四十五の話
ヒナノは凄まじい光に思わず眼を閉じた。
「ヒナノちゃん! ここが堪えどころさ。もっと障壁を厚く!」
「はい!」
叫ぶユリの声も自分の声も轟音にかき消されてしまいそうだった。
光に遅れて衝撃の波がやって来る。嵐を束ねた様な暴風だ。大人十人を固めた大きさの岩が幾つも舞って来ては、シメグリの一族の頭上を襲った。障壁がそれを砕く。が、その度に障壁は何層も破れ薄くなっていった。
「生きないと! みんな生きないと! ゴウの為に!」
障壁を張るのに全身の全てをかける。限界は超えている。眼が霞む。崩れ落ちてしまいそうだ。
「ヒナノ、もう少しだ。もう少しでこれは治まる」
クレハがヒナノの背に手を当てる。その手から暖かな力が流れ込んで来るのが分かった。
「今、ワタシの氣を分け与えた」
「ありがとう、クレハ婆」
力がみなぎって来る。再び厚い障壁を展開する。
どれくらいの時間が経ったのだろうか? 徐々に衝撃の波は小さくなっていった。砂の粒が舞う。光が起こした衝撃の波は、自然が起こすそよ風に溶けていた。
「やった・・・・」
ヒナノが障壁を解きながら座り込み天を仰いだ。晴天の空に一つ見たこともない巨大な雲の塊が立ち昇っていた。
「牛頭法士の奴、やってくれたよ。本当に山一つ消し飛ばしちまいやがった・・・・」
ユリは呆れた様に言いつつも、その顔は和らいだ笑顔だった。確かに、目の前にそびえていた山が跡形も無い。見知った場所のはずだったのに完全に別世界だ。
「牛頭さんは勝ったんだよね?」
「ああ、もちろんさ」
ユリが顎をしゃくって見るように促した。
ヒナノがその先に眼を向けると、黒い大きな影がこちらへ歩いて来るのが見えた。牛頭法士だ。
「牛頭さん・・・・」
その姿を見て、安堵と喜びの混じった声が一族の方々から上がる。
「すげぇな、牛頭さん」
マサクニが呆けた顔をしていた。
「まったくだ。ワタシらが弄ばれ、手も足も出なかった堕龍人を倒してしまうとは。だが・・・・」
クレハが厳しい顔をしている。何故だろう? 山を吹き飛ばして地形を変えてしまったことを怒っているのだろうか?
「ヒナノ、疲れてるところ申し訳ないけど、もう一仕事ありそうよ」
地べたに座り込んでいると、ミズキがやって来てヒナノへ手を差し伸べた。
「もう一仕事?」
ヒナノはミズキの手を取り立ち上がった。するとその時、牛頭法士が崩れ落ちるのが見えた。空を仰ぎ大の字で横になっている。
「さあ、牛頭法士さんの傷を癒して上げなさい」
ヒナノはミズキに頷き、牛頭法士の元へ駆け寄った。
「もう、動けん」
牛頭法士がぼそりと呟いていた。
「牛頭さん、治癒するよ」
「ヒナノか。ありがたい」
ヒナノが治癒の術を施す。牛頭法士の体をぼんやりとした光が包み込む。
元素の流れや消費でヒナノには分かった。牛頭の全身はボロボロだった。頭の先から爪先まで、更にその奥、体内の芯に至るまで。傷付いた場所はないと思えるほどだった。
「牛頭よ。ありがとう。よくやってくれた」
クレハだった。他にもミズキやマサクニや一族の何人か、ユリの姿もあった。
「すまぬ。約束を違えてしまった。俺はゴウを守れなかった」
クレハは首を横に振り、蘇生術のことを牛頭法士へ語って聞かせた。
「そうか・・・・」
牛頭は素直に喜べない様子だった。
「牛頭よ。あの技か? 魔術と氣法の統合の緒とやらは? 風火地水の元素を従えているように見えたが」
「ああ、四元隷属だ。察しの通り、あれは俺の氣で全身を激しく振動させ、四元素を無理矢理隷属させる技だ」
通りでか。ヒナノはそれを聞いて牛頭法士のこの傷付いた体の訳を覚った。
「凄まじい技だね。尋常ならざる鍛錬もしたんだろう。確かにあれは理の境界を超えている。だが、あれは二度と使うんじゃないよ。陰陽の均衡を著しく崩す。使い続ければ、本物の悪鬼になるどころじゃない。お前の様な者なら、魔王にすらなりかねない」
「心得ておこう。あれは共に在るべきをねじ曲げ従える。俺の弱さが作り上げた技だ。頼らぬように修行せねば」
「魔王か。まあ、しょうがないねぇ。二度とあれが見れないのも惜しいけど、目の前で相方が魔王になるのは見たくないからねぇ」
「うむ」
ユリの言葉に牛頭法士は短く返事をして眼を閉じた。無理もない。この体でこれだけ話せるのも驚異的だ。ヒナノは魔王とは何か聞きたいところだったが、これ以上の会話は治癒の妨げになりそうだ。
ヒナノは牛頭法士が眠れるように、静かにゆっくりと治癒の光で照らし続けた。