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塔を砕く魔王と、輪を繋ぐ龍。  作者: 十輪 かむ
真中へ集いし [二の巻 始]
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五十九の話

「野茨屋」ユリの馴染みの呉服屋だと言う。


 都の呉服屋としては中規模であるが、客が引っ切りなしに出入りしている。


頑固なまでに品質にこだわり、抱えている仕立て職人も腕の良い者が多い。


また、客に仕上がりを想像させ易い様に、見本品を店頭に飾ることを始めたのもこの店が最初だとされている。


意匠の型も従来のものに拘らない。その為、ユリの様な新し物好きには御用達の店になっている。


「おお、ユリさんに、牛頭さんじゃないですかい。いらっしゃい」


 色黒で筋肉質の男だった。顎髭を蓄えている上に、赤地に白の野薔薇柄という大胆な意匠の着物である為、一見強面の近寄り難い印象である。


「キョウジ、相変わらず繁盛してる様だねぇ」


「へぇ、お陰様で。今日は新調でいらしたんで? いよいよ牛頭さんのお着物の意匠をさせてくれるんですかい?」


 キョウジと呼ばれた男が、牛頭法士の頭から足元までまじまじと見る。


「お前とは二度目のはずだったが・・・・。俺ではない。この二人に誂えてやってくれ」


 牛頭法士はキョウジの視線から逃げる様に、ゴウとヒナノの背を押して自分の前へ遣る。


いつも堂々としている彼にしては珍しい行動だった。


「これはこれは、愛らしいお二人で。特にこちらの強い眼力の坊ちゃん。彼は成長したら、それはそれはいい男になる」


 キョウジがゴウの体へ視線を這わす。


何故だろう。ヒナノはゾッとするものを感じた。


「こら、キョウジ。ウチのゴウを変な眼で見るんじゃないよ。まったく、拙僧がないのも相変わらずだねぇ」


 ユリが腕を伸ばし、キョウジの視線を遮った。


「いやぁ、すいやせん。いい男を見るとつい」


「すまないねぇ、二人とも。こいつは変わった奴だけど、腕は確かさ」


「そ、そっか・・・・それは楽しみ」


 ヒナノは言いつつ、自分でも顔が引き攣っていることが分かった。


「しかし、お二人の着物の意匠は珍しい。しかも、使われてる素材もあまり見ない。そいつはなんですかい?」


 キョウジの目付きが変わる。


「ニビヤマコの糸とハッカ草を織り込んで作ってるって、聞いたことあるけど」


 ゴウがボソリと答える。


シメグリの一族の衣服は、一族で怪我や病で山を歩けなくなった者や、年老いた婆や爺が山村で誂えてくれる。


「ニビヤマコ! そいつは都でもほとんど出回らない品じゃないかい! 別名『鉄糸』って言われるくらい頑丈な糸だ。そいつをハッカ草と一緒に織り込むと、こんな手触りになるんですかい・・・・」


 キョウジがゴウの袖をとり、指先でその感覚を確かめる。


「へぇ、シメグリの着物ってそんなに貴重なものだったのかい。一見すると、くすんであんまり見栄えが良く見えないんだけどねぇ」


 ユリがそう言うのももっともだ。ヒナノもそう思うところがある。


「確かに、ニビヤマコの糸はくすんだ色になるって、派手好みの都の町人からはあまり人気はないんでさぁ。でも、その頑丈さから、いぶし銀のサムライや退治屋なんかからは支持が厚いんです」


