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塔を砕く魔王と、輪を繋ぐ龍。  作者: 十輪 かむ
真中へ集いし [二の巻 始]
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五十六の話

 朝。ゴウ達を乗せた帆船が、イヌイ川が北から西へ大きくその流れを変える、『天河の大曲り』と呼ばれる場所を越えると、アマツの都オウキョウはすぐそこにあった。


 川を挟む南北にそれぞれ丘隆がせり上がり、卓の様な綺麗な台地となっている。

 

 その上に幾千とも幾万とも知れぬ建物が固まっていた。丘は、川の氾濫から守る堤防の役割と、外敵からの侵入を防ぐ城壁の役割を合わせ持つのだ。


 ゴウとヒナノは近くなってくる都の街並みに、甲板から動けずにいた。


「都オウキョウ・・・・どんな街だろ」


 ヒナノの横でゴウが呟く。


「あの南北の丘は自然のものではない」


 牛頭法士がやって来て言う。


「じゃあ、人が土を盛って造ったの?」


 ヒナノの問いに牛頭法士は首を横に振った。


「いや、あれは百年もの昔、あの場所へ遷都する際、『地の堕龍人』がその天意で隆起させたものらしい」


「すごい。そんな堕龍人もいるんだ」


 言いながら、ゴウの眼が強くなる。


「ああ。この大陸で最強とも謳われている堕龍人だ。長くアマツの守護者をしている」


「最強か、会ってみたいね」


「言うと思った」


 ヒナノは溜息混じりに言った。


「そうだな。俺もいつか手合わせ願いたいものだ」


 牛頭法士が微笑む。子供の様だ。

 

 この二人が強さについて語り出すと、兄弟かと思えるほど似たもの同士に見えてしまう。


「あの黒の塔といい、都ってとんでもない所だ」


 その黒の塔は、北側の丘の上にあった。

 

 近くで見ると益々異様だ。ヒナノとゴウは二人並んで塔を見上げていた。その天辺は薄雲がかかって見えない。


「デカいだろ。だけど、お上はこんなデカいのをもう一つ建ててる」


 船頭がやって来て、呆れ混じりで言う。


「え? もう一つ?」


「こっちの東の端に建つ黒の塔と対を為す様に、向こうの西の端、南の丘の上に『白の塔』ってのを建てているのさ。だから、アマツだけじゃ人夫が足りず、ああしてジン大陸中から人をかき集めている」


 船頭の男がその先を見る様に顎をしゃくる。

 

 川には、その人夫と見られる人々が乗った帆船がいくつもあった。人が荷の様にも見える。


 ここへ来るまでにもこんな船は何度か見たが、そういうことだったのか。


「塔だけじゃない。イヌイとコトを結ぶ大きな運河も造ってるからねぇ」


 ユリがやって来る。まだ眠そうな顔をしている。緋色の髪が風に踊った。寝ぼけ眼も画になる。


「それだけじゃない。噂じゃ、この北と南の丘を結ぶデカい橋も近いうちに造り始めるらしいぞ」


「橋か。それが実現すれば、とてつもない偉業となるな」


 牛頭法士が遠い眼をして言う。それは既に実現した先の世を見ている様だった。


「アマツは景気好いねぇ」


「なんで、そんなデッカいものばかり造るの?」


 ゴウが訊く。


「一年ほど前、聖姫ひじりひめが神祇官になってからだ」


「聖姫? 神祇官?」


「聖姫は大王の唯一の実子にして、数百年に一人とも云われる魔術の麒麟児。我アマツの光、誉!」


 船頭が我ことの様に鼻を高くして言う。


「神祇官ってのは祭祀を取り仕切る、神と繋がるって役職さ。その権力はこの国で大王に次ぐものさ。何たって、神からの提言と称して、財務だの軍備だの、国の色んなところに口出し出来るからねぇ。長い間空位だったらしいけど、異例中の異例で姫がその座に就いたって聞いたね」


「どうして異例なの?」


「まず、この国じゃ職というものに王族が就くことはないのさ。職は王達の為臣下が担うものだとされているからねぇ。それから、神祇官に就いた時の聖姫の歳さ。今のあんたらと変わらない、十三でその職に就いてる」


「十三って、ワタシと同じ歳だよ!」


 ヒナノは驚きの声を上げてしまった。


「そっか。ってことは、そのお姫様は相当にすごいんだね」


 ゴウが再び眼を強くする。


「そうだねぇ。魔術の才だけじゃなく、神と繋がれるだの何だので神祇官になれたらしいけどね。ま、そこら辺は宮中の色んな思惑がごちゃごちゃしてるってのもあるんだろ」


「ごちゃごちゃ?」


「それはアタシらが知らなくて良いことさ」


 ユリはヒナノの問いに肩をすくめて返す。


「聖姫が神祇官になってから、俺達庶民の暮らしはどんどん良くなっていくからな。民からの信も厚い。塔と運河の建築も、アマツだけじゃなく、この大陸の民達に仕事を与えて潤そうってことさ」


「自国だけじゃなく、属国もかい。慈悲深い様に見えて・・・・おっと、口を滑らせたら、また牛頭法士に叱られる」


 当の牛頭法士は黙って、頷く様に一度深く眼を閉じた。


「そのお姫様にも会ってみたいな」


 ゴウの言葉に、ヒナノはただ溜息を吐いた。聖姫の話が出た時から、ゴウがそう言い出すのは大方予想はついていた。


「そいつは、流石に無理ってもんだねぇ。身分が違い過ぎる」


「そうだな。坊主の気持ちは分からんでもないが、俺達庶民はあの宮殿は愚か、特例以外、北側の丘にすら登れないからな」


 船頭が北側の丘へ視線を移しながら言った。


宮殿とはその丘の上に、更にこぶの様に隆起している場所だろう。


そこへ建つ巨大な建築は、白の壁と黄赤の装飾された屋根から成っていた。遠目でも威光を感じる。


「無理であっても、それが通ることなどいくらでもある。俺達の目的は『無理』そのものなのだからな」


 牛頭法士は静かに言ったが、何故かヒナノは震えるものを感じた。


ゴウもその言葉に何か気付かされたのか、一瞬ハッと眼を大きくした。


そうだ。ゴウこそが一番の無理を体感しているのだった。


「おっと、そうだった。アタシらは無理を成そうとしてるんだったねぇ。ゴウ、無理を信じな。道端でバッタリ偶然、お姫様に会えるかもしれないよ」


 ゴウがぎこちなく頷く。いくらゴウでもその無理は信じ切れない様子だ。


「ユリさん、それは流石に、無理じゃ・・・・」


「ヒナノちゃんも無理を信じな」


 ユリは、両の手の平をヒナノの頭に押し当てて、栗色の髪をグシャグシャと掻き回した。


じゃれ付きながらユリの顔は加虐を愉しむ笑顔だった。


あられもなく無造作になったその髪に、周囲の笑いが集まる。


「もう、ユリさん、何すんの」


 ヒナノが慌てて髪を撫で付ける。恥ずかしさが込み上げる。いつか何かで仕返ししてやろう。


「もうすぐ丘に上がるぞ。お前達も下船の準備をしろ」


 牛頭法士が微笑を残しながら船室へ下って行った。


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