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塔を砕く魔王と、輪を繋ぐ龍。  作者: 十輪 かむ
真中へ集いし [二の巻 始]
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五十五の話

 夕にそびえる黒の塔へ、西に沈む日が当たる。


 今日の斜光は緋色が濃い。世を統べる様に、何ものよりも高い塔がその色に染まって見える。


「一族の色だ」


 女はほくそ笑む。彼女の纏め上げた長い髪もまた緋色であった。


 そこへ幾本も挿さった簪と櫛は、いずれも繊細な造形をこらしてある。それらが相俟って、その頭に幾筋の光芒がさしている様にも見える。


 切長の眼と、細く引き締まった頬と顎、尖って高い鼻。そのいずれも浮世を離れて見える。

 

 彼女の纏う衣も金と銀の糸の刺繍が施されて、その姿形を際立たせ、世に非る美として威厳を放っていた。


 黒の塔をぐるりと囲む壮大な土地は女のものだ。そこへ構える邸宅も荘厳なものであった。

 

 その屋根へ突き出した露台は、女がこうして黒の塔を見上げる為に造らせたものだ。


 後方から衣擦れがする。敢えて気付かれる様にか、静かだが力強い氣を放っている。

 

 黒の塔の間近で氣を乱さない。それだけの使い手は女が知る限り僅かだ。


「スクネか?」


 視線は塔のまま、女は凛とした声を向けた。


「はい」


 初老の男の声だ。低音に皺が寄って聞こえる。


「何用だ?」


 言いながら女は振り返る。

 

 そこには灰色の髪の男が一人、片膝をつき頭を垂れていた。


「テイワの間者を一人捕えました」


「ほう。其方が余の前に現れたとなれば、何か吐かせたか?」


「もうすぐ神帝が全てを平に成す、と」


 それを聞き、女は口元を笑いに歪めた。


「漸く動くか。あやつが神帝と名乗った時、すぐさま討ち滅ぼしてくれようと思うたが、それはそれで術中に嵌っていたであろうからな。しかし、平にとは、理に反することを」


「既にオウキョウへ、テイワの者共が入り込んでいる様ですが」


「良い。泳がせろ」


「オウキョウの民を傷付けるやもしれませぬ」


 夕の光の中で女の眼がギラリと閃いた。


「尚のこと良い。その責をひじりの小娘に被せるように計れ。手は其方に任す」


「御意」


 スクネは去る様子がなかった。まだ何かあるか。


「申してみよ」


 女は、発言の許しを与える。


「牛頭法士とその一行が、明日にはオウキョウへ到着するとのことです」


「・・・・では、我一族の面汚しも、共にだな?」


 スクネは黙して、一つ頭を下げる。


「山で果ててくれれば良かったものを。あやつは、まあ良い。事は堕龍人殺しの牛頭法士とやらと、シメグリの童だな。均衡を崩す者であるならば、直ちに処せ。狛犬を何人使っても構わぬ」


「御意」


「時にスクネよ」


 一礼し立ち去ろうとする初老の男を呼び止める。


「はっ」


「其方のところの初代が、その牛頭法士の周囲を何やらウロウロしていると、狛犬どもが申しておるが?」


 スクネの氣に若干の乱れが生じる。やはり触れられて欲しくないことの様だ。


「申し訳ございませぬ。しかし、あの方を縛る術も法も、知る者がおらぬ故」


「ふん。忌々しい爺だ。奴が良からぬ手出しを加える様であれば、其方も鴉共々、戒めを受けると心得ておけ」


「はっ」


 スクネが深々と低頭する。


「もう良い。退がれ」


 スクネは再び一礼すると、夕闇に溶ける様に歩き去った。


 女は再び黒の塔へ向き直った。緋色の光はより濃くなり、盛りを迎えていた。


「時は全て余の為に、このクオンの為に廻る」


 塔は全身を緋色に染め上げていた。女には、クオンには、それが自分と一族を讃えている様に見えた。


「全て取り戻す。それまで、『曼珠沙華』を咲かす訳にはいかぬ」


 夕の斜光を背に受けて、クオンの顔を覆う影が濃くなる。その中にあっても、彼女の眼光は閃いていた。

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