 白は、深く溜息を吐きたい気持ちを抑える。依頼人の前で身内の都合を晒すわけにはいかない。あくまでも素っ気ない風を装い、端的に返事をする。


「どっか行ったよ。別行動だってさ」

「……大丈夫なの?」

「心配しなくて良い。いつもこんな感じだから、慣れてる」


 そう言いつつも、白は内心げんなりしていた。

 置き去りには慣れていても、小学生の子守りに慣れる機会はこれまで一度も無かった。基本的に年上とばかり接しているので、タクヤと一対一になると、どう接すれば良いか分からない。


(無駄に喋るのが好きなアイサ(あいつ)がいるから、任せとけばいいと思ってたんだけどな……)


 この数分で、もう何度溜息を噛み殺したか分からない。白は気を紛らわせようと、手入れの行き届いた日本庭園を眺める。特に興味は無いが、他にできることも無かった。

 視線を合わせない白に若干不安そうな顔をしながらも、タクヤは白を家に上げた。

 玄関は外と打って変わり、ひんやりと涼しく薄暗い。かすかに線香の匂いが漂っている。


「ただいま~!」

「お邪魔します」


 二人が声を掛けると、奥の部屋から老人が出てきた。刈り上げた白髪に焼けた肌、無骨な風貌は、気難しそうな印象を白に抱かせた。


「……いらっしゃい。上がりなさい」


 老人は、そう言って別の部屋に引っ込んだ。


「今のが僕のじいちゃん。顔は怖いけど、しゃべるとそうでもないから」


 タクヤに促され、白は和室に通された。応接室らしく、床の間には掛け軸や花瓶が飾ってある。大きめの座卓の奥には、先程の老人が胡座をかいて座っていた。


「掛けなさい」


 促されるまま、座卓を挟んで腰掛ける。座卓の下で、白はこっそりスマホの通話アプリを起動させた。アプリに拾われた音声は、特命係本部にある馬崎のPCに自動保存される。


(保険は多い方が良い、よな)


 アプリ使用開始時には、特命係全員へ通知が送信される。アイサにも通知が行ったはずだ。このアプリは、連携の二文字をどこかに忘れてきたようなあの女上司に、こちらの行動・意思を発信する手立ての一つでもあった。


「荘園寺昭久(あきひさ)だ」

「……銀滝(ぎんたき)白」

「変わった名前だな」

「よく言われる」

「で、お前さん何者だ」

「――――!」


 唐突な、しかし核心に触れようとする言葉に、白は小さく息を吞んだ。何と答えるべきか分からず、そのまま押し黙る。

 この老人がくねくねの件に関してどの程度知っているか、白には分からない。タクヤがどの程度話しているかも確認していない。

 ここに来る道中でいくらでも訊けたのに、と後悔していると、昭久が先に口を開いた。


「見ての通り、わしも長く生きたでな。視力は落ちる一方だが、代わりに見る目っちゅうもんが育っとるわけだ。

 野菜の善し悪し、田畑の土の性質、山の様子、天気――――それらに比べりゃあ、孫の考えとる事を推し量るくらい、たいしたこっちゃあ無い。分からんのは嫁さんの機嫌くらいだ。逝っちまったもんは戻って来んでな、お伺いを立てるっちゅう訳にもいかん」


