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エボルブルスの瞳―特殊事案対策課特命係傀異譚―  作者: 揺井かごめ くろ飛行機
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田共高校の幽霊生徒 ④


「『ボラ部のうさちゃん』って、これか」


 ぼそり、と呟くように言った白の視線の先には、樹里に抱えられた黒ブチのうさぎがいた。


「先週、デンコー近くの河原に捨てうさぎがいるって相談が来て、それからウチで保護してんの。カワイイっしょ」


 慈愛に満ちた表情で、樹里がそっと手を動かす。樹里に撫でられ、うさぎは心地よさそうに目を閉じた。


「デンコーって?」


 小声で問う白に、彩も小声で返す。


「この高校の愛称だよ。ほら、田共(デンきょう)大学付属(コー)校」

「……なるほど?」


 白は、今一歩腑に落ちない様子で小さく首を傾げた。そのまま部屋を見渡す。


 ボランティア部の部室は、部室棟ではなく管理棟の一角にあった。学校外からの来客に対応できるよう、談話室の隣の空き教室を使っている。


 タイミング良く、他の部員は校外活動に出払っていた。うさぎ当番だという樹里は、ひとしきりうさぎを愛でた後に理子へ預け、部室の隅に置かれたゲージを掃除し始めた。


「わ~! やっと触れた! ふわふわ~!!」


 理子が黄色い声をあげる。


「このうさぎ、誰が連れてきたの」


 うさぎを遠巻きに眺めながら、白が樹里に問うた。


「ウチだよ」


 樹里は手を止めずに答える。


「ボラ部は基本、ホームページとメール窓口で依頼募集して活動してんの。あと口コミね。で、その日たまたまメール当番だったウチが、相談読んで秒で河原に行ったカンジ。こんな可愛い子捨てるとかマジありえんくない?」


「相談者は誰だった?」

「匿名相談用のフォームに来てたから分かんない」


 簡単な掃除を終えて立ち上がった樹里は、白を不審そうに見下ろした。


「何、めっちゃ訊くじゃん。何か気になった?」


「……別に」


 そっぽを向く白を尻目に、彩は樹里へ声を掛けた。


「なにか手伝う事とかある?」

「ヘーキだよ。すぐ終わるし、テキトーに座ってて」 

「そうだよ彩。白君もこっちにどうぞ。お茶と珈琲とココア、どれにする?」


 勝手に備品を使ってお茶を入れ始めた圭に、樹里が深くため息を吐く。そのまま短く「白湯」と返し、ゲージの整頓を再開した。


「じゃあ、珈琲で」

「……ココア」

「わたしもココア〜」


 彩と白と理子は、黒板前に据えられたソファに揃って座る。

 白は、うさぎを抱えた理子が隣に座ると、先程同様わずかに硬直した。


「えっと……もしかして、嫌われちゃった……? さっきはほんとにごめんね、もうしないから」


 申し訳無さそうに上目遣いで謝る理子に、白は少し考えてから――――。


 ――――理子の頭をポンポンと撫でた。


「えっ、わわっ!?」


 呆気に取られる彩と樹里、あわあわと両手を彷徨わせる理子に構わず、白は暫く理子の頭を撫で続けた。


「おー、やるね白君」


 圭が器用に口笛を吹く。


「ちょ、アンタ何して……っ!」

「これでおあいこ、って事じゃ、駄目?」


 気色ばんで立ち上がった樹里を遮って、白は無表情のまま理子に問うた。理子は顔を赤くしてこくこくと頷く。


「だっ、駄目じゃないです……」


 言葉と行動が一致しない理子の慌て振りを見て、彩は内心深く頷いた。


(これは仕方ない)


 理子と白の背丈はほぼ同じだ。ソファに詰めて座っているので、顔の距離はより近付く。至近距離で、超小柄とはいえ綺麗な顔の同年男子から頭を撫でられれば、破壊力は凄まじいだろう。


