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塔を砕く魔王と、輪を繋ぐ龍。  作者: 十輪 かむ
見る者達よ
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六十六の話

 オウキョウ南町湊。日は傾きかけていたが、労に勤しむ者達の動きは止まらず、この時間へ来て更に活発さを増した。サラサの国から人夫を乗せた数艇の帆船が到着したのだ。


 船から陸へと、積荷とされている人々が流れる。あちこちで声が上がり、それに従い流れが操られる。船旅の疲れか、将又これから待ち受ける新たなる日々への不安か。街を流れる喧騒を伴った人々とは違い、川から吹く湿った風も相まって鬱々とした空気を纏った流れだった。


 その中に、ヒミとミカヅチはいた。両者とも笠を被って襤褸の外套を纏い、辛うじて人夫達の流れに紛れ込んでいた。


「ここが、オウキョウ」


 ヒミは呟く。隣を行くミカヅチにしか聴こえない声だ。しかし、彼にはその低くしゃがれた声に、歪んだ情念を感じ取っていた。


「お待ちしておりました」


 突如ミカヅチの隣に声が湧いて出だ。チラと目を遣る。と、そこへ破けた笠を目深に被り燻んだ外套を纏った人夫が歩いていた。顎から鼻先を手拭いで覆い、晒す肌はごく僅かだ。さっきからそこを歩いていたという風情である。実際、周囲にいる誰もがそう思い気にも留めていないだろう。


「相変わらず、見事だな」


「恐れ入ります」


 つい、ぼやく様に誉めてしまう。人によっては嫌味に聞こえるかもしれない。しかし、この者は分かっている。これがミカヅチの癖であることをだ。


 見事と思っているのは本当だ。氣が密集し混じり合って氣取るのが困難な人群の中でも、誰に覚られることもなく、現に湧いて出たのだ。


「誰だ、その女」


 ヒミが低く鋭く訊いて来る。女と見抜いたのは、声の調子か、背格好か。ヒミの様な類なら直感か。


「その方が件の・・・・」


「ああ、名はヒミだ。まあ、色々と乱暴だが、育ちが悪いだけで真っ直ぐな奴だ。よろしく頼む」


「あ?」


 ヒミが首を傾げながらミカヅチの顔を覗き込んで来る。その瞳の紅が、彼の眉間を灼き貫かんばかりに光った。


「な?」


 ミカヅチは短くヒミの性質を証して見せた。僅かだが、女の顔が苦く崩れる。口元を覆って見えなくてもそれは分かるものだ。


「・・・・ヒミ様、私はセンエイと申します。ミカヅチ様のお側付きをさせて頂いております」


「って言ってるけど、彼女結構偉いんだぞ。俺のいない間、オウキョウで色々取り仕切ってくれた」


「へえ、よろしく」


 ヒミにしてはまずまずの反応かもしれない。ミカヅチの予想していたのは、「ああ」か「うん」の二文字、もしくは無言であったからだ。


「ところで、もう一人はどうしてる?」


「あいつ・・・・いえ、マカク殿は相も変わらずこのオウキョウ何処かで、ご趣味に励んでおられるご様子で」


 センエイの声色に僅かながら苛立ちが混じった。


「しょうがない奴だな。でも、あいつに規律通り動けってのも無理だろうし、仕事はちゃんとやってくれてるみたいだしな・・・・」


「なんだ、そいつ。面倒臭そうな奴だな」


 お前もだろ。ヒミへ向けて、ミカヅチの口から咄嗟に出そうになる。堪える代わりに一つ溜息が漏れた。ヒミから紅の睨み付けが返って来ない。これはマカクへ対してのものと受け取ってもらえた様だ。


 人夫達の流れはひたすらに川沿いを行った。丘を登る葛折の坂道を何本も素通りした。その度に人群れの視線は一塊となって、鈍重に右へ左へと葛折を這い登るのであった。それと共に人夫の群れへ、街から流れ出る排泥の如く失望の気配が積もっていく。


 皆丘の上の煌びやかな街での生活を期待していたのかもしれない。だが、違うのだ。


 長くだらりと歩かされ、日が西の地平へ隠れて薄暮となった頃、ようやく人夫達は自分らの新たなる生活の場へとたどり着いた。


 長屋が幾筋にも並んでいた。薄い木板を用いた簡素な造りである。屋根に瓦などは当然ない。東へオウキョウの丘を仰ぎ見る、平らな場所である。朝日は碌に当たらず、西日は嫌と言うほど浴びれそうだ。


