まさか。
「……お待たせ致しました。」
水無瀬はゆっくりと襖を開けると、俺と花凛に一礼してくる。どうやら、あの世の母と何かを話していたらしい。
それが何かを聞き出すのも失礼な気がしたので、俺はそのまま聞かずに、母の部屋に入った。
部屋の中は、俺達のたっての希望から、そのままの状態で保管、管理をされている。
ただ、ここに来る度に父親の顔を見なければならない事と、未だに母の面影を残すこの邸宅には、何か要件があった時にのみ立ち寄る事にしている。
非常に勝手な申し付けではあるものの、母が生きていた時からの使用人さんもおり、丁寧に管理をされているのだ。
「母さん、勝手にいなくなったりして、ごめんね。姉さんも、花凛も元気にやってるよ。天国で見てくれているとは思うけど、俺も会社を立ち上げて、軌道に乗ってきている。 今度は姉さんもちゃんと連れてくるから……。」
ーーーーーー。
「お綺麗な方でしたね、お母様。」
水無瀬はゆっくりとそう切り出した。廊下を歩く俺達は、もう日も沈みそうな夕日を見ながら玄関に向かう。
「そうだね……。いつも、自分よりも他人を思いやる素敵な母だった。」
別にマザコンでは無いが、心から尊敬できる人に変わりは無い。
「兄さん……。『あの人』に挨拶はしていかなくてもいいんですか?」
花凛の言う『あの人』とは、勿論父親の事だ。 花凛は父親を毛嫌いしており、何かあるとすぐに俺の後ろに隠れてしまう。
「またいずれ会うだろうから……。それに向こうも望んではいないと思う。」
プライドの塊だった父親。自分が車椅子で生活し、尚且つ痩せ細ったあの身体を見せるのは苦痛だろうから。
「李玖様、お帰りですか?旦那様を……。」
俺達がこっそり帰ろうとしているところを、たまたま使用人さんに見られてしまった。
「待って!そっとしておいてあげて下さい。」
「……………かしこまりました。」
俺は使用人さんにこっそり出ていく旨を伝えると、豪邸を後にした。
ーーーー。
「水無瀬、ごめんね。急に実家に案内したりして……。」
「うぅん。私も李玖君のご家族の事、知れてよかったから……。ありがとう!」
笑顔で微笑むその姿は、沈みゆく夕日を浴び、とても綺麗で……。 でも、陰キャブサメンの俺がこんな気持ちになってはいけないと、必死に心に蓋をする。
「兄さん!帰りますよ!? ニヤニヤしてみっともないです!」
花凛に腕を引っ張られて、引きずられて行く俺はさぞみっともないだろう。
「じゃあ、また。」
俺は花凛に引きずられながら、水無瀬と別れた。
ーーーーーー。
さっきから、どうしたのだろうか。花凛の俺に対する当たりが強い気がするのだが。
「兄さんは、どうしてそう女たらし何ですか!? 人に頼まれたら嫌とは言わずにホイホイ引き受けるし、いつも笑顔だから女の子達からも勘違いされるんですよ!」
一体、いつの話をしてるんだ、花凛は。まぁ、確かに作業ホイホイかも知れないけど、それは2年生までで、三年生になったら殆ど引き受ける様な事は無かった気が……。
「兄さん!」
「は、はい!」
「兄さんは、自分の事をどうお思いですか!?」
え、何いきなり。怖いんですけど……。え、この流れってまさか、俺……これからディスられる!?
「え、どうって……。そりゃ、自他共に認める『陰キャブサメンオタクボッチ野郎』だと思ってるけど…………。」
どうせ妹にディスられるなら、と自分から言ってみたものの……分かってはいるけど結構辛い……。
「ほらやっぱり! 兄さんは自分を卑下し過ぎです!だから女の子に好かれちゃうんですよ!!」
「え?」
俺が女の子に好かれている? 俺は、花凛の言っている事の一ミリも意味が分からなかった。