「ウチらの大事な箱入り娘、たぶらかさないで欲しいんですケド〜?」

「全くだよ。さっきと立場が逆じゃないか」


 掃除を終えた樹里と飲み物を持った圭が、ちくちくと嫌味を言いながら向かいのソファへ腰掛けた。


「いや、頭に蜘蛛の巣付いてたから」

「えっ嘘!?」


 理子が慌てて頭に手をやる。


「大丈夫、全部取った」

「ウチの部室の床に落としたってコトじゃん。後でちゃんと掃除してけ?」

「うん」


 素直に頷いて、白は出されたココアを啜った。そのあっさりした反応に拍子抜けしつつも、樹里は「じゃあ」と切り出す。


「理子もウチらも落ち着いたことだし、さっさと本題いっちゃう?」

「ああ、頼む」


 白の返事と全員の首肯を確認し、樹里は背筋を正して話し始めた。



   ◆ ◆ ◆



 白君は知らないと思うケド、ここ一週間くらいで、デンコー生の不登校がちょー増えてるんだよ。三年が多いって話だけど、一・二年にもちょいちょいいる。

 ま、初めに休んだ人が今日で八日連続欠席ってコトらしいから、不登校っつーかサボりってカンジだけど。三年の教室に限れば、もうガラガラみたいなんだよね。明らかオカシイ数の生徒が休んでんの。


 これが秋とか冬ならさ、『三年なら受験に備えて授業ブッチしてるだけじゃね? 自分ン家(じぶんち)か塾で勉強してんでしょ』みたいなコト言えっけど、今めっちゃ夏だし、追い込みの時期はもうちょい先じゃん? うちの高校そこんとこ考慮して結構ハードに授業してくれっし、フツーに考えてそーゆー理由じゃないと思うんだよね〜。


 あ、ごめんごめん。


 これだけだと、ボラ部に何が関係あるん? て話だけど、こっからなんだよ。


 その不登校生徒が、100%ボラ部に出入りしてる(・・・・・・・・・・)、ってのが厄介なの。


 ホラ、一週間前って丁度、ウチの部室にダッチが来たタイミングと被るからさ……あー、ダッチってのはコイツ、このベリキューなうさぎのコトね。

 この子、ダッチって品種なんだって。名前付けるのもなんだから、ボラ部では品種で呼んでるの。ダッチって響き、なんかカワイイしね。


 まあ、つまりね。可愛いダッチがいるおかげで、ボラ部の部室に出入りする生徒がガン増えしたワケ。


 管理棟と部室棟って近いし、ホラ、窓から正門見えるっしょ。人の出入り多いトコに部室がある所為で、みんなダッチ触りたさにフラッと寄ってくの。部活引退してる三年とか文化部とか、そりゃもー遠慮無く触ってくよ。頭使うから癒やされたいんだろーね。


 ま、そーゆーワケで、『ボラ部の部室は呪われてる』ってウワサが立っちゃった。これが最近一番身近で、理子風に言えばホットな? オカルト話ってワケ。


 くだんねーっしょ?


 母数多いんだからトーゼンだろって話なんだケド、まあ、あれよ。『犯罪者のうんたらパーセントはパン食』ってのとおんなじ。

 たまたまタイミングが悪かっただけで、ダッチが来なければ『デンコーは呪われてる』に差し代わってたと思うよ。


 現に、ボラ部からは一人も不登校出てないし。


 因みに、ウワサでは呪いの元が『部室』って限定されてるから、最近は部室の外で活動することが多いんだ。

 ボラ部は去年できたばっかの新しい部活だから、風評被害とか気にする前に実績欲しいんだよね。

 実際、くだんないウワサの所為で依頼ちょっと減ったし。ま、イタズラメールも激減したから結果オーライかも? 的な?