「なんだ、サラサと変わんねぇじゃねぇか・・・・」


 誰かが堪らずそう漏らすのが聴こえた。


「いや、俺の住んでた家より倍はマシさ。ま、頑張ろうや」


 そう励ます者の顔にも何処か落胆の色があった。どの様な甘言で釣られてやって来たのか、人夫達の顔色とサラサの下衆の性質から大方予想が付いた。


 アマツの役人が声を張り上げる。人夫達の振り分けが始まったのだ。人が右へ左へと流れてその絡み目は混沌となった。


「こちらへ」


 それに乗じて、センエイが促す。彼女の後を行くと、掻き分けるでもなくスルリと人群れから抜け出ることが出来た。


 そのまま付いて歩くと、長屋の一つへ辿り着いた。他と何も変わらない長屋である。センエイの先導で中へ入ると、最低限の生活道具しかないガラリとした室内に、数人の人夫達が床間へ座っていた。彼らはミカヅチの姿を目に留めると、恭しく座を正して向き直り深々と頭を垂れた。


「うん。みんなご苦労さん。良くやってくれてるみたいだね」


 ミカヅチの言葉に人夫達は再び深く一礼した。


「こいつらは?」


 ヒミが訊く。


「ああ、人夫と見せかけた俺達の仲間さ」


「へえ。それにしてもお前、本当に将軍だったんだな・・・・」


 ヒミが不思議そうな顔をしてミカヅチを見ていた。


「お話はこちらで」


 センエイはそう言うと、部屋の隅に折り畳んであった布団を退け、更にその下の板の間へ向けて手をかざした。短く練魔と放魔が行われたのがミカヅチの目に写った。板の間に二尺四方ほどの切れ目が現れる。センエイはそこへ手をかけ引き剥がすと、地下へと穿たれた穴とそこへ降りる為の梯子が現れた。


 センエイが先んじて梯子を降りる。ミカヅチが後を続き、その後ろをヒミがついて来る。


「ミカヅチ、上を見るなよ」


 ヒミにも女らしい恥じらいの欠片くらいはある様だ。


「ああ、分かってるって」


 とぼやきつつ、見上げてその尻を見てやろうかと悪戯心が湧く。が、それを為した場合、顔面への強烈な踏み付けが見舞われることが多いに想像出来る。ミカヅチは薄笑いで抑えつつ梯子を降った。


 梯子を降り切り、天井が釣鐘状に彫られた短い通路を行くと小部屋があった。魔術で灯された蝋燭の灯りがぼんやりと照らす。壁が漆喰で塗り固められている。食料などの物資に武具もその狭い部屋に置かれていた。


「ここがお前らのやさか。狭いな」


 ヒミの感想は率直過ぎるが、的を射ている。


「まあ、そう言うな。ここを作るのにも皆相当に苦労してんだぞ」


「へえ」


「ここの他に、オウキョウの街に数カ所、我らの拠点がございます。改めまして、ヒミ様。今後ともよろしくお願い申し上げます」


 センエイはそう言うと、笠と口元を覆っていた手拭いを解いた。後ろで一つに結んだ長い髪が揺れる。丸く童顔ではあるが、目尻と顎の引き締まり具合から、大事をくぐり抜けて来たと思わせる芯の強さが見て取れる。


「アタシは将軍でも何でもないんだ。様はよしてくれ。ヒミでいい」


「承知致しました。ヒミさん」


「・・・・まあ、いい」


 ヒミは珍しく、感情が入り混じった複雑な表情を浮かべた。


「んじゃ、センエイ、状況を教えてくれ」


 言いながら、ミカヅチは笠と外套を脱いだ。


「はっ。現在、我らが兵は人夫や退治屋を装い、このオウキョウへ潜伏しております。その数、凡そ一千になります」


「一千か。上出来だ。大したもんだ」


「アマツって国も、意外とザルだな」


 ヒミは既に笠を脱ぎ、長い白金色の髪へ掻きむしる様に手櫛を当てていた。その鈍く輝く髪へセンエイの眼が向く。これには女でも惹かれてしまうか。


「ザルな訳ないだろ。正面から街道は行けないからな。ある者はシヨウ山地の道なき道を行き、ある者はサラサの砂漠を北上して、俺達みたいに人夫に紛れて入り込んでる」


「さっきの。センエイが使ってたの、あれ術だろ? あれは使えなかったのか?」


「瞬転移のことを言ってるのか? あの術は難しいの範疇を超えてんだ。使いこなせる者が少ない。しかも、一里を超える長距離移動を自在に行える者となると、更に数は限られてくるのさ」


「瞬転移は、移動であって移動ではありません。違う場所に同じものを存在させ移り込むと言った感覚でしょうか。それが鮮明に想像出来なければカムナを知ったとしても、ただの自滅術になってしまいます」


