五十八の話
「やっぱ、食べる前に着る物だね」
ユリが一行を引き連れ、やって来たのは呉服街だった。
楼閣を構える大店舗から、小粒な小店舗まで立ち並ぶ。行き交う人々の身形は、皆華やかで粋だ。
ここにいるとユリの派手さも薄まって見えた。
「ユリ、着物でも新調するのか?」
牛頭法士が低く言った。
「したいとこだけどねぇ。でも、アタシじゃないさ。あんたら二人だよ」
ユリがゴウとヒナノに眼を向ける。
「え? 俺達の服?」
「その着物は、違った意味で目立つからねぇ」
道行く二人組の女が、チラチラこちらを見ながらヒソヒソと話すのが見えた。
ヒナノにはそれが自分の出立ちに対する陰口に思えた。
「うん。この格好だと田舎者だって丸分かりだね・・・・」
「まあ、それもあるけど、見る者が見れば一目であんたらがシメグリだって分かる出立ちは避けた方が良い。タヂカとことを構えたって、色んな者達の耳に入っていてもおかしくない頃だからねぇ。都の表裏に限らずね」
ユリの眼が鋭くなる。ついさっきまでの浮かれた表情とは大違いだ。
「どうして? シヨウ山地でのことはワタシ達しか知らないんじゃないの?」
「俺がああも派手に暴れ回ったのだ。まずそれはない」
牛頭法士がいつもより低い声で言う。どこか申し訳なさそうだ。
「そうだねぇ。それに、この国の、いや、世の情報網ってやつを舐めちゃいけない」
「もしかして、俺が堕・・・・」
ゴウの口を、ユリが素早く手で塞いだ。
「ゴウの言いたかったことも、充分有り得るさ。でも、それは口にしない方が良いよ。色んな人間の、悪意の渦に巻き込まれるかもしれないからねぇ」
口を塞がれながら、ゴウは頷いた。彼の眼の強さから、ユリの言ったことを理解した様だ。
ヒナノにも分かる。堕天者の力、特に天意という力は余りにも強力だ。それを利用しようとする輩が、近付いて来ることは想像するに難くない。
「俺とユリが側にいれば、誰も容易く手出し出来ないだろうが、用心はしておいた方が良いだろう」
「そう言うことさ。んじゃ、まあ、楽しくお買い物と行こうかねぇ」
ユリが再び浮かれた様子で歩き出す。ゴウがまたその後ろを素直に従った。
「良かった。ユリさん、馬鹿じゃないんだ」
ヒナノが牛頭法士へ向けて小声で話す。
「ああ。そうだな。だが、ヒナノよ。もう少し声を落として言え。ユリに聞こえたら、事だぞ」
それは何をされるか分からない。ヒナノは一瞬息を呑み、牛頭法士へ何度も頷いて見せた。