 見た目通り、ぶっきらぼうな口調だった。線香の香りが白の鼻を掠める。顔を上げると、開け放された隣室の隅に、生花が供えられた仏壇があった。


「お前さん、常人ではなかろう」


 昭久は、白を静かに見据えて言った。


「見た目の割に目が座っとる。神隠しについて、何かしに来たんじゃあるめぇか」


 神隠し。

 この老人は、くねくねによる一連の事件を誘拐でも失踪でもなく“神隠し”と呼んだ。そのことに違和感を覚えながらも、白は頷く。


「あんたは、孫から”神隠し”って聞いてるのか」

「いいや、わしら古いもんがそう呼んどるだけだ。タクヤ達は別の名で呼んどるようだがな。なんだったか」

「”くねくね”だよ」


 白は、タクヤに聞かされた経緯をざっくりと説明した。


「おれの目的は、タクヤが“くねくね”と呼ぶ傀異を祓うことだ。新しい被害者を出さず、あんたの言う神隠しで失踪した人達を救出する」

「できるのか」

「やる」


 短く答える。昭久はその様子を無言で見つめ、根負けしたように小さく息を吐いて背筋を正した。


「……お前さんのような坊主がどのくらいの事をしてくれるかは分からんが、孫が巻き込んだことだ。わしの知っていることを話そう。役に立つかは分からんが」


 昭久は、自分の幼少期にも同じようなことがあったと語った。


「65年ほど前の夏だ。昭和の半ば、テレビがやっと出回り始めた頃だな。娯楽も少ない時代だ。今よりも噂っちゅうもんが広まりやすかった。加えて、噂の持ち(・・)も段違いに長かった。今は流行り廃りが激しいが、昔はそうもいかんならな」


 得体の知れない何かを見たという噂が相次ぎ、それを「見た」と語った者は気が狂い、次々に姿を消した。町中に恐怖が蔓延し、人々は外を出歩きたがらなくなった。


「わしらはこれを、蛇神様の神隠しと呼んだ。ここら辺の神社はほとんどが八幡(はちまん)神社だが、同時に放生(ほうじょう)で蛇を奉っとる――――言っとること分かるか?」

「わかる」


 八幡神は、武力と出世の神だ。天皇の化身とされた為、全国に構える神社が最も多い神でもある。

 白の記憶が正しければ、神仏習合の際、殺生を戒める『放生』という儀式を取り込んだ八幡神社も多かったはずだ。捕えた生き物を自然に帰す儀式で、一般には鳥、虫、魚などが使われる。この地域では蛇を使っているのだろう。


「蛇と言っても、アオダイショウやシマヘビなんかの毒の無えやつだ。大量に捕まえといてな、地主が禰宜と一緒にそれぞれの農地を回って放すんだ」

「大量の蛇……それ、どうやって準備するの?」

「子供に一匹いくらで捕らせて集めるんだよ。わしも当時は追っかけ回したさ。最近は動物虐待だの子供の危険だので禁止になっとるがな」


 解放するために捕え、捕えては解放する。


(エゴの塊みたいな儀式だけど――――儀式なんて、みんなそんなもんか)


「神隠しのあった年は、特に神事が多かった。祭事じゃないぞ、神事だ。子供ながらに、屋台もお囃子もない祭りばかりでつまらんと思ったよ。蛇を捕まえるのはまあまあ楽しかったが、それも長く続けば嫌になる。子供っちゅうのは飽きっぽいからな、わしもそうだった。 夏、秋、冬と毎週のように神事を続けているうちに、蛇は捕れなくなった。当たり前だな、蛇は冬眠する。ただ、冬眠の時期に入るより前に捕れなくなったんだ。

 蛇も無限にいるわけじゃねえ。何度も捕まえて放してを繰り返せば、当然弱る。蛇が捕れなくなってからは、蛇に見立てた野菜やら植物やらを使うようになった。

 年が明ける頃には、神隠しは治まっとった。

 真相はわからん。

 しかしここら辺の年寄りは、蛇神様が土地の怒りを鎮めたと考えとる。逆に言えば、土地を鎮めるために人を攫うのも蛇――――“神隠しの引導を渡す蛇神様”を信じとるんだ」


 廊下から足音が聞こえ、昭久は口をつぐんだ。間もなく、麦茶を持ったタクヤが和室に入ってきた。


「待たせてごめん。今日暑かったから、氷多めにしといたよ。良かったら飲んで」


 汗をかいたグラスが二つ、座卓に並べられる。


「タクヤ、これだと輪染みが付く。台拭き持っといで」

「はーい」


 忙しなく部屋を出て行ったタクヤを尻目に、白は少し躊躇ってから麦茶に口を付ける。キンと冷えたそれを一気に半分ほど飲み下し、口に流れ込んできた氷を噛み砕き――――。


「……おい、坊主?」


 白の視界が大きく傾く。


「どうした、おい!」


 白は、自分の身体が倒れ伏す音を、どこか他人のことのように遠く聞いた。



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