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塔を砕く魔王と、輪を繋ぐ龍。  作者: 十輪 かむ
真中へ集いし [二の巻 始]
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五十四の話

 帆船の進む先に、巨大な塔が姿を現し始めた。漆黒の塔である。


 平野と川と山と空。そのただ中に立つそれは、全てを切り裂く一筋の割れ目の様にも見えた。


 漆黒の塔の麓にオウキョウが広がるという。だが、その街並みはまだ見えない。


「いつ見ても異様だねぇ。『黒の塔』ってやつは」


 ユリが風に揺れる緋色の髪をかき上げた。その表情はどこか凍り付いて見えた。

 

 いつも火の様に明るいユリとしては珍しい顔だと、ヒナノは思った。だが、こうした彼女も美しい。


「ん? どうしたんだい、ヒナノちゃん?」


「え? ああ、あの塔って黒の塔っていうんだね」


 ヒナノは無意識にユリの顔に引き寄せられていたらしい。


「黒の塔・・・・。オウキョウもこの国も出来る前から、あの場所に立っていると云われている。何百年、何千年か分からんが、雨風にも一切風化せず、地を割る大地震にもヒビ一つ入らない。石なのか金属なのか、何で出来ているのかすら解らない。不可思議で、悍ましい塔だ」


 牛頭法士が横で固く腕組みをしていた。その体を覆う筋肉の鎧が強張って見えた。


「へぇ。昔の人達はすごいね」


「ああ、おそらく、今の人間とは別ものだ」


 別もの。その言葉を発するのに、牛頭法士は力点を加えていた。


「あれ、なんだか怖いね。見てると、何かがおかしくなりそうだ」


 ゴウが塔を見ながら腕組みをしていた。頭の中で言葉を探しているのだろうが、牛頭法士の真似をしている様にも見える。

 

 ヒナノはいつもなら笑いが込み上げていただろう。しかし、今はそれも不思議と起こらなかった。


「・・・・そうだ。均衡ってやつだ。俺の中のそれがおかしくなりそうだ」


「ほう、それを感じるか。本来、生き物は自然と共にある。その為、自然に存在せぬ巨大な人造物は、人に限らず見る者の正気を奪うとも云われている。実際、氣の流れも乱れる」


「確かに、俺の氣の流れが少し速くなったみたいだよ。都に住んでる人達は大丈夫なの?」


「まあ、色々狂ってるねぇ」


 ユリは肩をすくめていた。


「その氣の乱れも力と捉え、あの塔を崇める者もいる」


 牛頭法士の言葉を吐く息が強い。首を横に振りながら言うそれは、呆れだろう。

 

 しかし、呆れるのも解る。あんなものを崇めるなんて、都の人達はどうかしている。ヒナノは呆れではなく、恐怖に近いものを感じていた。


「牛頭法士。あれは、あんたの目標の一つでもあったね」


「そうだ。俺はいつか拳の一撃で、あの黒の塔を打ち崩して見せる」


「ええ? あの塔を?」


 ヒナノは思わず、素っ頓狂な声を上げた。それに釣られてユリは小さく笑った。


「ヒナノちゃんは本当に面白いねぇ。でも、氣法を極めんとする者にとって、あの塔は疎ましい存在なのさ。輪と塔は相容れないからねぇ」


「そうなんだ。あ、でも、牛頭さんなら簡単に壊せそうだけど」


 ヒナノは牛頭法士とタヂカの激闘を思い出す。あの闘いで山の一つを吹き飛ばしたのだ。牛頭法士なら、あの塔ぐらい訳もないのかもしれない。


「それが、そう簡単じゃないんだよ。あの塔の前に立つと更に氣が乱れる上に、あれは金剛石よりも硬い何かで出来てるのさ。半端な氣法や魔術じゃ、傷一つ入りやしない。山一つ崩す方が簡単かもしれないねぇ」


 ヒナノは再び黒の塔へ視線を向けた。漆黒の異様がより濃く見える。ゾクリと鳥肌が立った。


「それなら、俺も、あの塔を砕きたい」


 ゴウが言った。その口調はいつもと変わらない。だが、その漆黒の眼は塔を写してか、より濃く強い色に感じた。

 

 ヒナノには分かる。ゴウがこうした眼をしている時は、強い想いがその内に湧き上がっているのだ。


「ゴウならそう言うと思ったさ。でもねぇ、あの塔を打ち崩すってことは、単なる力自慢じゃない。あれが象徴するものも、同時に撃ち崩すってことなのさ」


「象徴するもの?」


 難しいことを言う。ゴウの表情は変わらないが、おそらく、ヒナノ以上にそう思っているのだろう。


「それを知り、背負うには、氣法の鍛錬だけじゃ足りない。もしかしたら、色々知るうちにあの塔を崇める側になっているかもしれないよ」


「ふ~ん。意外」


 ヒナノはユリの顔を見ながら言ってしまった。いつもと違う冷徹な顔だったからだ。


「なんだい、ヒナノちゃん」


「いやぁ、いつもなら、牛頭さんが言ってそうなことだなぁって。いつものユリさんなら『あらら、ゴウは面白いねぇ』なんて、言ってるかなって」


「酷いよ、ヒナノちゃん。アタシっていつもそんなんかい?」


「ああ、そっくりだぞ」


 牛頭法士がニヤリと口元を歪ませる。それにはどこか悪戯が含まれていた。何だが、いつもとあべこべだ。


「もう、黒の塔を見過ぎて氣が滅入っちまったよ。酒でも飲もうかねぇ。あんた達も、その辺にしときなよ。あの塔は見過ぎると体に毒さ」


 ユリはそう言うと、船室へ下って行った。


「あれ? 怒らせちゃったかな・・・・」


「心配するな、ヒナノ。あれは根に持つ女ではない。酒を飲んで一刻もすれば忘れる。それより、もうすぐ日が暮れる。今日は早めに休め。船頭の話だと、明日の午前にはオウキョウへ着くらしいからな」


 言うと牛頭法士も船室へ下って行った。


 ゴウは黒の塔を見詰めたままだった。ユリの話を聞いて何かを想ったのだろう。それが強い何かだということだけは、ヒナノには分かる。


「ゴウ。ほら、見過ぎは良くないって」


 ヒナノはゴウの視界を遮る様に立った。


「うん、ヒナノ。都って、面白そうなところだね」


 見当違いな返答だ。塔を見過ぎておかしくなったか? 


「そうだね」


 短く答えて、ゴウの手を引き船室へ向かう。


 都は煌びやかなだけの場所じゃない。ヒナノは自分の中に徐々に不安が膨れ上がって来るのを意識するのであった。

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