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塔を砕く魔王と、輪を繋ぐ龍。  作者: 十輪 かむ
魔、氣、さんざめく
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七の話

ユリはその緋色の髪を、細く長い指でたくし上げた。


 何のこともない仕草だ。だが、これに世の馬鹿な男は弱いらしい。安酒場にいる男達の視線はユリに一層強く集まった。


 卓を挟んで向かいに座る二人組もこれに弱いらしい。他の男達と違って下心がだだ漏れではないが、その瞳孔と口元が弛んだのをユリは見逃さなかった。


「で、そのシメグリの一族ってのは、今どこにいるんだい?」


「今の季節だと、ちょうどこの町の近くにいるはずだ」


 二人組のうち小柄な男が答えた。草色の着物にイタチか何かの小動物の毛皮だろう。何匹も継ぎ合わせたものをその上に纏っていた。確か名を、テンと言った。


「何なら、俺達が案内してやってもいいぜ」


 もう一方の大柄な男が言った。同じ草色の着物の上にこちらは熊の毛皮を纏っていた。こちらの名は、ユウだ。


「でも、お高いんだろ?」


「そら高いさ。なんたって俺達はテンユウ兄弟だからな」


 テンがそう言と、兄弟は示し合わせでもしたかのように二人して視線をユリの肌に這わせた。


 思ったより隙の多い奴らだ。ユリはただ力量を推し量った結果として彼らをそう評価した。

 

 筋肉の付き方や身のこなしを見る限りでは、そこそこやる奴らなのだろう。だが、自分のような得体の知れない女の酌を容易に受け、理由を告げてないのにも係わらず道案内をかって出るなど、その内面に隙がある。


 大方、腕っ節に自信がある為、何かあったら力尽くで解決すれば良いなどと考えているのだろう。この種類の男どもに有りがちだ。


「このスケベ野郎め」


 ユリは杯で酒を口に運ぶふりをして口元を隠し、酒場の喧騒にその小さな誹りを紛れ込ませた。


「支払いは、ここじゃ、ねぇ?」


 ユリはしなを作って立ち上がった。着物の襟が肩を滑った。


 テンユウ兄弟の下卑た火照りが空を伝ってくる様だった。嫌悪が込み上げて、吐き出しそうだ。


 だが、食い付いた。



 酒場を出て、兄弟を従えるように表通りを歩く。必然的に人々の視線が絡みつく。

 だが、ここウダツは良い町だ。人は多いが歩を縮めるほどでなく、喧騒はあるが耳を塞ぎたくなるほどではない。適度な活気だ。


 町並みも整っていて道幅も広く、石畳も綺麗に敷き詰められている。


 この町の名産が藍染だからか、反物を大量に買い付ける都の商人のものと思われる荷馬車が多い。


 藍商の大きな屋敷も多く立ち並んでいる。山間の町にしては栄えている。


 だが、栄えた町だからこそ伸びる影も長く、そこに住まう汚い人間も多いものだ。テンユウ兄弟がこの町を根城にしているのも、それに引き寄せされてのことだろう。



 この町に着いてすぐにその筋の者達に絡まれた。

 

 ユリの出立と色香、牛頭法士の異形と威圧。その類の荒事は、日常茶飯事に身に引き寄せていたので、それも日常の延長線上のこととして処理をした。


 むしろ、探しものをしている時にはそう言った連中が重宝するので好都合だった。その筋の、裏の人間達は情報の金脈なのである。


 シメグリの一族のことを尋ねると、テンユウ兄弟の名がすぐに出た。


 シメグリの一族を追放された者達であること。


 この町で一番の腕っ節の用心棒稼業であること。


 女に目がなく、酷く乱暴であること。


 仕事のない時は、昼間から酒場で酔っ払っていること。


 ユリは牛頭法士に言われるまでもなく、二人に接触する役をかって出た。


 牛頭法士が酒場などに出て行き、テンユウ兄弟に詰め寄ればその場で嵐様な破壊を招き、無用な面倒ごとに発展するかも知れない。


 それに、ユリは、女に汚い男をからかい踏みにじることに、喜びを感じる性分なのだ。


「もうここいらで良くないか?」


 テンがユリの肩に手をかけた。


 町外れ、川原だった。周囲は背の高い草も茂り、そこへ身を紛れさせるのも容易だった。


「そうだね。ここがいいねぇ!」


 テンの手を払いのけ、ユリは声を上げた。


すると草むらから黒い大きな塊が飛び立ったように見えた。


 その黒い塊は宙でぐるりと回転すると、テンユウ兄弟とユリの間に降り立った。

 

