田共高校の幽霊生徒 ③
意外な事に、白は全ての授業に一応参加していた。
一応。
「……」
昼食後の4限目、数学。教師が朗々と公式の説明を行い、多くのクラスメイトが睡魔と戦いながらノートを取る中、白は前触れなく立ち上がった。
引かれた椅子からは一切音がせず、白の起立に気付いたのは、席の近い生徒と数学教師だけだった。
「えっと……銀滝君、どうしましたか?」
動揺が滲む教師の呼びかけに返事もせず、そのまま教室を出ていく。不気味なほどに無音で教室のドアが閉まり、教室が沈黙に包まれる。
「センセ、大丈夫ですよ」
シャーペンを器用に回しながら、毅が呆れた声で教師に告げた。
「アイツ、他の授業もこんな感じなんで」
数人の生徒が深く頷き、数人の生徒が「またか」という顔をした。他多くの生徒は我関せずで、教科書をめくったりノートに落書きしたりしている。
「……そうですか。じゃあ、気を取り直して」
再び公式を説明し始めた教師をぼうっと眺め、彩はノートに意味もなく線を引いた。
◆ ◆ ◆
「結局、ほとんど教室にいなかったね」
放課後。
彩と理子は、白の机を囲んで座っていた。更に駄目押しするように、背後には毅と樹里、白の隣の席には圭が陣取っている。
「なんで?」
「……教え方があんなものなら、授業なんか聞かなくても分かるし」
白は、口をへの字に曲げてぷいっとそっぽを向く。
「それより!」
樹里が身を乗り出し、白を睨みつける。
「アンタ、あやっちの何なん?」
「ちょっと樹里……」
「知り合いだよ」
凄む樹里に臆する事なく、不貞腐れた顔のまま白は平然と言った。
「前に廃墟で肝試ししてただろ、アンタら。その時たまたま会って、少し喋ったんだ」
それだけだよ、と続ける白に被せるように、今度は理子が身を乗り出した。
「白君もオカルト好きなの!?」
大きな瞳を期待に輝かせている理子に、白はたじろいで視線を泳がせた。
なんとかしてくれ、と言いたげな白に、彩は首を横に降って応える。
(その子はそうなったら何してもムダだよ、白君)
「あー……えーーっと……まあ、うん」
「やっぱり〜〜!!」
半ば言わせたような答えに満足した様子で、理子が白の手を取った。
「っ!!」
白が分かりやすく硬直する。
「あっ、ごめんね。つい」
「……別に」
理子は、ぱっと離した両手を胸の前で合わせる。謝りつつもオカルト仲間を見付けた喜びは抑えきれないようで、てれんと垂れた目尻が戻っていない。
彩は思わず白を凝視してしまった。
「何、何か付いてる?」
「あっ、ううん、別に」
適当に誤魔化す。
「も〜! 理子可愛いんだから、あんまり気軽に男子の手とか握っちゃ駄目っしょ〜?」
「? よくわかんないけどわかった!」
「いや、仕方ないよ白君。急にあんな事されたら照れてしまうよね」
「何だよ圭、お前実は理子のこと好きだったのか?」
「理子も好きだよ、僕はフェミニストだからね」
頭上でわいわいと交わされる会話に、白は無反応で俯いている。
(――――あれは、照れるっていうか)
彩が一瞬見た表情。頬は青ざめ、脂汗が伝い、唇は小さくわなないて、見開かれた目は頼りなさげに揺れていた。
(――――怯え?)
「それより、オカルトだよオカルト!」
手を打ち合わせて朗らかに言い放った理子の言葉で、白が顔を上げる。先程の様子が嘘のように、その表情は至ってフラットだった。
「丁度いま、ホットなのがあるんだよね。ねっ、樹里」
彩に名指しされた樹里は、あからさまに嫌な顔をした。
「あれは、外部の奴らが色々言ってるだけっしょ。ボラ部的にはマジでタブーってゆーか、正直気分良くないんだよね」
「ボラ部?」
首を傾げた白に、樹里は「ボランティア部」と素っ気無く答えた。
「樹里、この見た目でボランティア部なんだぜ? ギャップやばくて可愛くね?」
爽やかに言い放つ彼氏を横目に、やれやれと首を振って樹里は続けた。
「あんま喋りたい話でもないけど、人に勝手言われるのも腹立つし、ウチから喋るわ」
「ごめんタンマ」
腰を据えて喋ろうとした樹里を申し訳なさそうに遮ったのは、先程まで自慢げに樹里を褒めそやしていた毅だった。
「俺、そろそろサッカー部の練習始まるから行かねーと」
「そっか。頑張ってこい」
「おう! そんじゃな!」
彼女からのぶっきらぼうなエールに笑顔で応え、毅は教室を出て行った。
「帰宅部の理子は良いとして、彩と樹里は時間大丈夫?」
圭が親指で時計を示した。16時10分。決まりはないが、大抵の部活は20分から始まる。
「私はもう休むって連絡入れてる」
彩は即答する。
彩の所属する陸上部の部訓は『自己管理』である。逆に言えば、部員は自己責任の範囲内で自由に活動できるのだ。彩は昼休みの時点で、今日の放課後を白との情報収集に使うと決めていた。
「そういう圭はどうなの? 囲碁将棋部、今日はある日でしょう。 行かないの?」
「こんなに面白そうな話と天秤に掛けたら、行ってる場合じゃないよね」
気障ったらしくウインクした圭に、彩は苦笑する。
「じゃあ、せっかくだし、みんなでボラ部のうさちゃん触りに行かない? 詳しい話は部室借りてしようよ!」
「なんで理子が決めてんの? ったく、しょうがないなぁ。他三人、ソレでいい?」
脳天気な理子に呆れながら問いかけた樹里に、全員がこくりと頷いた。
今週は短めです。すみません。
律儀なのか不良なのか、我が道を行く白でした。
次回は、ボラ部の部室に舞台が移ります。