父親。
「兄さん、早く帰りますよ!水無瀬さん、あなたもこの神聖な部屋からすぐに出て行って下さい!」
「ま、待て雪菜!この部屋には俺が案内したんだ、なんで水無瀬ばかりを責める!」
この部屋には思い出が沢山ある。だから雪菜は『部外者』として、水無瀬を追い出したいのであろう。
「兄さんは、兄さんは何も解ってない!私との思い出、柚葉お姉ちゃんの思い出……全部全部……無くしちゃう気なの!?」
取り乱したように怒り狂う雪菜は、わあぁぁぁぁっとその場で泣き崩れてしまった。
ーーーー花凛との思い出……柚葉姉さんとの思い出……。
「お嬢様、いかがなさいましたか!?」
使用人達が騒ぎを聞きつけて走ってやってくるが、俺は手でそれを制した。
「下がっていてくれ……。俺たちの問題だ、申し訳無い。」
「か、かしこまりました……失礼致します……。」
ーーーーキィ、キィ……。
使用人達が去って行ってから暫くの後、聞き覚えのある擦れた音が廊下の奥から聞こえてくる。
「に、兄さん……まさか……。」
「あぁ、間違いない……。」
「どうしたんですか、お二方!?な、何か来てるんですか!?」
焦っている俺と花凛の表情を見て、何かを察したのか、水無瀬は俺達の顔を交互に見てくる。 この音は……古くなった車椅子の音だ。
「……親父が来たんだ。まぁ、俺が急にここに来たから、使用人の誰かが呼んだんだろう……。」
こうしている間にも、擦れた車椅子の音はどんどん近付いてくる。
「お父様でしたら、私、お会いしたいです。」
「冗談じゃない……。あんな父親と会うなんて二度とゴメンだ。 今日は、俺の過去を知ってもらう為にこの部屋に来ただけなんだ。」
水無瀬の言葉に、俺が声を掛けた瞬間だった。唐突にその時は現れた。
「だったら、私の話を聞いた方が、李玖の過去を知れるんじゃないのか?」
俺達の背後から男の声がする。そうだ、この声……アイツの、親父の声だ……。
「久しぶりだな、李玖。元気にしていたか、お前達…………ん?そちらの方はどなたかな?」
使い込まれ、随分古くなった車椅子に座った男は水無瀬を指差す。この男は、俺と花凛、そして柚葉姉さんの父親、「城ヶ崎紫音」だ。
白髪交じりの髪の毛をリーゼントヘアースタイルにしており、色の濃いサングラスを掛けている。真夏にも関わらず、茶色のローブを羽織っており、膝には豪華なペルシャブランケットを掛けている。
「こ、こちらの女性は……水無瀬歩乃華さんです。私が部屋に案内致しました……。勝手に入ってしまい、申し訳ありませんでした……。」
俺が父親に挨拶するときはいつもこんな感じで、緊張して敬語になってしまう。だが、久しぶりに会う父親からは昔の様な覇気は無くなっており、とてもやつれてみえた。
「いいんだ、気にするな。それよりもよく来てくれたな。歓迎する。」
余りにも変わり果てた父親の姿に俺と花凛は顔を見合わせ、拍子抜けする。車椅子なのは随分昔からだが、こんなにやつれて、物静かな父親は今まで生きてきた中で初めて見た。
「どうだ、学校生活は。二人共、しっかりやってるか?」
「何ですか、今更父親ぶるつもりですか……。」
父親の言葉に、花凛は俺の後ろに隠れながらも反抗的な態度を取っている。
「そうだな……今更だな、今更だ……。取り敢えず、ゆっくりして行ってくれて構わない。では、私は失礼するよ。」
そう言って、父親は古くなった車椅子を押しながら、ゆっくりと去って行った。




