学校へ行こう! ②
ビルの合間から差し込む日差しが、梅雨特有の湿気を帯びて人々の肌を焼く。
むせ返る様な暑さと息苦しさがピークを迎える午後二時、アイサは都会の熱波と雑踏を掻き分けて進んでいく。
チェーン展開されているカレー屋のそばを通り過ぎ、十字路を左に曲がる。テナントビルの一階、コンビニのゴミ箱がゴミで溢れかえっているのを尻目に、更に奥の路地へ入る。階段を降り、電車の通過音がごうごうと響く高架下の小径を辿って、アイサはようやく足を止めた。
小径の突き当たりには、寂れたゲームセンターがひっそりと佇んでいた。
古びた壁面にはところどころに汚れが目立ち、入り口の引き戸は開閉できるか心配になるほど錆び付いている。
特徴的なのは、昭和感漂う看板だ。鮮やかな三原色のネオンに彩られた『ゲームセンター フラワー』のフォント――――見る者が見れば、タイムスリップしたかの様な懐かしさと哀愁を感じるだろう。
見た目に反して油が差された引き戸をカラカラと開き、アイサはゲームセンターへ立ち入った。煙草の匂いが鼻腔をくすぐる。
入り口のカウンターから、競馬新聞を開いた厳しい顔の店主が、アイサに軽く目配せした。それに小さく会釈を返し、奥へ歩を進める。
薄暗い店内は、昔懐かしいゲーム機で埋め尽くされていた。二十年以上前に発売されたシューティングゲーム、アームがガムテープで固定された初期型のUFOキャッチャー、年季の入ったホッケー台。奥には、向かい合ってずらりと並んだ二列のアーケードゲーム。
マニアであれば垂涎モノのゲーム機たちには目もくれず、アイサはアーケードゲームの列を足早にすり抜ける。人気の無い店内に、チープなゲーム音とヒールの音だけが響いていた。
奥から二番目に置かれた格闘ゲームの前で足を止め、色あせた赤い合皮の椅子へ腰掛ける。
人気がなさ過ぎて一年で絶版になったレアものだ。コイン投入口の上には、『1回100円』とマジックで書かれたガムテープが貼られていた。アイサはポケットから取り出した百円玉を投入し、レバーを手早く操作して二人対戦モードを選択した。
「さて、と――――店内対戦を希望しよう」
筺体越しに宣言したアイサに、白は苦々しい顔で応えた。
「……なんでいんの」
「たまたま通りかかったのさ」
「嘘つけ、妖怪め」
白は、うんざりとした声色を隠しもしない。
「おれ、今日は有休取ってんだけど? ほっといてくんない?」
「コンピューターとの対戦にも飽きた頃じゃ無いか?」
「……やっぱり、たまたまなんて嘘じゃんか。探されなくても、夕方には戻ったのに」
アイサと同種のゲーム機を前にした白は、諦めた様に対戦モードを選択した。
白は、慣れた手つきでキャラクター選択を済ませる。普段から使い込んでいる、銀髪の少年のキャラクター。パワーは無いが身軽で、技の種類も多い。見た目や戦闘スタイルへの親近感から使い始めたが、慣れればかなり使い勝手が良く、白のお気に入りである。
一方、アイサは楽しげにキャラクターを吟味していた。リズミカルにカタカタとレバーを動かし、一通りキャラクターを見終わると、一番図体の大きい化け物じみた外観のキャラクターを選択する。
(お、珍しい)
白は内心で呟いた。アイサが選んだのは、ゲーム内で唯一遠距離攻撃が可能だが、そのノロマさと見た目の気色悪さから倦厭されているキャラクターである。コアなマニアでも持て余して使わない。
アイサは、このキャラクターをどう使うのか。白の好奇心が微かに頭をもたげた。
――――Ready. Fight!
古臭いBGMと共に、白は速攻を仕掛けた。まずは定石に則り、小ワザのコンボを決めて上空に打ち上げ、すかさずコンボを繋いで打ち上げ、を繰り返す。アイサのキャラは為す術無く、みるみるうちにHPゲージが削れていく。
「係長に頼まれた?」
「いや、別に? 優貴と何かあったのかな?」
「白々しいな」
「本当に知らないよ。家族喧嘩は長引くと常態化する。はやく仲直りすることをオススメするね」
「ほっとけ。そのつもりだよ」
アイサはガチャガチャとレバーを操作しているが、連打でハメられてしまっているキャラには反映されない。
1ラウンド目は、あっさりと白が勝利した。
「私の知らない家族喧嘩は置いておいて、だ。私は別件で君を探していたのさ」
――――Ready. Fight!
「別件?」
2ラウンド目では、アイサが先手を打った。遠距離攻撃を二発撃つも、明後日の方向へ着弾する。白は素早く距離を詰めるが、あの大きな図体をどうやって操作したのか、アイサは白の初撃を躱した。
「任務だ」
すかさず入れた二撃目は難なくヒットし、先程同様、連撃と打ち上げで体力を奪う。
「田共付属高校の一年生の間で、妙な噂が横行している」
白の手が一瞬止まる。
アイサはその隙を見て、攻撃の照準を合わせ射出する。しかし、着弾する前に白が身を翻してトドメの一発を入れた。
「詳細は不明だ。現状『幽霊生徒』というキーワードしか判明していない。元々、教育機関は閉鎖的な場所だ。情報収集できる人材は限られる」
「……おれより、天然の方が向いてんじゃないの? 人当たり的に、学生との馴染みも良いでしょ」
「何を言う。君以外に適任がいるものか。いるなら私に教えてみなさい、銀滝隊員。
現役の田共付属生を差し置いて、誰が捜査するというんだね?」
――――白、実は高校生でした。アイサとのゲーム対決の行方は如何に!?