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エボルブルスの瞳―特殊事案対策課特命係傀異譚―  作者: 揺井かごめ くろ飛行機
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揺らぎ ③田園風景にて

7月31日 13:30 山形県××市●●町


「いやあ、自然の匂いというのは良いものだな」


 自然公園の駐車場の片隅。覆面パトカーから降りたアイサは、そう言って大きく伸びをした。

 後部座席に座っていた(しらず)とタクヤも、続いて外に出る。二人の肌を、容赦ない日差しがジリジリと焼いた。


「う゛わ、あ゛っっつ……」


 白は呟き、額から吹き出た汗を手の甲で拭った。道路から熱波が立ち上る中、気持ちよさそうに伸びをしているアイサの横顔は至って涼しげである。汗のしずく一つ見当たらない。


(やっぱり妖怪……)


 そういえば、白はアイサが汗をかいている所を見たことが無い。本当に人間なんだろうか。


「あの、よかったら、これ」


 半ば呆れた目でアイサを眺めていると、背後から声が掛かった。


「ぬるくなっちゃってるけど」


 振り向くと、タクヤが水筒を白に差し出していた。


「汗凄いよ、大丈夫?」

「……大丈夫」


 どうやら、タクヤは白を同年代だと思っているらしかった。白はいつぞやの潜入捜査を思い出して顔をしかめるが、怒ったり訂正したりする気力も起きない。


 暑すぎる。


「いつもこんな……馬鹿みたいに暑いの……」

「今日は特に暑いよ」

「そのようだね。最近の異常気象は山間(やまあい)でも容赦が無い」


 伸び終えたアイサは、手品のようにどこからかベースボールキャップを取り出して二人に被せた。


「ここから少し歩く。辛くなったらすぐに言うように。傀異(カイイ)の前に熱中症でダウン、なんて面白い事になる前にね」


 アイサは、まるで散歩でもするように軽やかな足取りで勝手に歩き出した。白とタクヤも、慌ててついていく。

 長閑(のどか)な農道には、三人以外の人影が全く無かった。車通りも無い。


「さて、今回の討伐対象、くねくねについてだが」


 木陰の落ちる道路を悠々と歩きながら、アイサは言った。


「2000年代初頭からネット上で話題になった、いわゆるネットロアだ。自然の多い開けた場所――――川や、多くは田んぼに現れるとされている。細長くうねる身体を持っており、その姿の詳細を見た者は狂う(・・)とされている」


「……ショウみたいに?」

「その通りだ」


 おかしくなった友人を思い出したのか不安そうなタクヤに、アイサは頷いた。


「くねくねは、人間の肉体に『干渉』する特徴を持っている」

「肉体? 脳神経とかじゃないのか」

「脳も肉を持った身体だよ。くねくねの厄介な部分は、トリガーが接触ではなく視認であるところだ。くれぐれも、くねくねを発見しても観察しないように。白は目が良いから、特に気をつけるんだよ」

「わかった」

「おや? やけに素直じゃないか」

「くねくね、なんてふざけた名前の傀異、おれは知らなかったからな」

「なんだ、怖いのかい?」

「なんでそうなるんだよ! ったく……警戒してるだけ」


 鳥の声と木々の葉擦れしか聞こえなかった農道で、遠くからエンジン音が近付いてくる。一台の軽トラが白達とすれ違った。運転手は白達を見て不審そうに眉をひそめ、速度を上げて走り去る。

