表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
エボルブルスの瞳―特殊事案対策課特命係傀異譚―  作者: 揺井かごめ くろ飛行機
25/73

揺らぎ ②小さな依頼者


7月30日 


『山形県××市で起こっている連続失踪事件についての続報です。先日行方不明になった“田口翔”君10歳を合わせ、行方不明者の数は16名になっており……』


 ぷつん。


 小さなテレビの画面が暗転する。アイサは、机の上にリモコンを置いた。


 特命係の事務所。ソファに腰掛けてアイサと対峙しているのは、眼鏡をかけた小学生────今回の依頼人、荘園寺拓也だ。


「なるほど。つまり君は、ショウ君がくねくねになってしまったと、そう言うんだね?」


「……はい」


 沈痛な顔で俯くタクヤの前に、佳澄がオレンジジュースを置く。


「どうぞ。おいしいよ?」


 隣に座り、励ますように微笑む佳澄を見て、少年の表情がわずかに緩んだ。小さく頭を下げて、オレンジジュースに口をつける。


「優貴。この事件は全国的に注目度が上がっているね? 山形県警との連携はどうなっている?」


 パソコンを弄っていた係長は、手を止めずに答えた。


「想術師協会には、依頼は回ってきてないみたいですよ。

 普通に捜査本部が設置され、普通に他府県に応援を要請して、普通に500人態勢で行方不明者を捜索しています」


 それを聞いたアイサは、軽く頷いた。


「なるほど。では、早急に捜査を止めさせるよう、長官に掛け合ってくれ。

 これは、特命係(われわれ)事件(ヤマ)だ」


「了解。そう来ると思いましたよ……」


 アイサの言葉を受け、馬崎はやれやれと溜息をついた。パソコンを閉じ、公用携帯を手に取って、「少し出ます」と事務所から出て行く。


「……そんなことできるんですか?」


 佳澄は戸惑いを隠せず、思わずアイサに問うた。


 馬崎からの情報でわかるように、この事件の規模は非常に大きい。そんな捜査を、たかが末端部署の職員の一言で、簡単に左右できるものなのだろうか。


傀異(カイイ)絡みの事件を解決できる部署は、警察内部ではウチだけだ。想術師協会に話が行く前なら、()はこちらにある」


「……カイイ、ですか?」


 タクヤは不安そうにアイサに質問をする。


「ああ、カイイ……つまりはオバケだ。この事件は、オバケのせいで起きている」


「信じてくれるんですか!?」


 少年は目を丸くする。


「もちろんだ。我々は、君の話を信じよう。

 そもそも、16人も居なくなって一人も帰ってこないなんて、元々おかしかったのさ。

 日本の警察が一斉に使えなくなったか、傀異の仕業か、と問われたら、傀異の方が圧倒的に現実的だ」


 話が難しくなって、タクヤの頭上に疑問符が飛ぶ。アイサは構わず、事件について話をすすめる。


「この事件の犯人は『くねくね』という名の傀異だ、と仮定しよう。

『くねくね』は古い傀異ではない。最近になって生まれた、いわゆるネットロアや都市伝説と呼ばれるものだ」


 アイサはタクヤの横に座った佳澄を見つめる。


「勉強熱心な佳澄に、日頃の成果を見せて貰おうか。

 説明したまえ。

 くねくねのように、明確化された恐怖の(イメージ)が形となって発生する強力な傀異のことを、何という?」


 佳澄は、突然の名指しに思わず大きく返事をした。


「はいっ!?」


 ええと、と視線をうろつかせる佳澄と、声に驚いたタクヤの目が合う。

 小学生に格好悪い所は見せられない。

 佳澄は背筋を正し、咳払いしてからスラスラと答えた。


特定危険傀異(とくていきけんカイイ)と呼ばれます。人が抱く恐怖像そのものや、際限なく傀朧が蓄積されてしまう概念が形になった傀異です。


 簡単に言えば、オバケとか、神様とか、そういうものです。


 特定危険傀異を生み出す概念のことを特定危険概念とくていきけんがいねんと言い、想術師協会の『特定危険概念管理委員会』の管理対象になっています」


 アイサは頷く。


「完璧だ。よく覚えたね」

「えへへ……それほどでも……」


 普段あまり聞かない柔らかな声に、佳澄は照れながら頬に両手をあてた。


「では、先輩にも抜き打ちテストをしてみようか」


 アイサが指をパチンと鳴らす。

 同時に、デスクの奥でゲームをしていた(しらず)が勢い良く顔を上げた。


「うわっ!? は、えっ!?」

「えっ、なになに、どうしたの白君!?」


