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塔を砕く魔王と、輪を繋ぐ龍。  作者: 十輪 かむ
真中へ集いし [二の巻 始]
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五十二の話

 延々と続く人の列。それはイヌイ川へ浮かぶ幾つかの帆船へ向かって伸びていた。川の向こう岸が霞んで見える。河口に近いこの辺りでは、それを海と呼んでも差し支えない様に思われた。


 列を為す人々の着衣は皆どこか色褪せて、中には破れた裾を引き摺る様に歩く者もいる。


 時折吹く風に粒の小さい砂が乗る。それと人々が放つ酷い汗の臭いが混じって、ある一人の鼻腔を抉った。


 ボロ布の様な外套を体に巻き付け、笠を目深に被っている為肌を覗かせているのは顔の下半分だけだった。

 

 褐色の肌に、引き締まった頬、細い顎、豊かに膨れた唇。五尺程の低い背丈の者だった。


「もういいよ。アタシは歩いていく」


 独り言の様に呟くが、そのしゃがれた声は隣を歩く者に届いたらしい。


「待て、ヒミ」


 ヒミと呼ばれた者の脇へ腕が伸び、掴まれる。

 

 その力が強かった為か、巻き付けた外套がはらと乱れて襟元が露わにり、豊かな胸の谷間を覗かせる。


が、それも一瞬で、ヒミは隠れ潜む様に再びきつく外套を体に巻き付けた。


 ヒミは顔を上げ、笠の下から自分の腕を掴んだ者を睨み付けた。

 

 山猫を思わせるその眼の真ん中で炎がぐるりと渦を巻いた様に見えた。紅色の虹彩だ。


「放せ、ミカヅチ」


 低く言い放つ。

 

 が、ヒミの腕を掴んだ男、ミカヅチは放そうとはしなかった。


 中々に長身の男だ。六尺はあるだろう。胸元の高さにヒミの頭頂がある。


 日差しを避ける為こちらも笠を被っているが、その髪の影響か頭の上にふわりと乗せているだけに見え、顔全体だけでなく酷くクセのかかったその前髪や、後ろに無造作に結んだ長髪も晒していた。

 

 奥二重の眼と口角の上がった唇、顔の真ん中で大きな鼻の筋が通っている。


 白地に黄肌色の刺繍が施された着流しに、外套を肩にかけ、背負う鞘に収まった長剣は四尺は超えていた。


「何度も言ったろ? これに紛れた方がオウキョウへ入り易い。歩いて関所を超えてみろ。アマツの奴らとやり合うことになるやもしれんぞ」


「なら、そいつら全員蹴散らしゃいい」


 ヒミの言葉に、ミカヅチはため息を吐く。


「・・・・頭の中まで筋肉か」


 ミカヅチはその嘲りを小さくして砂の混じった風に紛れ込ませようとしたらしい。だが、ヒミの耳にはしっかり届いていた。


「聞こえたぞ」


 ヒミは纏う外套の下から突き上げ、それをミカヅチの脇腹に押し当てた。彼は隠れたそれが何であるか充分知っている。


「おいおい、勘弁してくれ」


 ミカヅチはヒミの腕から手を離し、両の手を頭上に広げた。


「おい、そこのお前ら」


 ヒミ達へ向けて声が飛んだ。見ると槍を携えた男が近付いて来る。


「あーあ、サラサの兵だ」


 ミカヅチがぼやく。

 

 ヒミは、ミカヅチに押し当てたそれを離し、今度はその兵へ向けて外套の下で密かに構えた。


「列を乱すな。なんだ、お前。人夫には見えんな。その身なり、退治屋か?」


 男がミカヅチを舐め回す様に見る。


「いやぁ、オウキョウの辺りは、最近魔物が多く出るって聞くんで」


 ミカヅチが上擦った声を上げる。態とらしい。ヒミは吐き出しそうになるのを堪えた。


「アマツは稼ぎ時だからな。塔と運河の建築に、こうやってジン大陸中から人を集めている。加えて魔物の出没だ。お前の様な奴がオウキョウへ行きたいのも分かる。だが、この船は人夫の為のものだからな・・・・」


 兵の男が腕を組む。こいつもどこか態とらしい。二人して決まった型を演じている様だ。


「近頃は川にもデカい魔物が出るって言うじゃないですか。退治屋の一人や二人いても宜しいんじゃないかと・・・・」


 ミカヅチは、言いながら周りの人々に気づかれぬ様、そっと男の袖に何かを入れた。


「うむ、まあ、それもそうだな」


 兵の男はそれを袖の中で握って確かめると、そう言って立ち去って行った。


「はい、ご苦労様です」


 兵の背中を、ミカヅチは卑屈な笑顔で送り出した。


「サラサは腐ってんなぁ。見ろ、お前のせいで、金一枚損したぞ」


 兵の姿が遠くなると、ミカヅチはヒミに向かってぼやいた。


「お前のそのいかにもな出立ちのせいだろ。アタシには人夫らしくしろと言っといて」


「嫌だよぉ。俺そんな野暮な格好したくないもん」


 ヒミは、ミカヅチの脛を蹴り上げていた。苛立ちを自覚したのはその後だった。


「いってぇよ!」


 ミカヅチが大袈裟に痛がって見せる。


「痛くはないだろ。金も脛も。どこぞの五大なんたらが」


「そう。だから、敵も多いし、強い。俺らがアマツの国土を堂々と歩いてたら、あの『狛犬』どもが出張って来るかもしれん。しかも、今度のはこの前みたいな下っ端じゃなく、中央の本流の奴らだぞ」


「丁度いいだろ。そいつらも仇だ。どうせ全部倒すんだ」


「お前にはもっと大物を相手してもらわなきゃならん。狛犬なんて相手してたら、オウキョウへ着く前に擦れ切れてしまうだろ? そうなると目的どころじゃない。嫌だろ? その前に死ぬのは。死に損だ。犬死にだ。全ては水の泡だ。オウキョウには俺の頼もしい仲間達もいるし、助っ人だって来る。皆で力を合わせようじゃないかぁ」


「ああ、分かったよ。うるさい。大人しく列に並べばいいんだろ? だからお前はその目立つ格好と、口数が多いのをなんとかしろ」


「うんうん、分かってくれたか。でも、俺って口数多い?」


「黙って並べ」


 ヒミはそう口にしながら、立場があべこべになった様に思えた。


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