 なんとも無しにそれを見ていた白に、アイサはこれ見よがしな溜息を吐いた。


「先が思いやられるな」

「え?」


 置いてけぼりになっているタクヤに、アイサは説明する。


「銀滝隊員は今、軽トラの運転手の容貌や服装、表情まで見て取った。無意識に観察する癖が付いているんだよ」

「そうなの!?」


 子供らしい尊敬のまなざしと、アイサの呆れた目を同時に向けられて、白は苦い顔をした。


「軽トラの中にくねくねはいないだろ」

「そういうことにしておいてあげるが、くれぐれも……」

「わかってるって! それより、そろそろどこに向かってるか教えろよ」


 三人は、自然公園脇の農道を辿って、開けた田園とまばらな民家が見渡せるエリアまで来ていた。平日の昼間だからか、ここまで来ても、不気味なほど誰ともすれ違わない。


「まずは、依頼人の家に行くべきだろう。子供だけで東京まで依頼に来ているんだ、家族に知らせないのは公務員として良くないだろう?」

「どの口が……」


 公務員らしさの欠片もない普段の振る舞いを思い出して、白は思わず呟いた。


「公序良俗を重んじるこの口さ。そもそも、タクヤ少年には不自然なところが多い」


 悪びれず平然と言うアイサ。白には、その言葉を受けたタクヤが小さく硬直するのが分かった。


「タクヤ少年。君は、君の友人であるショウ少年が失踪してから、何か出来ることはないかと動き始めた。そうだね?」

「……はい」

「ショウ少年が失踪したのは五日前だ。君、たった五日足らずで、どうやって特命係まで辿り着いたんだい?」

「えっ、と。ネットで調べてたら、たまたま見つけて」

「警察に隠し事ができると思わない方が良い」

「本当です! 嘘なんか吐いてません」


 威圧するようなアイサの言葉に、タクヤは必死な様子で返す。


「そうかい。白、つまりはそういうことだ。わかるね?」

「……さあね」


 特命係は、その役割を隠匿されている。

 特命係に入ってくる依頼のほとんどは、事務所の近場からの持ち込みか全国に点在する想術師づて、あるいは本庁から委託される任務である。タクヤのように、遠方から個人で赴いて案件を持ち込む依頼人は稀だ。しようと思っても普通は出来ない。仮に特命係の存在を知っても、常人には特命係の建物が見つけられない。

 確実に、何らかの不確定な要素が関わっている。アイサはそれを警戒しろと言っているのだ。

 依頼者本人の前でそれを言ってしまえる神経は、白には分からないが。


「依頼人の家に挨拶したら、その後は現地調査だね。一旦車に戻って、この辺りをひたすら調査することになる。見たところ、必要なのは地道なフィールドワークだ」

「それは同感」


 白は、田んぼに目が行かないよう注意しながら周囲を見渡した。田んぼの至る所から、傀朧(カイロウ)狼煙(のろし)のように立ち上っている。空気に満ちた傀朧もかなり濃い。


「くねくねは田んぼに多く出る。田んぼと言えば?」

案山子(かかし)、蛇神信仰だ」


 さらりと、なんでもないように答える。白は、昨日の聞き取り中、佳澄に知識で負けた事を密かに根に持っていた。くねくねの関係資料は一夜漬けで読み込んである。


「正解」


(うし! これくらい当然!)


 心の中でガッツポーズをとる白を尻目に、アイサは小さく笑って続けた。


「案山子の足が一本なのは、あれが足ではなく尾だからだ。諸説有るがね。農村部には蛇神信仰が根付いていることが多い。その概念は、確実にくねくねを強化している……が」

「蛇神信仰だけじゃ、こんなに濃くならないよな」

「ああ。恐怖や不安で、この辺り一帯が丸ごと覆われている。密度も量も異常だ。必ず何かある」


 アイサが足を止める。広い日本庭園の奥に、年季の入った二階建ての日本家屋が見えた。表札には筆文字で荘園寺と刻まれている。


「では、お邪魔しようか?」

「あ、はい! 僕、じいちゃんに声かけてきます」


 先に家へ入っていったタクヤを追い、白とアイサも敷石を踏みながら玄関へ向かう。


「そうだ、銀滝隊員。水分は足りているかね? 凄い汗だったが」

「アイサもそれ言うの? ガキじゃ無いんだから、水くらい自分のタイミングで飲むよ」

「そうかい、それは悪かった。なら、大丈夫だな(・・・・・)?」

「何が大丈、」


 唐突に気配が消える。

 白が言葉を切って顔を上げた時には、アイサの姿はどこにも無かった。





今年の夏もとても暑い……

皆さまも熱中症にはお気を付けください。

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