学校へ行こう! ③
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毎週土曜日投稿予定です!
ゲームが待機画面で固まる。次へ進むか問う選択肢のボタンが明滅し、画面端のカウントダウンが1秒ずつ減っていく。白はレバーから手を離し、液晶の中、アイサが操る醜いキャラクターを睨み付けた。
「……喧嘩売ってんの」
「最初からそのつもりだよ、このゲームは俗に言う『喧嘩』がモチーフだろう?」
わざとらしくとぼけたアイサの発言を、白は黙殺する。
「そこまでして学校に行って、何の得があるの」
「損か得かは、行ってみなければ分からないだろう。『得が無いから学校なんて行かなくて良い』と判断できるのは、学校に行ったことがある者だけだ。君はまだスタートラインにすら立っていない。
皆が行っているから取り敢えず行く、でいいんだよ。最初はね」
アイサの声はあくまでもフラットだ。対して、白は抗議する様に声を荒げる。
「おれは、あんたが言う『皆』とは違うだろ」
「違うね」
「だったら!」
「私も違う」
勢いに任せて腰を浮かせた白の目が見開かれる。気まずそうに腰掛け直し、うなだれて閉口した白に、アイサは淡々と語りかける。
「言ってしまえば、佳澄も和音も忠勝も優貴も、皆が皆と違うのさ。違う個性の集まりを『皆』と言うんだ。違って当たり前だろう」
「……屁理屈だ」
「理屈は総じて屁理屈さ。捉え方に問題があるんだよ――――いやぁ、しかし、参ったなぁ? 私の理屈は屁理屈かぁー。どうやら……なぁ? 銀滝隊員のお眼鏡には、適わなかったらしいなぁ?」
アイサの口調が一変する。茶化す様な悪戯っぽい声に、白は顔を上げた。
「……何が言いたい?」
「気に入らないなら、己の力で黙らせろ」
返答は冷たく鋭い。分かるな? という含みを持たせた台詞に促され、白は再びゲーム機のレバーを握る。
「3ラウンド目で君が勝てたら、先程の話は撤回してあげよう」
「――――勝てると、思ってんの?」
「もちろん。最初からそのつもりだよ」
カタン、と白がレバーを倒し、待機画面が解除された。
――――Ready. Fight!
「っ!?」
被弾。
白が理解するより速く、アイサの攻撃が白のHPを削る。戸惑いつつも、追撃を避ける為に動線をブレさせながら距離を詰める。その間も絶え間なく遠距離攻撃が放たれ続け、白の進路を塞ぐ。動きづらさに歯噛みしながら、白は細かなコマンドを組み合わせて回避し続けた。
(くそっ、後手後手だ)
白のキャラは近接特攻を得意とする。近付かなければ1ダメージ入れることすら叶わない。アイサの弾幕は、白の攻撃を完全に封じ込めていた。
「どうした、いつまで籠の鳥をしている?」
「自分で、閉じ込めといて、よく言う……っ!」
回避に必死の白を嘲笑う様に、時間だけが過ぎていく。
(こんな無尽蔵に打ち続けられるキャラだったか……?)
アイサの使うキャラクターが忌み嫌われる一因として、リロードの遅さがあったはずだ。普通攻撃で五秒、必殺技は十秒ものチャージタイムが必要であり、発砲・着弾のタイムラグやキャラ自体ののろまさとあいまって使い物にならない。
唯一使えそうな広範囲高ダメージの必殺技を出す頃には、ハメ技を決められて身動きが取れなくなるか、やられているのがオチ――――。
(あ)
「十秒、だ」
楽しげなアイサの声と共に、必殺技のエフェクトが画面一杯に炸裂する。
白のHPは、一気にゼロまで降下した。ゴングの効果音が高らかに鳴り響く。かつかつと近付いてきたヒールの音に顔を上げると、自慢げに口端を吊り上げたアイサが白を見下ろしていた。
「勝ったぞ、白」
「……見りゃわかるよ」
「そう可愛い顔をしてくれるなよ」
アイサは、ぶすくれた白の頬を両手で挟んでこね回す。胡乱な目つきでされるがままの白は、顔をサンドされたまま問うた。
「どうやったの、今の」
「最初の2ラウンド中に、いくつかバグ技を見つけたのさ」
「へえ。……はぁ!?」
バグ技。盲点だった。発売一年で絶版しているタイトルだ、プレイ人口も非常に少ない。見つかっていないバグの一つや二つ、あっても全然おかしくない。
おかしくないけれども!
「何それ、ズルじゃん!」
「ずるいもんか、バグ発見の功績も込みで、勝ちは勝ちだ。
何なら、キャラを交代してもう一戦しようか?」
「……いや、いい。ちなみにだけど、アンタこのゲーム触るの何回目?」
「一回目」
「だよなぁ……」
白は力無く筐体にもたれかかる。相手はたった2ラウンド、それも白のハメ技で身動きすら取れない中、バグを見つけて使いこなす化け物だ。一番使い慣れたキャラで負けた白がどう足掻いたところで、今すぐ勝つなんて土台無理だった。
「いつか絶対負かす……」
「いつでも受けて立つよ、任務が終わったらね」
「わかった。約束だからな」
白は椅子から身軽に飛び降り、さっさと歩き出した。ゲームセンターを出て、うだるような暑さの中、事務所への道を辿る。
「任務の前払いとして、昼食でも奢ってやろうか?」
「コンビニのパウチゼリーでいい。あとアイス」
「君なぁ。そんなだから大きくなれないんだよ」
「うっせー」
歩幅を合わせつつ、アイサは白の後ろをゆっくり付いていく。
「そういえば」
歩みを止めないまま、白が首だけで振り向いた。
「任務の準備とか、どうすんの」
「君の部屋の段ボールに全部入っているだろう、優貴が用意した勉強道具その他もろもろが」
「いや、おれ、自分のクラスとか授業の進行度とか、なんにも知らないし」
「そこも優貴がどうにかする、心配しなくて良い」
ふうん、と正面を向きかけた白に、背後からとんでもない言葉が飛んできた。
「安心して、明日からの任務に励めば良いさ」
白の足が止まる。
「……なんて?」
「だから、安心しろと」
「その後」
「任務に励めと」
「その前!」
少しの沈黙。雑踏がやけに煩い。
「……明日から?」
白は目を閉じ、うんざりと天を仰いだ。瞼越しでも夏の日差しを感じる。暑い。
「聞き間違いじゃ無いんだ……」
「言い間違いでも無いよ。正真正銘『明日』だ。急務なんでね」
「信じらんねぇ、公的機関のスケジューリングじゃねぇだろ」
「何を言っても任務内容は変わらない。いいね?」
「……わかったよ」
初めて学校に行く。
白の心に重くのしかかっていたインシデントは、心の準備をする暇も無く、すぐそこまで迫っているのだった。
――――学校に行くことが決まってしまった白。田共高校で待っているモノとは?