四十四の話
牛頭法士とタヂカの戦いは既に周囲の地形を変えていた。山肌に大きな穴が幾つも穿たれ、いつ山体が崩壊してもおかしくなかった。
「牛頭よ、流石だな。堕龍人でもないお前が、この俺とここまで渡り合うとはな。褒めてやる。だが・・・・」
タヂカは腰を落とし低く唸り声を上げた。タヂカを巡る氣が更に加速していく。
「天意・万力」
タヂカはその身を更に肥大させた。牛頭法士にはその氣で分かる。筋肉、骨、皮膚、内臓でさえも、そこへ宿る力は凄まじく濃密だ。正に万力だ。万人の力がその体にあった。
「これに・・・・」
その声は背後から響いた。
「ついて来れるか?」
牛頭法士が振り返る間もなく、衝撃が背中を襲った。背骨が軋む。地面と並行に飛んでいる。
牛頭は空中で一回転し地に脚を付く。が、その眼前にタヂカの蹴りが迫っていた。肘でそれを防ぐが、メキメキと骨が鳴った。折れたか。
タヂカは無数に突きと蹴りを繰り出した。そのどれもが牛頭の眼で追えず、只々打たれ続けるのみであった。
上へ、下へ、地へ打ち付けられ、また飛ばされる。幾度も繰り返されるうちに自分がどこにいるのかすら分からなくなる。
気付くと牛頭法士は地に這いつくばっていた。
「終わりか、牛頭? 堕龍人殺しの二つ名はどうした?」
牛頭法士はゆっくりと立ち上がった。全身を打たれている。タヂカの拳を受けていない場所はない様に思われた。痛みはその感覚を通り過ぎていた。立ち上がることですら、全力を尽くさなければならない。
「やはり、俺が甘かった。昔から、そうだ。守ろうと思っていたものを何度失ったことか」
「どうした? 最期の言葉の様だぞ」
「これを使わずに済ますつもりだったがな・・・・」
「これ、だと?」
牛頭法士は深い呼吸を行った。その氣の輪が広がっていく。
「氣法、七の輪」
タヂカは大声で笑った。それは今までの様な喜びではなく、侮蔑を含んでいた。
「何かと思えば! 氣法を七の輪まで広げようが、無駄だ」
だが、牛頭法士はその言葉に不敵な笑いを浮かべた。
氣が巡りつつ、その一つ一つを揺り動かし、速めていく。牛頭法士を構成する全てと、彼が結ぶ氣の輪の内が激しく振動する。
そして、牛頭は感じ取った。己の氣が共にある全てを従えるのを。
「四元隷属」
牛頭法士の身に受けた傷が次々に塞がっていき、砕けた骨も元へ戻っていく。
タヂカは牛頭の身に起きていることに、尋常ではないものを感じた様だった。
「なんだ、それは・・・・」
「四元隷属。本来、氣と共にある風火地水の元素の格は同等。しかし、俺の輪の中を巡る氣を激しく震わせることにより、氣の格は高まり、他の四元素を従え隷属させることが出来る。燃え盛れ」
牛頭法士はタヂカへ向けて巨大な火球を放った。タヂカは素早く身を翻し、それをかわした。
「馬鹿な、そんなことが・・・・有り得ん。それは、魔術。いや、まるで天意・・・・。それが『腐毒の堕龍人』を屠った技か?」
「そうだ。タヂカよ。もう終わりだ。この技は、理を超えた堕龍人ですら超える。俺の七の輪の内にある元素は、全て俺の意のままだ」
「そんなもの、力の天意の前では無力だ!」
タヂカが拳を振り上げる。
「凍て付け」
牛頭法士の言葉に従い、瞬時にタヂカの体が凍り付いた。
「風に舞え」
突風がタヂカの体を舞い上げる。
「地へ潜れ」
落下したタヂカを地が口を開け飲み込む。
「効かん! こんなもの、効かん!」
タヂカが地面を割り跳び出して来る。その顔にあるのは怒りか、狼狽か。いや、その奥にあるのは生まれて初めて感じているであろう、蹂躙される恐怖だ。
「万力・我拳!」
タヂカが牛頭へ向けて渾身の拳を放つ。その一撃で山が半分砕け飛んだ。が、肝心の牛頭法士の姿はそこにはなかった。
「無駄だ」
牛頭法士はタヂカの背後に立っていた。タヂカは振り向き、急ぎ間合いを取った。その動きから焦燥が伝わって来る。
「貴様、それは瞬転移」
「分かっただろう。もう、終わりなのだ。そこへ動くな」
その瞬間、タヂカは幾重もの青白く光る壁に取り囲まれていた。棺桶の中に閉じ込められたかの様に、タヂカは身を縮め動けなくなった。
「こんなもの!」
タヂカは力尽くで壁を破壊する。だが、また幾重もの青白い光の壁が現れ、囚われてしまう。
「無駄だ。それは無限に現れるぞ。さあ、貴様が犯した罪、弄んだ者達を想え!」
牛頭法士が腕を振り上げる。その上空に光が集まり塊となって、天を割らんばかり凄まじい輝きになっていく。
「ま、待て・・・・」
怯えるタヂカに牛頭法士は歪んだ加虐の笑みを浮かべた。
「天斬!」
光の塊がタヂカへ落ちる。周囲の全てが光へ没していく中で、牛頭法士はタヂカの氣の流れとその肉体が消え去っていくのを感じ取っていた。