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エボルブルスの瞳―特殊事案対策課特命係傀異譚―  作者: 揺井かごめ くろ飛行機
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田共高校の幽霊生徒 ⑥


「……なるほど。つまり、複雑な造りの傀具(カイグ)想術師(そうじゅつし)以外が使いこなす、というのは、生まれつき目が見えない人が写実的な絵を描くくらい難しいんですね」

「そうそう」

「逆に、単純な作りであれば誰でも使える……目が見えなくても、手に付いた絵の具で手形を押すくらいなら簡単にできる、ってことですか?」

「そう! 完璧!」


「うわ、まだやってる……」


 頭上から降ってきた声に顔を上げると、マグカップを持った白が引き気味の表情で彩を見下ろしていた。

 ついでに視野に入った時計が、勉強を始めてから一時間ほど経過したことを教えてくれる。


「しかもなんか理解してるっぽいし……よくついてけるね」


「佳澄さんの教え方、分かりやすいよ」

「ねー?」

「ねー」


 声を合わせてクスクスと笑い合う女子二人に、白は「わかんねぇ……」と零して彩の隣に座った。


「どのくらい進んだの」

「あらかた教え終わったよ」


「ふーん。じゃあ、おれ達が今からやんなきゃいけない仕事について、説明してもいい?」

「……わかった」


 彩が頷くと、白は短く告げた。


「今夜1時、学校に潜入する。

 鹿島彩、今からあんたがすべきことは――――取り敢えず、宿題済ませてご飯食って歯ぁ磨いて寝ることだよ」



   ◆ ◆ ◆



 ぴ。ぴ。ぴぴ。ぴぴ。ぴぴぴ。ぴぴぴ。


「彩ちゃん、起きられる?」


 スマホのアラーム音と共に揺り起こされる。普段使いのベッドより固い質感と、聞き慣れない高い声。違和感を覚えながら上体を起こすと、心配げな表情の佳澄がこちらを覗き込んでいた。


(……そうだ、私、事務所に泊まらせて貰ったんだ)


 現状、相手の傀異(カイイ)を特定できるほどの情報は集まっていない。既に被害が出ている以上、時間を掛けるのは危険だという白の判断で、夜間の捜査が決行されることになった。


 家族には甲斐さんから連絡してくれたという。制服のまま寝るわけにはいかないと戸惑っていると、何故か用意されていたピッタリサイズの上下スウェットを渡された。


「大丈夫? ソファで寝るの慣れてないでしょ。ちゃんと寝られた?」

「はい、ありがとうございます。おかげさまでぐっすり」


 佳澄の気遣いに頬を緩ませ、彩は立ち上がって手早く支度を整える。

 とうに準備を終えていた白と共に事務所から出ると、甲斐が黒いバンの前で待っていた。乗り込むと、トランクに大量の機器と箱が積まれているのが分かる。

 車内からは微かに煙草の匂いがした。


「じゃあ、行こうか」

「そんなに遠くないのに、わざわざ車で行くんですね」

「相手の情報が少ないからね。何かあったときにシェルターがあると便利なんだよ」


 ゆっくりと走行する車中で、甲斐は簡単に傀異の説明をしてくれた。


「白君の情報をまとめるよ。傀異としての形状と、仮性実体――――君達が見たであろううさぎの姿だね。両者とも、『四つ足の小型動物』とのことだ。

 上手に擬態しているらしいから、元々擬態を含む概念か、似た性質の概念、実体を持たない概念がベースである可能性が高い。


 それから、三年生が主たるターゲットになっている、という部分も肝だろうね。例外があるとはいえ、一・二年生で構成されているボランティア部のメンバーから、被害者は出ていない。普通の傀異なら、一番長く接している姫野(ひめの)樹里(じゅり)が最も影響を受けるんだが……この場合、傀異のターゲットから姫野さんが大きく外れているか、」


「傀異が育ちきってない、幼体の可能性が高い」


 白が言葉尻を引き取り、甲斐は頷く。


「うさぎが拾われてきたのが先週の月曜日。最初の犠牲者と見られる三年生、浅見(あさみ)優花(ゆうか)が欠席したのもその日だ。

 彼女はボランティア部員の友人で、普段からボランティア部に出入りしていた。学校内でのうさぎとの接触は無い……が、調べてみたところ、彼女はその日の朝に河川敷で倒れ、救急車で搬送されていた。怪我も病気も見つからず昼には帰宅しているが、倒れた場所がうさぎが捨てられていた場所と一致している。偶然ではないだろう」


「……この短時間で、そこまで調べたんですか?」


 彩が警察の調査能力に感心していると、甲斐は困ったように苦笑した。


「良い情報提供者がいてね……」

「住吉理子に電話した」

「はぁ!?」


 当然のように言った白に、思わず声を上げる。


「え、待って、番号知ってたの!?」

「学校のデータから引っ張ってきた。大丈夫、鹿島彩に聞いたって言っておいたから」


「言ってくれれば私がかけたのに……」


「あんた、徹夜とか慣れてないでしょ。寝る時間削ってまであんたにやらせる必要ないから。それに、おれもコネクション作っといた方が、後々便利そうだし。あの人どうやって情報収集してんの? すごい詳細に色々教えてくれたけど」

「知らないよ……私に訊かれても……」


 ぐったりしてシートにもたれ掛かった彩を気遣うように、車が緩やかにスピードを落として停車した。


「着いたよ。警備システムは切ってある。これ、鍵ね」


 じゃら、と重い音を立て、夥しい数の鍵が付いた業務用キーホルダーが白に手渡される。


「ボランティア部のベランダの鍵だけ蛍光塗料でマークしてあるから、他のは頑張って」

「頑張ってって……凄い量なんだけど」

「頑張って」

「……わかったよ」


 白は渋々頷いて車を降りる。彩も「ありがとうございました」と頭を下げて車を降り、白と校舎へ向かおうとしたが、運転席の窓から顔を出した甲斐に引き留められた。


「待って、彩ちゃん」

「っはい!?」


 ファーストネームで呼ばれてどぎまぎしている彩の首に、ペンダントが掛けられる。ペンダントトップは直径3センチほどのガラス玉だ。


「白君が守ってくれると思うけれど、保険としてね。何かあったら、これを割りなさい。紐を持って、こう、何回か振り回して、遠心力を使って床に叩きつければ簡単に割れるから。

 じゃあ、気をつけて行ってらっしゃい」

「は、はい!」


 ジェスチャーと共に簡単な説明をすると、甲斐は気楽に手を振った。白はペンダントを一瞥し、興味なさげに校舎へ歩いて行ってしまった。


 彩は、闇夜に沈んだ静かな校舎を見上げる。


(……いよいよ、だ)


 あの夜のつづき。未知の世界。

 危険が伴うことは重々承知の上で、彩の胸は期待に高鳴っていた。


「置いてくよ」

「ごめん、今行く」


 ひらりと裏門を飛び越えた白に続き、彩は裏門の格子に足を掛けた。



次回はいよいよ夜の校舎探索です。彩ちゃんじゃないですが、夜の校舎ってどきどきしますよね。


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[一言] 甲斐さん、それフラグって言うんだ...
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