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塔を砕く魔王と、輪を繋ぐ龍。  作者: 十輪 かむ
魔、氣、さんざめく
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九の話

川は音を立てて流れながらもどこか穏やかであった。ジン大陸四大大河の一つ、コト川。シヨウ山地を北へ下り、アマツ平野に入ると東へ進路を変え海に流れ込む川である。


 ウダツはそのコト川沿いの町であった。ゴウとヒナノとマサクニは、道標にとその川沿いをひたすら走っていた。


 しばらく行くと、ウダツの町並みと共に藍色の筋が何本も川の中を揺らめいているのが見えた。


 あれは藍染の反物で、ああやって染物に使う糊を綺麗な川の水で洗い流しているのだ。マサクニは自慢気に聞きかじったであろう知識をゴウとヒナノに披露した。


興味のなさそうに聞き流す二人に、マサクニは若干ばつの悪そうな表情を浮かべると、では町中へ向かおうと提案した。その時だった。


 先方の川沿いに、轟音と共に砂柱が立ち昇ったのである。それはすぐさま倒壊し見えなくなったが、周囲の者の注意を引き、揺るがせるには充分だった。


「な、なにあれ? 砂? あれも染物と関係あるの?」


 ヒナノは自分でも間の抜けたことを口走っていると思った。


「いやぁ、違うと思うけどな・・・・」


 マサクニは呆けた顔をしていた。ゴウは耳に入った様子もなく、その砂柱が立った方へと走って行った。


「ちょ、待ってよ、ゴウ!」


 ヒナノはゴウのあとを追った。昔はもっとおとなしくて自分のあとをついてくるような奴だったのに、いつから先を走るようになったのだろう? 