「この着物は頑丈だし、軽いし、汚れにくいし、虫除けにもなるし、臭いも付きにくいんだ。一族の婆が言ってた」


 ゴウが言っていたことはヒナノも聞いたことがある。


しかし、生まれてこの方、この着物以外身に付けたことがないので、他がどうだかも知らない。


「お二人の着物、是非アッシに譲ってもらえませんかい? この織り方も珍しい。後学の為だ。こんな機会滅多にない」


 キョウジの申し出に、ユリの眼が光る。


「もちろん、それなりに得させてくれるんだろうねぇ」


「そ、そりゃ、もちろんです。お二人の着物、ニビヤマコの糸に負けない、いや、それ以上の品を使わせてもらって仕立てます。値も、半値で結構です」


「いや、それだけ貴重で、あんたに勉強させて遣るんだ。これだね」


 ユリは二本指を立てた。それを見たキョウジの顔が青くなる。


「ユリ、それは吹っかけ過ぎと言うものだ」


 いつもの型だ。牛頭法士が嗜める。


「どうしてさ? 素材選びや意匠はキョウジに一任してやる。こいつは信頼出来るからねぇ。その上シメグリの珍しい着物もやろうって言うんだ。二掛けで充分さ。それに・・・・」


 ユリが細い指を口元に当て、牛頭法士へ顔を近付ける。


「路銀もあんまり余裕ないのさ」


 ユリの小声はヒナノの耳にも僅かに聴こえた。


「うむ・・・・」


 牛頭法士は口を真一文字に結んで、それ以上何も言おうとしなかった。


さしもの牛頭法士も現実的な予算の話を出されると弱いらしい。


「わ、分かりやした。ユリさんには世話になってるんだ。間を取って四掛けで」


「全然間を取ってないだろ?」


 ユリが間髪を容れず答える。


「勘弁してください。半値でも赤なのに、その上・・・・」


「アタシ達はこれからサラサへ行くのさ。そこの砂漠に住むスナクイドリって魔物知ってるかい? その羽は太陽の光を反射して、瑠璃色に輝いているって言うだろ。そいつ、まだ、都の誰もまともにものにしたこと、ないらしいじゃないか?」


「ま、まさか、そいつをウチに・・・・」


「ああ、そいつを狩れる退治屋なんて、この大陸でアタシらの他に、あとどれくらいいるだろうねぇ?」


 キョウジの顔の血色が戻っていく。腕組みをして思案を巡らしているようだ。


「だけど、まあ、二掛けは流石にやり過ぎかもねぇ。三で良いよ。キョウジにはいつも無理言ってるからねぇ」


 ユリの言葉に、キョウジは驚きの顔を見せ腕組みを解いた。


「・・・・すいやせん。お言葉に甘えさせて頂きやす。あなた達の様な退治屋は、他にはいねぇ。仕立てはアッシを含め、ウチの腕利きの職人総出でやらせてもらいやす。お時間は取らせません」


「うんうん、そうかい。良い心掛けだよ。二階で待たせてもらって良いかい?」


「もちろんです。客間をお使いくだせぇ。『白大路』の仕出しも取らせやす」


「白大路かい。都でも一、二位を争う高級料亭じゃないかい。悪いねぇ」


「へぇっ、今後ともご贔屓に」


 キョウジは深々と頭を下げた。


 ヒナノは、ようやくそこで自分が口を開けて呆気に取られていたことに気付いた。


横を見ると、ゴウが未だに半口を開けていた。


「楽しみだねぇ。白大路、白大路っと」


 ユリが言葉も、身も弾ませながら二階へ向かう階段を登っていった。


「すまぬな、キョウジ。今後は、珍しい魔物の毛皮や羽は、お前のところへ卸すようにする」


「ありがとうございやす」


 牛頭法士がキョウジへ声を掛け二階へ向かう。


「さあ、可愛いお二人はこちらへ。採寸しなきゃならねぇ」


 キョウジが、ゴウとヒナノの背を軽く押す。


「ねぇ、ユリさんていつもあんな感じなの?」


 ゴウが訊く。


「ああ、そうさ。アッシらは、いつもあの人の手の上で転がされている」


「すごいね。俺には真似出来ないよ」


「うーん。坊っちゃんらには、真似されると困るな」


 キョウジは苦く笑うのだった。


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