 慌てて周囲を見渡す白。その様子につられて慌てている佳澄に、アイサはそっと耳打ちする。


「ちょっとイタズラしたのさ。いつもの傀朧遊び(ひまつぶし)だよ」


 そう言ってウインクしたアイサは、白に向き直って声を張る。


「白、問題だ。特定危険概念くねくねの管理レベルは?」

「は……?」


 管理レベル。

 特定危険概念には、伝承レベルと危険レベルを組み合わせた『管理レベル』が割り当てられる。


 伝承レベルでは、ローマ数字のⅠからⅤを用いて、『どれだけ知られているか』を表す。これが、傀異の持つ傀朧の量に直結する。


 危険レベルでは、アルファベットのaからeを用いて、人間社会にとってどれだけ有害であるかを表す。

 つまりは、言葉通り『どれだけ危険か』、だ。


「……くねくね? 初めて聞いたんだけど。そんなマイナーな傀異の管理レベルなんて、覚えてるわけねーじゃん」


 寝起きの頭を最大限に回し、どうにか質問の意図を汲み取った白は、仏頂面で投げやりに答えた。


「佳澄、わかるね?」

「はい。くねくねの管理レベルは……ええと、確か、伝承レベルⅡ、危険レベルbで、Ⅱbだったかな……?」


「100点満点だ、佳澄。白、君の後輩は非常に優秀だね?」

「えへへ……」


 両手を桃色の頬に当てて照れる佳澄と、あてつけるようなアイサの物言いに、白はぎりりと奥歯を噛む。


(おれだって、大体の傀異は覚えてるし……!)


「くねくねは比較的新しい概念だが、似たような――――いわゆる『見たら失う』神や物の怪の伝承は、割と古くからあるんだ」


 アイサは、ホワイトボードに整った字をつづり、それを読み上げる。


「くねくねのモデルとして語られることが多いのは、東北の『タンモノ様』や、福島の『あんちょ』。他にもシシカブリや、蛇神の一種なんて話もある。


 どれも、『見るな』『近付くな』と言い伝えられている。見るだけで憑かれたり、失明や白痴(はくち)といったペナルティがあるね」


「はくち……?」

「ボケちゃう、ってことだよ。あんまり良い言葉じゃないから、タクヤくんは覚えなくて大丈夫」


 疑問符を飛ばしているタクヤに、佳澄が説明する。


「もうっ、アイサさん! 小さい子もいるんですよ。マイナーな言葉使わないで下さい!」

「ふふ、佳澄。優しいのは結構だが、二つ誤りがある。わかるかい?」

「えっ……二つの誤り、ですか?」


 今度は佳澄が疑問符を飛ばして頭を捻っている。


「一つは、『小さい子』の定義でしょうね。

 アイサさん、長官からゴーサインが出ました。自由にやっていいそうです」


 電話を終えて戻ってきた馬崎が、会話に割り込んできた。


「小学五年生の男の子を『小さい子』とは呼ばないんですよ、アイサさんは。この人、案外子供にスパルタなので」


「正解だ、優貴」

「伊達に特命係の係長やってないんですよ、私も。もう一つは、多分――――」


「『難しい言葉に触れる機会』を奪うのは優しさじゃない、ってことじゃない」


 馬崎の言葉を、白が引き取る。


「係長も言ったけど、アイサはスパルタなんだよ。子供にも大人にも、男にも女にも。鍛えなきゃ強くならないなら鍛える機会は沢山あるべき、みたいな脳筋――――」

「白?」

「――――パワー型の考え方してるんだ、アイサは」

「及第点だが、まあいいだろう」


 アイサは頷き、ホワイトボードに大きく「任務 くねくね討伐」と書き込んだ。


「さあ少年、読んでみなさい」


 急に振られたタクヤは、戸惑いながらも口を開く。


「えっと、にん、む、くねくね……」

「とうばつ、と読む。やっつける、という意味だ」

「……とうばつ」

「Good。これで一つ覚えたね」


 アイサはタクヤに微笑みかけ、挑戦的な笑顔で特命係メンバーを見渡した。


「相手も分かった、上の許可も下りた。

 するべき事は明確だ――――さあ諸君、仕事と行こう」


 その言葉を受け、馬崎と佳澄が頷く。

 白は一人、俯いて考え込む。


(近代の傀異、『くねくね』か――――)


 ネットロア、と呼ばれる概念の傀異が対象の任務は、白にとっては初めてだ。


(……だからか?)


 白は、ゲームをしながら聞いていたタクヤの話をもう一度脳内で辿る。

 小学生の失踪。ネットロア。豪雨。知らない間に広まっていた噂。おかしくなった友人。


 原因は分からない。しかし、強烈な違和感が、白の中でわだかまっていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