表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
エボルブルスの瞳―特殊事案対策課特命係傀異譚―  作者: 揺井かごめ くろ飛行機
11/73

学校へ行こう! ①

話のくくりとしては、第4幕目になります。





「えっ、誰あれ」

「ウチの制服じゃなくない?」

「知らないけど、今朝来たら座ってて……」


 ひそひそ。

 くすくす。


「何、あの髪の色……脱色……?」

「ちっちゃ〜い! ちょっと可愛くない?」

「誰か声掛けろよ」


 ざわざわ。


 [1-2]のプレートが掲げられた教室の片隅、窓際の最後列。

 遠巻きに噂話を囁く生徒達の中心に、ひとりの少年の姿があった。


(うるっっっさい)


 少年────銀滝白ぎんたきしらずは、窓の外を眺めて必死に知らんぷりを決め込んでいた。


 スカッとした青空に、遠く蝉しぐれが聞こえる。蝉もうるさいが、この教室に渦巻く囁き声よりはよほどマシだった。


(見世物じゃないんだよこっちは……全く、学校なんてロクなもんじゃない……!)


 じろじろと不躾に見られているのを肌で感じながら、白はこっそりと溜息を吐いた。


   ◆ ◆ ◆


 遡ること――――と言うほどでもない、つい昨日の話である。

朝八時。白は、普段通り馬崎の自家用車で出勤していた。住宅街を抜けビル群に分け入り、やっと事務所が見えてきた頃、助手席でゲーム●ーイを弄っている白に運転席から声が掛かった。


「白君」

「なに、ユーキ」


 完全にオフモードでくつろいでいる白に、馬崎は少し躊躇いながら言った。


「――――この前も話しましたが、そろそろ学校に」

「行かない」


 白は、ゲームの手を止めずに素っ気なく返す。


「何回その話されても、おれ、これ以外のこと言わないよ。これ以上喋って意味ある?」


 馬崎は困った様に笑った。


「そうはいっても、僕は一応君の保護者なんです。これ以上、若い君の有限な時間を、無為に遊ばせておくわけにはいかない」

「いや、仕事してるじゃん」


 今はゲームしてるけど、と自嘲気味に呟き、白は続ける。


「どっかのサボり常習犯と違って、おれは(・・・)勤務時間中にゲーム弄ったこと一回も無いからね。勉強もしてるしさ」


 戦闘要員の白は、平常時の仕事が少ない。お茶汲みや資料整理、掃除の様な雑務は一通り白が担当しているが、それでも大抵時間が余る。白はその余暇を、基本的に全て勉強にあてているのだ。

 白は勉強が嫌いでは無い。特段好きでもないが、ゲーム脳が平常運転の白にとって、勉強は手応えのあるデイリーミッションだった。時折アイサが「今日の銀滝隊員の仕事はこれだ」と抜き打ちテストをどっさり渡してくるので、おちおち気も抜けない。アイサのテストで点を取りこぼすのは何となく癪だったので、現状白の学力は右肩上がりである。


「学校って、勉強しに行くところだろ。基本は皆に教えて貰ったし、そこさえ分かれば後は応用でいける。やってる感じ、これからも一人で出来そうだよ。なんかあったら自分で言うし、市販の教材で十分。ご心配なく、保護者サマ」

「……実のところ、勉強の心配はしていませんよ。白君は優秀だ」


 今年頭の時点で、白の学力は小学校卒業程度だった。今、白のデスクに並べられている教材は、中学校三年程度のものだ。一般的な子供とは、集中力・記憶力・理解力どれを取っても桁違いである。


「じゃあ尚更いらないじゃん、学校とか。何教わるっての?」

「僕達では教えてあげられないことですよ」


 馬崎の言葉に、白は小さく首を傾げた。


「そんなことある? 大人四人……いや、あの天然は確かにちょっとアレだけど……でもさ、特命係のみんながいれば、おれが『わかんなくて困る』ことなんて無くない?」

「随分『みんな』を信頼してくれているようで嬉しいですね」

「なっ……!」


 白の顔が一瞬で赤く染まった。ゲーム●ーイから気の抜けた負けボイスが流れる。


「ユーキが変なこと言うからミスっちゃったじゃん!」

「照れちゃって」

「ない! そんなことは!」


 白は手早くゲーム●ーイの電源を落とし、乱暴な手つきでバッグに突っ込んだ。二人の乗った普通車は、事務所の隣に建つ立体駐車場へ入っていく。


「あるんですよ」

「だからないって!」

「あるんです。僕達に教えられないこと」


 ムキになって言い返す白へ、馬崎は静かにそう言った。白は溜息をついて、乗り出した身体を助手席のシートに沈めた。


「……わかんないよ」

「わかってるでしょう、本当は」


 通勤の車で混み合っている駐車場をのろのろと進みながら、馬崎は淡々と続ける。


「同世代の子供達と集団生活を送る、という、ごく普通の体験です。この職場では永遠に得られない」

「……無理に得る必要があるとは、思えないけど」


 俯いたまま、白は力無く言う。


「これからの長い人生で、たった三年ですよ。我慢できませんか」

「我慢、とかじゃなくて……」


 白と同じ年齢の人間が、無作為に集められた場所。教育というレールが敷かれて、皆でその上を歩いている。

そういう、『ごく普通』の人達の為の場所。


(最初からレールの外側にいるおれが、今後の人生、そういう『普通』を必要とする場面が想像出来ない。

 ……それに)


