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エボルブルスの瞳―特殊事案対策課特命係傀異譚―  作者: 揺井かごめ くろ飛行機
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田共高校の幽霊生徒 ⑧


 ドス黒い濃紺の渦巻く教室へ、(しらず)は転がるように突入した。

 体長1メートルほどの傀異(カイイ)は、四足獣のようなシルエットを保ちながらも、全身に目玉を浮かせて(うごめ)いている。それが体を引き摺った痕跡から、濃度の高い霧状の傀朧(カイロウ)が教室全体へ波及していた。


(見た感じ、そんなに強くない。やっぱり幼体だ――――けど)


 傀異との距離を詰める僅かな時間、白は五感を研ぎ澄ませ、教室内に充満した傀朧(カイロウ)に同調する。


 想術の五大要素の一、【干渉】。


 想術の体系の基盤は、【干渉】【増幅】【操作】【強化】【変質】の五要素で構成される。


 【干渉】は、言葉通り傀朧へ干渉する技術だ。想術師が最初に習得しなければならない、基礎中の基礎である。


 しかし、シンプルであるが故に、術者の練度によって効力が大きく変化する。傀朧の質を見極める程度の簡単な想術から、傀異と直接同調し、調伏して、格下の傀異を操ることまで可能だ。


 傀異との親和性が高い白は、本来高等技術である【解析】――――【干渉】を応用し、傀異の放出する傀朧から本体の分析を行う事が可能である。


(成体になりかけてる? あとちょっとでもなんか喰われたら変質しそう。

 それに、やっぱり擬態が異常に分厚い。物理的に剥がさないと、本質までは辿り着けないな。


 ――――弱いように見えるけど、やっぱコイツ、ヤバい(・・・)


 一瞬の間に分析を済ませ、白は手近な机を踏み台に思い切り跳ね上がった。


 白に気付いた傀異が、眼下で身動ぎする。


「遅い」


 白の脚がひときわ青く発光する。傀異が動く前に、白はその体躯のど真ん中を抉る様に蹴り穿った。


「ギョゴッ」


 傀異から悲鳴が漏れる。靴越しに、(いや)な柔らかさと粘性の高さが伝わってくる。


 身体の【強化】。これも想術五大要素の中では初歩である。元来屈強とは言えない白のバトルパフォーマンスは、ほとんどが想術で強化された結果だった。


「おい、アンタ!」


 白は暴れる傀異を足蹴にしたまま顔を上げた。机の前に立ち尽くしていた女性――――姫野(ひめの)樹里(じゅり)に呼び掛ける。

 白の声が届いていないかのように、樹里は、青く透き通った体をピクリとも動かさない。


(いや、違う。動けないんだ)


 樹里の両腕は醜く膨れ、机に付かれた掌は天板にべったりと癒着していた。その横顔は脱力しきって、半開きの目だけが忙しなくグルグルと動いている。


 その様相は、明らかに異常だった。


 白の脳裏に、昼間会った樹里の姿がフラッシュバックする。楽しげに友人と喋る、屈託の無い強気な少女。


(――――こんな、姿に)


 白は、自分の思考が焼き切れるのを感じた。


 ――――【強化】。


 考えるより先に、身体強化された白の脚が傀異を蹴飛ばした。傀異の体は、机を吹き飛ばしながら教室の壁際まで転がる。


 白はそのまま即座に振り向き、樹里の後頭部へ優しく手を添える。樹里と繋がっている机の天板へ、その頭をそっと押し付けた。木製であるはずの天板が水の様に波打ち、青白い光を放ちながら樹里の頭をゆっくり飲み込んでいく。


「鹿島彩」


 白は傀異に向き直り、静かな、しかし怒気を孕んだ声で呼び掛ける。


「おれ、この傀異と教室出るから。アンタの友達、ちゃんと帰るまで見ててあげて」


「……わかっ、た」


 教室のドアを隔て、か弱く震えた彩の声が聞こえた。


(ああ、怖いんだな。怯えてる)

(傀異が怖いのかな。それとも、おれが怖いのかな――――どっちも同じか)


 どちらも同じ、得体の知れない暴力だ。


(……連れてこなければ、よかったなぁ)


 虚ろな目で傀異を睨み据えながら、白はわずかに残った理性で怒りを抑えつけ、言葉を続ける。


「終わったら、うさぎのゲージだけ回収して、甲斐さんの車に戻って――――」


 視界の端で、傀異が蠢いた。


「――――守って貰って。


 おれ、今、危ねー(・・・)から」


「ギャグァッ!」


 傀異は、威嚇するように一声吠えた。同時に、先程までの鈍重な動きと打って変わり、猛烈な勢いで突進してくる。


「させるかよ」


 冷たい声で呟き、先程踏み台にした机に触れる。机が青い傀朧を帯び、重力を忘れたかのようにふわりと宙に浮く。



 白の得意とする想術。核となる概念は、【念動力(サイコキネシス)】。

 想術の中では【操作】に属する、根源的で強力な概念である。故に、膨大な傀朧を必要とする。


 白の特異な体質によってのみ実現される、純然たる暴力。


「喰らえ」


 振われた腕に呼応し、机が傀異に向かって発射される。轟音と衝撃波が教室を震わせる。机と傀異が弾け飛び、教室の窓を突き破った。白も傀異を追って窓から飛び出す。


「白くっ……」


 背後で微かに、彩の声が聞こえた気がした。


 傀異は校庭に墜落した。衝突音と砂煙の中で、小さなクレーターが作られる。


 ――――【念動力(サイコキネシス)】。


 白は滞空している己の身体を加速させ、再び穿つように傀異へ着地する。


「ギャ、グァッ」


 先程とは比にならない強烈な打撃に、傀異が喘鳴(ぜんめい)する。傀異の体表を覆っていた粘土質の分厚い膜が、衝撃でぶつりと裂けた。


「お前、デンコーに来てから、何人喰った?」


 瞳孔の開ききった目で、白は傀異を睨め付ける。膜の裂け目に両手を掛け、一気に左右へ引きはがす。


 青黒くくすんだ上半身と、対比するような白の下半身。発達した上唇(じょうしん)

