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塔を砕く魔王と、輪を繋ぐ龍。  作者: 十輪 かむ
見る者達よ
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六十一の話

 野茨屋の二階。


 畳敷きの客間で、牛頭法士は静かに胡座を組み、薄く眼を閉じていた。


外から街の喧騒が耳に入り込んで来る。それに対しては快も不快もない。


 食後は眠るまでもなく、体も情すら動かさない。


食べた物を消化し吸収するには、意外に多くの力が割かれる。


それを妨げぬ様、牛頭法士がいつの頃から身に付けた日課、所作といったところか。


「どうだった、牛頭法士? 一流料亭の仕出しの味は?」


 牛頭が眼を開け始めると、ユリが横で訊いてくる。


そろそろ話しかけて良い頃合いだと踏んだのだろう。この女は奔放に見えて、意外に気を遣う。


「うむ、各々素材を無駄なく生かし、調和させ、一つの輪へと昇華させていた。正に、至極の味だった」


「へえ、食い物で牛頭法士にそう言わせるなんて、やっぱ白大路は一流だねぇ」


「だが、それ故に巡り会うのは極稀で良い。俺は毎日食うなら、やはり豆餅だ」


「なんだい、結局また豆餅かい」


 ユリが呆れ混じりで首を横に振る。


「して、ユリよ。ゴウとヒナノがいない今だから訊くのだが」


 ゴウとヒナノは食事を終えた後すぐに、野茨屋の店内を散策しに行った。一応、店外には出るなと釘は刺しておいた。


「俺達を見ている者に、幾つ気付いている?」


 牛頭法士の投げた視線に、ユリは一つ息を吐いて応える。


「四つ、ってとこかねぇ。一つはきっちりとアタシらの氣取りの感知外にいるねぇ。広目も飛ばして来ている。ただ、時折態とらしくアタシらに氣取らせている。いつでもお前らを見ているっていう、脅しか警告か。まあ、こんなやり方するのは、『鴉』ぐらいなもんだろ」


「鴉に見張られるのは、至極当然とも言えるな。自分の庭で暴れられて、『五摂家』が黙っているはずがない」


「そうだねぇ。奴らは身内にも容赦なしさ。で、もう一つ引っ付かれて当然なのが、『鳩』さ。こっちは素人玄人織り交ぜて逓伝ていでんしながら見てる。来る時の船にもそれっぽいのがいたろ? 鴉に比べて、民草の協力者が多いから色々拙い。だが、その分網はデカい。アタシらがそれに引っかかって当然さ」


「うむ。だが、奴らには敵意はなさそうだ。後の二つはどう見る?」


「一つはオウキョウへ入ってからかねぇ。さっき一瞬氣取れたが、特徴的過ぎるから一瞬で充分さ。あの感じはオボロに似てる。アタシらに興味を持っているのも鑑みると、十中八九テイワの手の者だと思うねぇ。アタシの勘じゃ、もう奴らは大分オウキョウへ入り込んでる」


「堕龍人を五人集めたことに加え、王が神帝を名乗ったことから、正面を切ってアマツへ挑むと考えていたが・・・・」


「そう思わせて・・・・って線が濃いねぇ。近いうちに何かやらかすかもよ。まあ、アタシらには関係ないことさ」


「うむ。巻き込まれぬ様にしなければ。して、最後の一つだ。それには、俺は気付けていない」


「アタシも確信は持てないさ。ただ、この感じは妙に思える。ごく薄く、纏わり付いて流れる風の様な、そんな感じさ」


「ユリの氣取りは俺のものを凌ぐ。お前がそう言うのなら、何かあるのだろう」


「出来れば、アタシの勘違いだったら良いんだけどねぇ」


 その勘は、違わないのだろう。飽くまで、牛頭法士の勘ではある。だが、そうである場合、それは全く未知の術か技だということになる。


「もう少しで、出来ちゃうって」


 子犬の吠える様な甲高い声が客間へ入って来る。


ヒナノだ。その後ろにゴウの姿もある。一通り、野茨屋の探索は終えてしまった様だ。


「都の職人の仕立てはすごいね。一族の爺婆だったら二、三日はかかるのに」


 ヒナノは、音を立て畳に脚を投げ出す様に座った。


都のこの年頃の少女でも、この様な座り方はしない。この辺りは山育ちの奔放さが垣間見られる。


 ゴウは牛頭法士の正面で胡座を組んだ。


スッと体を落として、動きに無駄がない。どこか自分の動きの影響感じる。牛頭法士は、嬉しい様なこそばゆい様な不思議な感覚になった。


「キョウジが特別なだけさ。あいつは元々天賦の才がある上に、氣法を使って手先の精妙さを上げることを得意としてる。まだ若いけど、いずれはオウキョウでも比肩する者もいなくなるんじゃないかねぇ」


 氣法は戦いの為だけに使われるのではない。牛頭法士が旅をし、人と出会って学んだことでもある。


「へぇ。すごい人なんだ」


 ヒナノが丸い眼を更に丸くして感嘆する。


「キョウジさんが仕立てをする時、手先だけ氣の流れが速くなっているみたいだったよ。氣法ってあんなことも出来るの?」


 ゴウが真っ直ぐな眼で訊く。


「ほう、それが分かる様になったか。肉体に限らず、結んだ輪の中の一部の流れを操ることを、氣法では『氣節きぶし』と呼ぶ」


氣配きくばりとも言うねぇ。眼に氣を配れとか、手に氣を配れとか言ったりするのさ。氣節って響きが野暮ったいから、主に都住む氣法士の間で使われてる」


「うむ。氣節を使えば、特定の部位を更に強靭に、更に速く、更に精妙にすることも出来る」


「脚に使えばもっと速く走れたり、拳に使えばもっと強い突きを打てたりするの?」


「いや、その様な使い方は、逆に威力を落とし、肉体を壊す可能性すらある」


「どうして?」


 ヒナノが訊く。いつもながら素直に疑問を口にする。


「突きを放つにしても、走るにしても、特定の部位のみを使って行われるのではない。突きならば脚から腰、腰から肩、肩から拳と、全て体の力を連動して放たれる。もし、拳のみ氣の流れが速く強靭になればどうなる?」