 地を割る様な地響きと小石と砂を巻き上げたそれは、頭に二本の角を冠する雄牛の獣人、牛頭法士であった。


 咄嗟にテンユウ兄弟が腰の刃物を抜くのが見えた。


 あれがシメグリの一族が好んで使うウメガイという剣鉈か。ユリはそれをどの様に扱うか興味を持った。


「ユリ、嫌な役目を押し付けてすまなかったな。ここからは俺がやる」


 牛頭法士はテンユウ兄弟に体を向けた。二人には大岩のように見えているだろう。ユウと言う男も中々大男だが、牛頭法士と比べるとまるで幼子だ。


「おい、女! てめぇ、騙しやがったな!」


 テンが牛頭法士の向こうから叫んだ。


 「騙してなんかないさ。何を勘違いしたんだい? 支払いはきっちりするさ、この牛頭法士がね」


 ユリは牛頭の陰から半身を出して言った。


「そう言うことだ。交渉といこう。単刀直入にいくらで請け負ってくれるか?」


 牛頭法士はにじり寄った。テンユウ兄弟は刃を構えて後ずさった。とても交渉などする様子には見えない。


「き、金五枚だ」


「ふむ、金五枚か。それは高過ぎるな。銀一枚にまけてもらえないか?」


「ばばばば、馬鹿言うな! 五十分の一にまける馬鹿がどこにいる!」


「お前ら、ユリの肌に触れただろう? 乙女の肌は尊いのだ。それだけで金十枚の価値がある。銀一枚でも、むしろ良心的だと思え」


「テン兄貴。こいつ、交渉なんてするつもりないぜ」


「交渉するつもりのないのは、お前らだろう。刃を光らせて金を要求するのは、ただの盗人だ。俺を見ろ。丸腰だぞ」


 ユリは思わず吹き出した。これではあべこべだ。


「おい、女! なに笑ってやがる! この牛野郎がいるからいい気になりやがって」

 

 テンの精一杯の虚勢にユリはまた吹き出しそうになった。


「いや、あんたらの顔見てるとおかしくってねぇ。そんな顔した奴はさ、こう、ぱあーっと、燃やしてやりたくなるのさ」


 ユリは手の平を天に向けると、拳大の炎の塊をふわりと浮かべて見せた。見る者が見れば、それだけで相当な魔術の使い手だと分かる。


 このテンユウ兄弟も多少は分かるようだ。ユリを見る目に恐れが混じった。


「ユウ、この女も相当ヤバイ。想魔も練魔も、挙動がまるでなかった」


 ユウは短くうなずいた。その太い首の真ん中で喉仏がクイと上下に動いた。


「牛頭法士に任せたのは、アタシが相手するとやり過ぎちまって、あんたらを使い物にならなくさせちまうからさ」


 ユリは歩み出た。だが、牛頭法士は丸太の様な腕をユリとテンユウ兄弟の間に割り込ませた。


「下がっていろ。こいつらには、もう、話す余裕などないようだ」


 テンユウ兄弟からは殺気が立ち昇っていた。


「すまないね。頼んだよ、牛頭法士」


 ユリは言われた通り牛頭法士から距離をとった。


牛頭法士はテンユウ兄弟に向けて両手を突き出し腰幅に脚を広げた。


 徴発しているように見えて、これが牛頭法士にとって歴とした構えなのだそうだ。ユリは以前そう教えてもらった。


「俺もお前らと同じで交渉ごとは苦手でな。来い。お互い、得意な手段でケリをつけよう」


 牛頭法士が言い終わるのが早いか、瞬間、ウメガイが飛んだ。ユウが投げたのだ。


 眉間に突き刺さる寸でで牛頭法士は首を捻り、角でそれを弾いた。

 

 それと一呼吸も間をおかず、ユウは身を低くして牛頭の足元に潜り込んでいた。


「地の型、崩岩(ほうがん)!」


ユウはしゃがんだ状態から脚を伸ばす力を乗せて、肘で牛頭の腹部に当て身を放った。


 牛頭法士はそれを避けることなくその身に受けた。


 そこに鳴り響いたのはおよそ肉体が鳴らす音ではなく、岩石と岩石がぶつかり合うが如く、硬く重い音であった。


「風の型、隼突(しゅんとつ)!」


 牛頭法士の頭上にテンがいた。

 

 ユウの背を蹴り高く跳んだのだ。牛頭法士の脳天にウメガイを突き立てようと鋭く降下する。


 が、次の瞬間ユリが見たのは、空中でユウの背に腹を打ち付けるテンの姿だった。


 牛頭法士が凄まじい勢いでユウの巨体を放り上げたのである。


 テンユウ兄弟は宙でもつれ、そのまま落下し地にその身を打ち付けた。


 牛頭法士は足下に転がる二人を見下ろした。


「中々面白い技だった。もう少し見せてはくれないか?」


 物足りない。牛頭法士は暗にそう言っていた。それが二人の兄弟の感情をかき立てたようだった。


 テンユウ兄弟はゆらりと立ち上がると、深く呼吸をした。二人の体が一回り大きくなったように見えた。


「へぇ、ありゃ・・・・」


 ユリは短く感嘆した。


「ほう、使えるのか、『氣法』が」


「ああ、使えるさ。切り札にとっておこうと思ったんだが、あんたみたいな化け物相手にはそうはいかねぇようだ」


 テンユウ兄弟はなおも深い呼吸を続けた。二人を覆う空気が陽炎のように揺らめき始めた。


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