揺らぎ ①プロローグ
皆さま大変長らくお待たせしました……!
週間連載を再開します。
引き続きどうぞよろしくお願いします!
【事例】 山形県××市某所
――――――初めてその噂をきいたのは、去年の夏でした。たしか、夏休みが始まって、ちょっとしてから。
僕達の住んでるとこ、すごい田舎なんです。田んぼばっかで、自然豊か、とか言われてるけど、自然しかないっていうか。
だからだと思うんですけど、田んぼに出るオバケの話が、中学ですっごく流行ったんです。トウマ――――友達が、ねーちゃんから聞いたって。
トウマとは家が近くて、よく一緒に遊びます。
その日も一緒にザリガニ釣りに行ったんです。その帰りに、トウマが、急に田んぼを指差して言ったんです。
「なんだあれ」って。
その時、僕には何も見えませんでした。トウマも、見間違いかなって言ってました。その時に教えてもらったんです。
「もしかしたら、くねくねかもな」
「くねくねっていう、白くてウゴウゴした気持ち悪いオバケが、田んぼに出るんだってさ」
そんな感じの事を言ってました。僕もトウマも、オバケとか興味なかったし、その日は普通に帰りました。
そんなことがあったのも、すぐ忘れちゃいました。
思い出したのは、つい最近です。
* * * * * *
知ってると思うけど、今年の夏は長雨続きでした。雨があんまり降ると、うちの田んぼは半分くらい川に浸かります。
うちのじいちゃん、地主なので、貸田んぼとかも含めたら凄いたくさん田んぼ持ってるんですよ。梅雨の時期は、いっつも田んぼ気にしてます。
じいちゃんが気にするから、俺も気にするんですけど。クセですね。
特に雨が凄かった日……たしか、ニュースでシッソー事件? の話してたから、一週間くらい前かな。間違ってるかも。雨がすごくて、テレビの音も全然聞こえなかったし。
じいちゃん、「また田んぼが沈む」って嫌そうな顔してたんです。それで、なんか面白い話してやろうって思って。
田んぼのこと考えてたからかな。去年のトウマの話を思い出して、ちょっと喋ってみました。
「そういや、去年の夏、トウマがオバケを見たんだ」
「白くて細くてウネウネしてる、気持ち悪いオバケだって」
そう言ったら、じいちゃん、嫌そうな顔をもっと嫌そうにして、「どこの田んぼだ」って聞いてきたんです。
僕は、「たしか、野口さんとこの、右から4つ目の田んぼ」って答えました。
そうしたら、怖い顔になって、「その田んぼには近付くな、トウマにも言っておけ」って……。
じいちゃん怖かったし、ちゃんとトウマにも伝えました。そしたら、トウマの態度がなんか変で。怖がってるみたいな。
なんかあったか、ってきいたら、教えてくれました。
「学校から帰るとき、あの田んぼ見えるだろ」
「そっち見ると、いつも居るんだよ。白くて細くて、くねくね動いて、こっちに来いって言ってるみたいなのが」
やっぱりなにかいるんだって、僕達の間では、そういう結論になりました。田んぼには近付かないようにしよう、って約束して、それ以上その話はしませんでした。気味悪いし。
でも、その次の日が一番気持ち悪かったな……なんでか全然わかんないけど、学校に行ったら、皆がくねくねの話をしてたんです。
登校した僕とトウマに、ショウっていう男子が話しかけてきました。ショウは、クラスのリーダーって感じのやつで、そいつが噂を言いふらしてるみたいでした。
都市伝説『くねくね』。
田んぼのあぜ道で、白くて細長い塊が、身体をくねらせながら立っている。その姿を見てしまった人は、正気を失って、廃人になってしまう。
「ホントにいたら面白くないか? 野口さんとこの田んぼで、見たヤツがいるらしいんだよ」
ショウは、その日の帰りに、仲の良いやつらと見に行くって言いました。僕は、やめといたほうが良いって止めたんですよ。じいちゃんが駄目って言ったのも、ちゃんと伝えました。
でも、ショウは行くって言うんです。
仕方ないから、僕も一緒に行くことにしました。何かあったら、すぐに大人を呼べるように。
放課後、僕達は野口さんの田んぼに行きました。トウマには、先に帰ってじいちゃんに伝えてくれ、って頼みました。
ショウは、望遠鏡を持って来ていました。僕は、ずっと「やめたほうがいいよ」って言い続けました。僕が必死だから、他のやつらもだんだん怖くなってきたみたいで、望遠鏡をのぞいてるショウに向かって「帰ろう」って言い始めました。
でも、ショウは、全然言うことを聞かなくて。
「大丈夫だって……」って言いかけて、そこで、ショウの様子がおかしくなりました。
急に、変な声で、意味の分からないことを言い始めたんです。意味が分からない、っていうか、言葉になってないっていうか。
パソコンのキーボードをぐちゃぐちゃに打って、壊れた音声ソフトに端から読ませたみたいな。
そんな声を上げて、ショウが望遠鏡を落としたところで、もう駄目でした。皆、「うわああっ!」て叫びながら、一斉に逃げました。
僕は、逃げられませんでした。止めようと思って来たのに、ショウを置いて逃げるわけにいかなくて。
ショウは、首を僕の方にねじ曲げました。人の、普通の曲がり方じゃありませんでした。
……すみません、そこから先は、あんまり覚えてないんです。気付いたら、ゼエゼエしながら家の前まで帰って来てました。そのくらいです。
ショウは、その日から行方不明です。