 歯切れの悪くなった白に、馬崎は、優しい声音でそっと問うた。


「……怖い、ですか?」


 白の顔が歪む。


「怖いよ」


 ぽつりと零れたのは、今にも泣き出しそうな声だった。


「おれはもう、一度だってあんなの見たくないんだ。ねえ、知ってるでしょ、係長(・・)


 絞り出すように、白は言った。


「……おれは、人間じゃ無い」

「……」


 馬崎は、返す言葉が見つからず、黙って車を止めた。そのまま、白の背中をごしごしとさする。


「……ちょっと、痛いよ係長。力加減どうにかなんないの」


 白はその手を払いのけ、いつも通りの調子で皮肉を吐いた。


「今日なんもない日だったよね。有休使う、終業時間までには戻る」


 そう言い捨てて、白はさっさと車を降り、一人で駐車場のエレベーターへ姿を消した。


「……ちょっといじめ過ぎちゃったかな」


 白を見送る馬崎が独りごちていると、助手席の窓からノック音が聞こえた。


 振り向いてぎょっとする。

 満面の笑みを浮かべたアイサが、こちらを覗き込んでいた。慌てて車を降りる。


「おはようございます、アイサさん」

「おはよう優貴、どうやら朝から元気に振られたようだね」

「……どこから聞いてたんですか?」

「何も聞いていないし、全部聞いていたさ」


 相変わらず煙に巻く様なことを言って、アイサは目を細めた。


「白は頭が良い。恐れというのは、頭の良い生き物の特権だ」

「……まあ、僕にも、分からなくはないんですよ」

「『僕も頭の良い生き物なので』、って?」

「違いますよ空気読んでください、そこ張り合いませんから――――白君が怖がっている理由ですよ」


 馬崎は、特命係に関係する情報の管理を任されている。白の過去や、彼の関わった凄惨な事件の資料にも目は通していた。アイサが行ったという事情聴取の内容も、軽く聞きかじっている。

 彼が(・・)彼の友人を(・・・・・)その手で(・・・・)殺していること(・・・・・・・)も。

 当然、知っていた。


「学校に通う子供達は、確実に白君より弱い。彼が万一暴走すれば、あっけなく死ぬ」


 どちらからともなく歩き出す。

エレベーターは使わない。言葉を交わしながら、ゆっくりと階段を降りる。


「その点僕達なら安心だ! スケバン想術師に傀具を知り尽くした元軍人、そして貴女はとびきり胡散臭い」

「私の安心要素、胡散臭い以外になかったのかい? そもそも胡散臭さは安心要素たり得るのかい?」

「結城さんは今のところ非力ですが、貴女が拾ってきた人材だ。その内化けるでしょう。僕はもっと非力で化ける予定もありませんが、彼のメンタルコントロールに長けています」

「ねえ、胡散臭い以外に」

「特命係にいれば、誰かの命を奪うことは無い」

「……」

「困るんですよ、安心して貰っちゃあ」


 馬崎は、明るい声のまま突き放すように言った。


「彼は、誰かに止めて貰わなくても、自分で自分を止められる様にならなければいけない。それが普通にならなければいけない。でないと」

「回りに強者がいないとき、自分の力に怯え続ける羽目になるね」

「そういうことです」

「ついでに私は胡散臭い以外に」

「特にないです」

「それは残念」


 アイサはしつこい言及をあっさりと引き上げ、「それにしても」と続けた。


「君らしくないね、優貴。もう七月だぞ? 一学期も後半に差し掛かるというこの時期に、突然『学校へ行け』だなんて。合理主義はどこへ行った?」

「どこへも行ってませんよ。学校に行くよう諭すのはここ最近挨拶みたいになってましたし、本当なら夏休み明けに合わせてせっつく予定だったんですが……偶然『いいもの』が手に入りまして」

「ほう?」


 アイサの目が悪戯っぽく光った。馬崎は苦笑し、ビジネスバッグから一枚の紙を取り出してアイサに渡した。


「これです。昨晩、長官から届いていました」

「私が見て良いものなのかい?」

「元々、事務所に着いたら皆さんに相談するつもりでしたからね。それに、今見なくてもどこかから情報仕入れてくるでしょう、貴女」

「そんなことはないさ、優貴の情報網には敵わないよ」

「思ってないでしょう」

「おもってるおもってる」


 適当に馬崎をあしらいつつ、アイサは紙を一瞥し、丁寧に折り畳んでサマーコートの内ポケットへ仕舞った。


「これは良い土産ができた」


 アイサはそれだけ言って、階段から飛び降りた。軽々と数十段先の地面へ着地する。


「今日は何も無かったな。私は外回りに行く、終業時刻までには戻るよ」


 どこかで聞いた様な言い回しだった。馬崎の頬が引きつる。


「君の『いいもの』、暫く借りるぞ」

「えぇ……コピーですから問題はありませんが、無くさないでくださいよ。僕達が扱っている紙切れは全部重要書類なんですからね。分かってますか?」

「わかってるわかってる」


 からからと笑いながら遠ざかっていく背中に、馬崎はとびきり大きな溜息を吐いた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