   ◆ ◆ ◆



「――――ただ、ひとつだけヘンっつーか、キモいんだよね」


 樹里は、そう言って人差し指を顎にあてがった。


「ウチの友達にも何人か、不登校になってる子がいるんだよ。全員スゲー真面目で、受験勉強頑張ってるヤツばっか」


「受験? てことは、三年生?」

「あ゛?」


 白の質問に、樹里はじっとりした目で返す。


「何? 年上にダチいちゃ悪い? 友情に年齢とか関係なくない?」

「悪くない。気になっただけ、続けて」


 腑に落ちない顔のまま、樹里は続きを口にした。


「……皆、こんな時期に学校サボるようなタチじゃない。お見舞いに行っても会わせてもらえなかったり、会えてもぼーっとしたカンジで一言も喋ってくれなかったりさ。

 絶対何かヘン。

 ただの病欠とかサボりとか、そういう感じじゃない」


 ウチには何もわかんないけど、と締めくくり、樹里はぬるくなった白湯を飲んだ。


「被害者に会ったのか……他に何か、気付いた事は無かった?」


 畳まれたはずの話を続けようとする白に、全員が胡乱な目を向ける。


「言ったじゃん。ウチには何も分かんないって」


 引き気味の樹里に対し、白は小さく身を乗り出した。 


「どんな些細なことでも良い」

「聞いてどーすんの?」


「解決する。この異変を、可能な限り早く」


 断言した白に、樹里と理子は目をみはり、圭はぽかんと口を開けた。


 彩は、嫌な予感がしてソファから腰を浮かす。


 白の左手が、スラックスの尻ポケットに伸びた。そこに何が入っているかは、想像に難くない。


 警察手帳だ。


「何故なら、おれは――――」

「そう! 白君はね!」


 咄嗟に白の左手首を掴む。

 突然立ち上がって白に覆い被さった上、大声を上げた彩を、白を含むその場の全員が呆気に取られて見上げていた。


(どうしよ、何て言おう――――!)


 彩は、後先考えずに動いた自分を呪いながら、思いつく限り一番無難そうな言葉を口にした。


「白君は、霊感少年だから!」

「は?」


 何言ってんだこいつ、と言いたげな白の視線から顔を背け、彩は誤魔化すように続けた。


「白君、実はすっごい霊感があって、色んなところの霊を自己流で祓ってる霊感少年なんだよ。前の廃ビルでも、あそこに憑いてた霊を祓ってるところにばったり出くわしちゃって」


 嘘は言っていない。

 理子の目が輝き出し、圭と樹里の表情は白けた目付きに変わっていく。


「だから実は白君すっごく忙しいんだって! この後も用事があるんだよね?」


「えっ」


 口元は笑顔で、しかし目元は半ば睨むような形相で、白に返事を振る。


「いや……」

「ね??」

「……うん」


 渋々頷いた白に内心でガッツポーズを取りながら、彩は白の手首を掴んだまま立ちあがった。白も引きずられるようにして立たされる。


「興味深い話をありがとう! それじゃ、私達はこれで。珈琲ごちそうさま!」

「ごっ、ごちそうさま。また話聞かせて」


 白と自分の荷物を抱え、白本体の手を引く彩が慌ただしく立ち去った後の部室に、奇妙な静寂が訪れる。


 樹里と圭は顔を見合わせた。


「あれだね」

「ああ、あれだ」


 お互いの声に『二人の内緒ってやつだ』という含みを見出し、苦笑する。


 完全に甘酸っぱい勘違いをしている二人に「誤解だ」と弁明すべき人物は、双方とも既にこの場を去ってしまった。


「えっ、何あれ何あれ! 彩ったら何で隠してたんだろう、そんな面白そうな事! 私も混ざりたい!」


 無邪気にはしゃぐ理子の肩にそっと手を添え、樹里と圭は一様に首を振った。


「「関わらないほうがいい」」


 

 樹里から『ボラ部 部室の呪い』について聞いた白と彩。いよいよ捜査が動き……出したいところですが、白君の爆弾発言(未遂)に水を差されてしまいました。


 次回は、彩にとってのご褒美回です。


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― 新着の感想 ―
[一言] 理子ちゃん、さてはかなり天然さんだね??
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