 マレーバク、と呼ばれる動物に酷似した姿が露わになった。


「成体……?」


 白は訝しげに呟く。

 マレーバクの幼体は、ウリ坊のような縞柄をしている。しかし、この傀異が模した姿は、成体のマレーバクのそれだった。


 バクの額の皮膚が裂け、ぎょろりと目玉が現れる。白は、己の脚に纏ったはずの傀朧が一部はがれているのに気付いた。


「ああ、そうか。おれのを喰ったのか――――目玉は、喰った数(・・・・)か」


 怒りで声が震える。白の中で、既に答えは出ていた。


 被害者の大半は、受験で不安定になった三年生。

 怪異の体表に蠢いていた夥しい数の目と、教室で見た樹里の目の動き。


 高速眼球運動。レム睡眠時の特徴的な身体反応。


「夢を媒介して、将来の不安を喰らってたんだな。


 ――――獏。お前は、悪夢を喰らう獏の傀異だ」


 確かめるような白の言葉に呼応し、マレーバク――――獏の傀異は身体を大きく膨らませた。皮膚の硬度が増し、傀朧が濃くなる。


 傀異を踏みつけていた白の脚が、身体ごと弾かれた。バランスを崩した白は後ずさり、小さく呟く。


「……完成、したな」


 傀異の正体を看破することは、弱点を看破することと同義だ。反面、力の強い想術師が傀異を正しく認知することで、傀異の概念は強化されてしまう。成熟しきっていない傀異にとっては、実体の強度を高めてしまう場合も多い。


「キュオ――――ン」


 白に対峙する獏の傀異は、頭をもたげて高い雄叫びを上げる。白は細く長く息を吐き、グラウンドの砂肌を両足で軽く(なら)してから、身体を斜に構えた。


「来いよ」


 衝撃。


 傀異の身体が地面を蹴り、ゴム鞠のように跳ね上がる。その軌道は空中で不規則に曲がり、うねり、弾幕のように白へ襲いかかる。


 異形の牙が、白の身体を覆う分厚い傀朧を抉り取る。白はふらつくような足取りで衝撃をいなすが、白を保護する傀朧の嵩は確実に減っていく。


(……そろそろ、(あいつ)の避難、終わったかな)


「なあ、バケモノ」


 白は傀異に向けて、自嘲気味に言った。


「おれの夢は、旨いか?」


 夜のグラウンドに、白い砂煙が立つ。傀朧の厚みが底を突き、傀異の猛攻が白の頬を浅く切り裂く。


 同時に、白の腕が動いた。


「なあ」


「ギュゴッ!?」

 

 傀異が困惑したように鳴く。白の操る大量の砂が、傀異の全身に覆い被さって動きを封じていた。いつの間にか砂煙は落ち着き、グラウンドの地面が露わになる。


 傀異より凶悪に、グラウンドへ残る爪痕。無残に抉られたいくつもの穴から掻き集められた砂は、白の【念動力(サイコキネシス)】に従って傀異を圧迫する。


 砂から覗く傀異の額、ぎょろつく第三の目に顔を寄せ、白は低く語りかけた。


「お前は悪夢を喰らうんだろ――――旨いかよ、なあ」


 白の拳に青く発光する傀朧が収束し、その色を肩口まで広げていく。


 極限まで身体強化された腕が、傀異に向かって振り抜かれた。


 アッパーカットで殴打された傀異は、ロケットのように打ち上げられる。束の間の浮遊。


「曲がれ」


 その体躯が落下を始めるより速く、【念動力(サイコキネシス)】が不自然な圧力をかける。傀異は落下すること無く、先程の攻撃を再現するように、出鱈目な動きで跳ね回った。


 校庭に、校舎に、フェンスに、街路樹に。白の傀朧を喰らって肥え太った身体は、衝突の度、その自重でダメージを増していく。速度を上げ、周囲を破壊しながら、傀異の身体は少しずつひび割れていく。


「頑丈な入れ物だな。殴りやすくて助かる」


 高速移動する傀異を見上げ、白は棒立ちのまま無感情に言った。腕を掲げ、振り下ろす。轟音と共に、傀異が地面に叩きつけられた。ひびだらけの傀異は、痙攣しながら力無く横たわっている。


「おれのを腹一杯喰っただろ。でも、まだ足りないよな?」


 白は、微かに開いた傀異の口に、強化した腕をねじ込んだ。


「お前、悪食だもんな。喰わせてやるよ」


 大きく息を吸い込む。


「喰らえ」


 喰らえ、喰らえ、喰らえ、喰らえ、喰らえ――――。


 一息で繰り返される言葉は呪詛のように響く。傀異の腹に、白の傀朧が溜まって膨れていった。ひび割れて弱った部分が、所々ゴムの伸ばされた風船のように、歪に引き延ばされて膨張していく。


「――――爆ぜろ」


 白の声と共に、獏の傀異は、破裂した。



 バトルと言いつつ一方的な暴力が行使されるだけの、ある意味説明回でした。

 次回は彩の「一方その頃」が描かれます。乞うご期待。


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― 新着の感想 ―
[一言] 特異な力と言うより、あまりに大きすぎる暴力...! 白君も苦労する訳だ...一人が身のうちに持つには、荷が重い...
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