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塔を砕く魔王と、輪を繋ぐ龍。  作者: 十輪 かむ
見る者達よ
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六十二の話

キョウジに伴われ、ゴウとヒナノが再び戻って来た時、牛頭法士は一瞬二人が別人であると見紛った。


「へえ、キョウジ、今回も良い仕事したねぇ」


 ユリがまず感嘆の声を上げ、牛頭が頷いてそれに同意する。


「ありがとうございやす。まず、ヒナノさんのお着物からご説明しやす」


 ヒナノは照れ臭そうに頬を掻いた。振袖で身丈の短い、空色の着物である。


「生地に使われているのは、シヨウ山地ウダツでも一子相伝でしかその製法が伝えられていない秘中の秘、『天空染』でございやす。独特な風合いの空色が出る他、この生地を使われた着物を纏う者に水の恵みを与えると言われておりやす」


「うん。なんだか、ワタシを取り巻く水の元素が濃くなったみたい。でも、この袖が長いの可愛いけど、少し動きにくいな」


「ちょっと部屋の真ん中へ立って、術を広げる体で、袖を振ってごらんよ」


「え? うん」


 ヒナノはユリに言われた通り客間の真ん中へ立った。


そして、軽く眼を閉じ袖を大きく振る。その時、牛頭法士の眼と皮膚は、水の元素が氣の流れと共に部屋中へ拡がっていくのを捉えていた。


「え、何これ? 簡単に水の元素が拡がったよ。しかも、元素の流れが軽くて操り易い感じ」


 ヒナノが袖を見ながら、丸い眼を更に丸くした。


「その袖の内側に『散』のカムナが編み込まれているのさ。魔術は森羅万象を収束させるからねぇ。放魔の時、術の影響を拡散させるのは想像しづらいのさ。でも、振袖を大きく振るって行為は、術を拡げる想像に結び付け易い。それは拡散するのを助ける為に、よくやる手法さ。ヒナノちゃんみたいに、若い乙女の術士の間で流行ってるよ」


「ちなみに、流行らせたのはアッシですがね」


 キョウジが鼻を高くする。


「すごい。ありがとう」


 ヒナノは眼を輝かせながら、キョウジへ向けてひょこりとお辞儀をした。


「いえいえ。では、ゴウさんのお着物のご説明を」


 ゴウが軽く頷く。彼は深い黒の着物で、赤い帯を締め細袴を穿いていた。


「このお着物は、シヨウ山地にひっそりと隠れ住む熊族のみがその産出場所を知る、『合黒石ごうこくせき』を染料にして染め上げられた生地を使っておりやす。合黒石は氣の元素と結び付きが強く、故にその染料を使われた着物を纏う者の氣の流れ、ひいては輪の結びを強くしやす」


「ほう、その様なものがあったとはな。俺も初耳だ」


 牛頭法士は着る物に頓着がない。だが、氣法に関わるとなれば、話は別だ。


「これは生まれたばかりの、都でもほとんど出回ってない新たな手法です。あの黒の塔の影響を軽減する目的で編み出されやした。その名も、黒に黒を重ねた色合いから『黒重こくえ』と申しやす」


「ふむ、ゴウの為にある様な名だな」


 牛頭法士は言いながら、自分事でもないのに関わらず嬉しさが込み上げるのを感じた。


ゴウの深い黒の瞳、そして、重さを操る天意の力。彼にこそ相応しい、巡り合わせの力を感じる。


「確かにこの着物を着ていると、氣の流れが落ち着いていくのを感じるよ。ありがとう、キョウジさん」


 ゴウが深くキョウジへ頭を下げた。


「いやぁ、お二人からは良い着想を得させてもらいやした。こちらこそありがとうございやす」


 キョウジがゴウとヒナノへ一礼する。


「ワタシの着物もゴウの着物も、シヨウ山地に縁があるものなんだね」


「生まれた場所みたいに、結び付きの強い場所のものの方が、氣や他の元素が馴染み易いのさ」


 ユリが自分の袖を広げて見せながら言った。彼女の着物も、その生まれのナンヨウの素材が使われているのだった。


「へー、不思議だね」


 ヒナノが眼を丸くする。彼女のコロコロ変わる表情は見ていて飽きない。


「それと、牛頭さん。これは、アッシからの贈り物として受け取って頂きたいのですが」


 キョウジは牛頭法士の前に歩み出ると、折り畳まれたたそれを差し出した。


「これは?」


 牛頭はそれを受け取ると広げ見た。


「黒重の外套です。いやぁ、牛頭さんの外套があまりに使い古されたので、つい。それにこの都で氣法を振るう者には、じきにその黒重は必須になると思われやす」


 牛頭法士は立ち上がり、黒重の外套を羽織った。不思議と何年も身に付けて来たものかの様に、馴染む感覚がある。


「あらら、いいじゃないかい、牛頭法士」


 ユリが囃し立てる。


「うむ。頂いておこう。本来、あの黒の塔による氣の乱れは、己の力のみで克服しなければならないが、俺はまだ未熟だ。頼らせてもらう。礼を言う」


 牛頭法士はキョウジへ静かに頭を下げた。


「とんでもないです。今後ともご贔屓に。旅の途中で何か珍しいものがありやしたら、是非、野茨屋へ」


「キョウジらしいねぇ。そんなことだろうと思ったよ。安心しなよ。あんたのとこ以外は、取引するつもりはないよ。それより、頼まれてたこと、何か分かったかい?」


「へい。知り合いの地本問屋に使いを出して訊いてみたところ、カエデ様とは秋風という号で活動する絵師ではないかと」


「へー、クレハ婆のお姉さんって、絵師さんだったんだ」


「あれ、ヒナノちゃん。それ言わなかったかい?」


「あー、うん。聞いたっけ? 聞いた様な気がする・・・・」


「まあ、いいさ。で、キョウジ。肝心の居場所は分かったのかい?」


「へい、詳しくはこちらに」


 キョウジは懐から何やら折り畳まれた紙を取り出し、ユリへ渡した。ユリはそれを広げ見ると何度か軽く頷いた。


「中々の場所に住んでるねぇ。ここからもそう遠くないし」


「では、早速行くか」


 牛頭法士の中に何か湧き立つものがあった。黒重の外套は氣の質が高い。そういうものを纏うと活動的になる。


 ヒナノも、普段無表情のゴウでさえも、その顔が晴れやかに見える。身に着ける物一つで、人の心と氣は変わるのだ。


「それじゃ、キョウジ、世話になったね。また来るよ」


 ユリがゆらりと歩き出す。その顔は、自分の着物を新調したかの様に満足気だった。


 皆の顔が明るい。こういう時は、良い出来事、良い人と巡り逢える予感がするものだ。


「へい。またのお越しをお待ちしておりやす」


 キョウジの風体に似つかわしくない深いお辞儀を受けながら、牛頭法士達一行は野茨屋を後にした。


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