 ヒナノは胸の奥がぞわぞわするのを感じた。あんな砂柱が立ったんだ。何かある。この感覚はそこから来るのかもしれない。


 だが、ヒナノはもう一つの原因も考えてしまっていた。ゴウがどんどん別の人間になっていくようだ。そんな想いも胸をぞわぞわさせるのだ。


 砂柱が立った元へ近付くとまず大きな男の姿が目を引いた。


男? 牛? いや、獣人だ。ジン大陸の各地に、このシヨウ山地のどこかにもひっそりと隠れ住む獣人の集落があると、クレハ婆が教えてくれたことがある。


 ヒナノも一度森の中で見たことがある。それは確か鹿の獣人だった。牛の獣人を目にするのは初めてだった。


 その獣人の男のすぐ隣に緋色の髪で派手な格好をした女が一人と、その前に草色の着物の上に毛皮を纏っている人相の悪い男が二人立っていた。


 小柄な男と大柄な男だ。その男二人は力なくうなだれた様子だった。


 この者達に何があったか分からないが、うなだれている男二人の出立は、どう見てもシメグリの一族のものであった。


「あれは、テンとユウ!」


 あとから走って来たマサクニが言った。あれがテンユウ兄弟か。ヒナノが思い描いた通りの顔をしている。


 マサクニの声がことの外大きかったのか、その四人は一斉にこちらに目を向けた。その視線から、その場にいる者達が皆只者ではないと、ヒナノにも分かった。


 特に派手な女と牛の獣人だ。刹那でこちらの全てを見透かされたような、何か底知れないものを感じる。


その一瞬の圧力にヒナノとマサクニは脚を止めてしまったが、ゴウは構うことなくその四人の元へ走っていった。


「待つんだ、ゴウ!」


 そんなマサクニの制止など、ゴウの耳に届いていなかった。ゴウは四人の前に立つとそれぞれの顔を見回した。


「なんだ、餓鬼。お前、シメグリじゃねぇか」


 テンユウ兄弟の小柄な方が言った。威圧を込めたのだろうが、どこか空回りしていた。


「へぇ、シメグリの一族ねぇ。みんなその草色の着物なんだね」


 女はゴウを頭からつま先まで視線を這わせた。


 放ってはおけない。ヒナノとマサクニは、ゴウの元へ走り寄った。


「おう、マサクニじゃねぇか」


「や、やあ。テン。ユウも。こ、これはどんな様子なんだい?」


 テンユウ兄弟は顔を見合わせた。


「どんなって、俺達は負けちまったのさ」


 大柄な男が口を開いた。


「負けた? お前らが?」


 マサクニが声を上げた。ヒナノは何の勝負をしたのか口に出しそうになったが、足場の乱れた川原を見れば察することが出来た。


「ああ、ユウが言った通りさ。俺らはこの牛頭法士さんにコテンパンにやられた。丁度いい。お前らが一族へ案内してくれ」


テンはマサクニに向かって銀一枚を投げてよこした。


「これは?」


「手間賃だ。今この牛頭法士の旦那からもらった」


 牛頭法士は緋色の髪の女に視線を投げた。それは短い相談にも見えた。


「シメグリの一族にたどり着けるんなら、アタシはどっちでもいいさ」


「すまんな。頼めるか?」


 ヒナノは思った。野太いが意外と穏やかな声で話す。見た目と違い、その口調からは威圧的なものは感じなかった。


「いや、俺らはその、テンユウ兄弟に用があって来たんだけど・・・・その、状況がイマイチ飲み込めなくて」


「簡単だよ。それ貸して」


 ゴウはマサクニから銀一枚を受け取ると、牛頭に向かってそれを差し出した。


「牛頭法士さん。あんたはこのテンユウ兄弟より強いんだ。この銀一枚で俺達シメグリの一族の用心棒になって欲しい。だけど、これは元々あんたらの金だ。これで請け負ってくれなんて調子いい。だから・・・・」


 ヒナノは悪い予感がした。ゴウの口を塞ごうと手が伸びた。だが、遅かった。


「俺と勝負して」


 ゴウはまっすぐ牛頭法士に向かって言い放った。ヒナノの予感は大当たりだった。


「ちょっと、ゴウ、何言ってんの?」


「悪いことは言わねぇ。俺ら二人がかりでも手も足も出なかったんだ。やめとけ、小僧」


 ゴウの言葉にテンユウ兄弟すら焦っている様子だった。


「ゴウとか言ったか。つまり、俺と勝負してお前が勝ったらその銀一枚、いや、タダで用心棒になれと言いたいのだな?」


 ゴウは深く頷いた。緋色の髪の女は笑い声を漏らした。


「へぇ、こいつは面白いね」


「いや、待ってくれ。金なら、ほら。ここに金の大粒がある。これで頼む」


 マサクニはクレハ婆から預かった金の大粒を懐から取り出した。


 牛頭法士と緋色の髪の女はそれにほんの少し眼をやったが、すぐに興味は失せたようだ。すぐさまゴウに目を戻した。


「ユリ、俺が決めていいか?」


「ああ。いいさ。試したいんだろ? そういう旅だからねぇ」


 緋色の髪の女、ユリは牛頭法士からゆっくりと歩いて離れた。その行動が何を物語っているか、その場の誰もが理解した。


「お、おい。本気かよ。どうなっても知らねぇぞ」


 そう言いながらもテンユウ兄弟もゆっくり距離を取っていった。それにつられるようにマサクニもジリジリと後ずさりをしている。


「ヒナノ。頼む」


ゴウは自分の力を試したいのだ。それは分かっている。


 だが、ヒナノには何故こうまでしてゴウが力を試したいのか理解出来なかった。理解出来ないのに頼むと言われても胸がモヤモヤと気分が悪い。


 しかし、ゴウが遊び半分で力を試したいわけではないことも、ヒナノには分かっている。


「いいよ、ゴウ。思いっきり怪我しといで。ワタシが治してあげるから」


「ありがとう」


 ヒナノは牛頭法士とゴウから小走りで離れた。


「ちょっと、カッコイイこと言い過ぎたな」


 小さな声で呟いた。気恥ずかしい部分もあれば胸がスッとする部分もあった。


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