兄さん。
「李玖との連絡先は私が交換するから。」
そこには何やらイラつきながら仁王立ちする雪菜の姿があった。
「私、あなたの魂胆は手に取る様に分かるの。水無瀬さんは、李玖と連絡先を交換して仲良くなって、偽恋人になったらその次は本当の恋人の立場を貰うって。」
雪菜は水無瀬に自信たっぷりに語り掛けるが、水無瀬がそんな事を企むはずがない。
「……………………。」
え、何この水無瀬の沈黙!いや、今までで一、二を争う程の沈黙なんだけど!?
「やっぱりねぇ!尾けてきて正解だったわ!そんな事、させる訳ないじゃないの!」
そう言うと雪菜はズカズカと凄まじい勢いで迫ってくる。そして、雪菜の手が振り上げられたその瞬間。
「私と連絡先を交換して……?」
急にしおらしくなった雪菜がそっとスマホを差し出してくる。いや、ギャルとしおらしさのギャップよ!
「わ、わかった!連絡先ならいくらでも交換するから、付き合うとかそういうのは少し待ってくれないかな……。」
そう言って俺は、連絡先だけ交換してそそくさと昼飯をたいらげ、そそくさと教室へと戻った。
その後、恋人の件の話を二人から聞き、帰り道の事はよく覚えていない……。
恐らくはボーッとしながら歩いていたんだと思う。恋人の件の話が話なだけに……。
ーーーー。
「ってな事があって…………。」
家に帰ってから、俺は妹の花凛から挙動不審な行動のせいで今日の出来事について追求される事になり、今に至る。
「それで、兄さんはお二方にメッセージアプリのLIMEと連絡先を交換した、と。そういう事で宜しいですか?」
ニッコリと微笑む花凛。だが、その笑顔からは黒いオーラの様な殺気を感じる。自分と向かい合いにテーブルに座らされた俺は、何も言えない空気に陥っていた。
「水無瀬さんに、高崎さん。二人と連絡を取ってハーレム気取りですか?何なんですか、陽キャ気取りですか。冴えない陰キャオタクボッチの兄さんが! いいですか?兄さんを理解してあげられるのは私だけなんです!それを私以外の女と連絡を取り合うなんて…………!」
声を荒らげ、散々な事を言われたのだが、何故か花凛のその瞳からは涙が流れていた。
そのまま花凛は、走って自分の部屋に入ってしまった。
その後、暫らく経っても花凛が部屋から出てくる事は無かった。LIMEを通しても未読、電話にも一切出ることは無かった。扉越しに呼び掛けたりもしたが、無反応に終わった。
その日の夜、初めて食卓に姉と俺の二人で遅い晩御飯をとることになった。
「うーーん、それは李玖ちゃんが悪いわねぇ。」
日頃から、天然を世界各地から集めて固めた様な姉も、俺の簡単な話を聞くと、今回はハッキリと俺を非難してきた。 罵倒された俺の身にもなってくれ……。
「そ、そうなのか、やっぱり。」
「そうよ。だって、その子達は多分……何でもないわ。でも、連絡先は交換したとはいえ、どちらかと交際したりとかは考えてはいないんでしょ?」
姉の言うとおり、どちらかと付き合うとかそういう事は言ってない。
「あぁ、特にそういう話はしてはいない。その辺りは当たり障りない様に、誤魔化してかわしてきたからな。」
「誤魔化して来た……ねぇ。李玖ちゃん、せんなんだから花凛ちゃんに怒られちゃうのよ!」
珍しく姉から厳しい一言を浴びせられ、俺はハッとなった。そうだよな……俺が二人に曖昧な返事をして、そのくせ連絡先は交換する。 当たり前だよな……そんな事も分からないなんて……。
「わかった、姉さん!俺、ハッキリさせてくるよ、お付き合いの件!」
「へ?」
「真剣に偽恋人の件、考えるから!」
「え、に、偽?へっ、ちょっ……ちょっと!?李玖ちゃん!?」
そう、俺はあの時二人から解決策を提案されていたのだ。
それは恋人の件。偽恋人、そう、所謂ニセコイというやつだ。
明智やクラスの奴等は、俺が冴えない陰キャブサメンオタクボッチ野郎が、水無瀬や雪菜といった高嶺の花に声を掛けているのが気に食わないのだと。
だったら、そのどちらかとニセコイになり、イチャイチャすればクラスの奴もからかったりしてくる事は無くなる、と。
我ながら情けないが、それしか打開策がない気もするし、乗りかかった船だ。一か八か賭けてみる事にしたのだ。 俺は、部屋に戻るとスマホを手に取り、早速LIMEする。
『今、話いいかな……。』