「違う場所に同じものを・・・・うん。全く分からない」


「まあ、ヒミの頭じゃ無理だろうなぁ」


「なんだと」


 紅色の睨み付けがミカヅチへ飛んで来る。センエイはそれを遮る様に一つ咳払いをして口を開いた。


「長距離を、しかも大量の人員と物資を転移させることが出来る者は、テイワ国内で一人しかおりません。その一人もある将軍に抑えられておりました」


「そうだ、そのタヂカはどうなった?」


「報告によりますと、タヂカ将軍以下その隊は、全滅したとのこと」


「全滅か・・・・あのタヂカが。神帝の言った通りになっちまった・・・・。山奥の部族じゃそんなこと出来ないよな。じゃあ・・・・」


「その部族に、悪鬼牛頭とナンヨウの火狂いが組した模様です」


「おいおい、ナンヨウの火狂いって、あの大鬼退治の鬼ユリか? それと堕龍人殺しの牛頭が・・・・」


「はい。しかも具合の悪いことに、その二人、現在このオウキョウにやって来ております」


「なんだって。そいつは確かに具合が悪いな」


 ミカヅチは頭を掻きながらぼやいた。


「シノビを一人付けておりますが」


「そいつはすぐに引き上げさせてくれ。敵は増やしたくない。妙に刺激をしてこちらの邪魔をされたら困る。鳩や鴉も牛頭達の動向を伺ってるだろうしな」


「御意、只今」


 センエイは目を閉じ手を合わせ指を組んだ。練魔が始まる。


飛念ひねん


 ぼやりとした光が、センエイを薄く覆った。放魔が成されたのだ。


 飛念は内の言葉を遠くの仲間へ飛ばす魔術だ。神帝はテイワの内乱を平定するに当たり、この術者を多く集め多く育てた。千里眼の堕天者の天意によって凡ゆる場所の情勢を知れるが、それだけでは機先を制することは出来ない。得た情報を瞬時に伝えてこその真価は発揮される。情報を制す。これにより、従来の魔術や氣法の火力頼みの戦に、テイワの神帝は革命をもたらした。


 因みに、神帝はタヂカの元へ飛念の術者を決して送らなかった。結果、タヂカは見事に孤立し冷飯を喰う羽目に陥ったのだ。 


 アマツもこれを知り、後追いで飛念の術者を育てているらしいが、既に遅い。ここまで都へテイワを入り込ませてしまっているのがその証拠だ。それは鴉や鳩と云った、古来から引き継がれる余りにも優れ過ぎた隠密集団の存在が、新たなものを取り入れるのに返って大きな枷になってしまっているからだろう。伝統とは強固で巨大な船だ。だが、それ故に変化に疎く舵切りも緩慢になってしまう。


「今、シノビが引き上げました。牛頭と火狂いに、目立った動きはないとのこと」


 センエイはそう言うと目を開けた。


 横で大きな息の風がする。見ると、ヒミが大口を開けて欠伸をしていた。


「なんか知らないけど、終わったか?」


 ヒミはいかにも興味のない様子だった。今の話はまるでその頭には入っていないだろう。まあ、最悪それでも構わないが。


「後は、そうだ。ビャクレイからの助っ人はどうした? オウキョウへ着いたのか?」


 ミカヅチはヒミに構わず続けた。


「いえ、それが未だ。大使殿の従者には飛念を送ってみてはいるのですが、返答はなく」


 ミカヅチは大きく溜息を吐いた。思わず反射的に出てしまう。


「まあ、あいつが予定通りに来るとは思ってなかったが、妙なことを企んでなきゃ良いけどな」


「恐れながら、企んでいる、と考えた方がよろしいかと」


「だろうなぁ。しょうがない。万が一に備えて、ミヤビを呼んでおいてくれ。あいつならすぐに来れるだろ」


「ミヤビ様を、でございますか? それは些か・・・・」


 センエイは目を見開いて言い淀んだ。確かに、彼女の性質を知る者なら当然の反応だ。


「何だ、そのミヤビって奴は?」


 ヒミが訊く。


「ああ、『音の堕龍人』さ。一応、五大将軍の一人だな」


「ふうん。じゃあ、頼もしいじゃないか」


「それがな。色々と問題がある奴でな。まあ、ある意味あのタヂカより狂ってる」


「タヂカはどんな奴か知らないが、なんだか、お前の仲間とやらは、おかしな奴らばかりみたいだな、ミカヅチ」


 ヒミが薄笑いを浮かべて言う。どうやら、そのおかしな奴らに自分は含んでいない様子だ。


「ああ、そうだな。苦労するよ」 


 ミカヅチはぼやきと共に引き攣った薄笑いで返した。ある程度予想はしていたが、これは一筋縄ではいかない。ミカヅチは癖毛の頭を掻き、もう一つ溜息を吐いた。


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