「他の手首や肩とかに大きく負担がかかるかもしれない。それに体の連動が取れなくなって、上手く拳に力を伝えられない」


 ゴウが拳を握って腕を伸ばしながら答えた。


「そうだ。よって、徒手での攻撃には、氣節はあまり用いられない。特定の部位ではなく、全体の力を強化した方がより大きな力を発揮出来からな」


「・・・・でも、受け、防御には使えそうだ」


 ゴウが伸ばした腕の肘を内側へ絞り込む様に捻る。


「うむ。俺やゴウの様な徒手での戦闘を得意とする者は、防御で氣節を用いることが多い。刃での斬撃や刺突も無傷で防ぐことも可能だ。使い所が難しいがな」


「うん。氣の流れを、咄嗟に一箇所だけ速くするのは、かなり難しいね」


「ゴウの頑強な体ならば、氣法一の輪でも通常の刃ならば通ることはないだろう。通常の刃ならな」


 ゴウはそれを聞いて、腰のウメガイの柄に手をやった。ゴウは勘が良い。それだけで分かった様だ。


「武具にも使えるんだね」


「そうだ。氣節は結んだ輪の内ならば、肉体以外にも使える」


「そう言えば、タヂカと闘った時、マサクニさんが刀を光らせるみたいな斬撃を放ってた。あれが氣節を使った技なのかな」


「ほう、マサクニが。俺は直接見た訳ではないが、恐らくそうだろう」


 マサクニか。今頃、奴はどこを歩んでいるのだろう。


牛頭法士は想いを飛ばした。マサクニも彼が成長を楽しみにしている存在である。


「そっか、あの技は氣節を使ってたのか・・・・」


 ゴウはブツブツ言いながら、何やら手振りしていた。自分の記憶を辿り、マサクニの真似をしているのだろう。


「まあ、氣節は、戦いの外で使うことも多いかねぇ。眼に氣を配って遠くのものを見たり、術で隠されたものを見抜いたり、耳に氣を配って小さな音を拾ったり、鼻に氣を配って匂いを嗅いだりもするよ」


「えー、そんな便利な使い方も出来るんだ。ワタシも氣法覚えようかな」


 投げ出した足先をブラブラさせながら、ヒナノが声を上げた。


「ヒナノちゃんは、当分魔術に専念だねぇ。それに、ちょいと難しいけど、魔術には『活眼』っていうもっと便利な術もあるしねぇ。ヒナノちゃんは、性格がひねたところがあるから、いつかは使いこなせるようになるよ」


「むっ、なんか今、さりげなく性格に難があるみたいに言われた気がする」


 ヒナノが口を尖らす。


「乙女はねぇ、少し難があるくらいが丁度いいのさ」


「えー、そうなの、牛頭さん?」


「ふむ、俺には乙女のことは分からん。氣法より難解だ」


 急に話を振られた上に、この類の話は牛頭法士にとって最も苦手なものだ。彼は自分の内に動揺があるのを意識した。


「ふーん。よくユリさんと旅出来たね。一番、難解なのに」


「いや、ヒナノよ・・・・」


 言い淀む牛頭法士の隣で、ユリの眼が光るのが見えた。


「ヒナノ、それ、どういう意味だい?」


 ユリが低く緩りと声を上げる。


口元にうっすら歪んだ笑みも浮かべている。


この時のユリは牛頭法士ですら圧倒されてしまう。


鬼ユリ。当の本人が嫌う異名が、牛頭の頭に浮かぶ。


「え、えっと、何て言うか、その・・・・」


 ヒナノが座したまま、そろそろと後退る。身に危機が迫っているのを察したようだ。


「お仕置きだよ!」


 ユリが素早くヒナノへ飛びかかる。ヒナノは逃げる間もなく捕らえられ、ユリの凶手によって、凄まじくくすぐられる刑に処せられた。


「ぎゃははは、やめて、ユリさん、ごめん、ごめんて!」


 笑い転げるヒナノに、執拗にユリは責め立てた。


その顔の笑みは歪んでいながらも、どこか和らげだった。


「ヒナノ、楽しそうだ。牛頭さんとユリさんのお陰だよ」


 ゴウが牛頭法士に向かって言う。その顔はうっすら微笑んでいる。彼がこういう顔を見せるのは珍しい。


「お前がそう言うとは、以前のヒナノはそうでなかったのか?」


「うん。ヒナノはいつも明るかったけど、いつもどこか不満そうにしてた」


「ヒナノの様な若く快活な者にとって、山の中で日々同じ暮らしをすることは、苦痛であったのだろう」


「ヒナノの口癖『つまんない』だったけど、一族を離れてからそれも言わなくなったし」


「なるほどな」


 牛頭法士は大きく頷いて見せた。


それは、ヒナノを理解したと示したものであっただけでなく、ゴウを理解したと示したものでもあった。


ゴウは表情に乏しく無愛想に見える為、他人に興味ない様に見える。


だが、実際のところは仲間をよく見ているし、想う心持ちも強いのだ。


「お待たせしやした!」


 キョウジが明るい声と共にやって来る。


ゴウとヒナノの着物の仕立てが終わったのだ。二人はキョウジに呼ばれ、新たな着物に袖を通す為下階へ降りて行った。

 

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