四十八の話
その夜。宴が催された。
とは言っても、物資のあまり豊富でないシメグリの一族である。それは豪勢なものではなく、いつもより多めの食事と、大人達に酒が振る舞われる程度だった。しかし、その夕食に皆が発する笑い声はいつまでも続く様に想われた。
皆喜びに満ち溢れている。
テイワの襲撃から解放され、ゴウが蘇った。そして、それを成すのに多大な貢献をしたユリと牛頭法士に対して、感謝の言葉が尽きなかった。
その喜びと感謝の中でゴウとヒナノを送り出そうとしているのだ。
ヒナノはそれを感じ取って泣き出しそうなのを、笑顔を作って堪えようとした。
「おい、ヒナノ。泣いてんのか?」
一族の男がからかう声に気付いた。ヒナノは涙を流していたのだった。
「旅に出られるんだもん。嬉し泣きだよ・・・・」
それが精一杯の強がりであることは、その場にいる誰もが見抜いていただろう。ヒナノ自身も分かっていた。
ゴウはどうなのだろう? ヒナノは隣に座る彼の横顔を見遣った。皆がはしゃぐ中でゴウはどこかの一点を見ている様だった。
ヒナノには分かっていた。こうした眼をする時はゴウの中で強い感情の波が荒立っていることを。
「決めた。俺も旅に出る」
突然だった。マサクニが立ち上がり、声を上げた。周りにいた者達の視線が一斉に向けられる。
「おいおい、マサクニ酔っ払ってんのか?」
一族の男がからかう様に言った。
「いや、酔ってない。俺、酒飲めないし。考えたんだ。本気だ」
いつになく語気の強いマサクニに、皆気圧されている様だった。
「マサクニさんも一緒に行くの?」
ヒナノはその驚きのお陰で涙を止めることが出来た。
「タヂカと闘って思ったんだ。俺は未熟過ぎるってね。でも、ヒナノ達と一緒には行かないよ」
その答えを聞いて、ヒナノは一瞬寂しい気がした。
「マサクニ、行くのなら止めはしない。だが、どこへ行くかぐらいは言っておくれ。お前も我らの家族なのだからね」
クレハが決意に引き締まったマサクニの顔を見上げた。
「東へ。ナンヨウ国の東の海の、カリュウって島です」
「カリュウか。確か、お前の父ヒデクニが若い頃修行した島だったね」
「牛頭さん達と一緒に行くことも考えたんです。絶対に強くなれそうだから。でも、上手く言えないけど、何か違うなって。俺に必要な強さは違う場所で手に入るんじゃないかって」
マサクニはクレハに強く頷いた。
「カリュウかい。あの島にはその名の通り、火の龍が住むって伝承があるよ。アタシもいつかは行ってみたいねぇ」
そう言うユリに向けて、マサクニは笑顔を浮かべながら頷いた。
「マサクニよ、お前とはいつかまた会えるだろう。その時は強くなったお前と手合わせしたいものだ」
牛頭法士が野太い声をマサクニへ向ける。
「い、いやぁ、牛頭さんと手合わせは、ちょっと・・・・」
いつもの調子に戻ったマサクニに皆が笑いを向けた。
「マサクニさん、俺とはまた手合わせしてくれる?」
ゴウがマサクニの前へ歩み出る。
「ああ、その時は俺がコテンパンにされない様にしないとな」
ゴウとマサクニは、強い眼をお互いに向け、静かに拳と拳を合わせた。