四十二の話
牛頭法士はタヂカと睨み合いを続けていた。
ただの睨み合いではない。氣法の使い手が卓越した者であればあるほど、その結ぶ氣の量は膨大になる。その為達人同士の立ち合いともなれば、結ぶ氣の奪い合いが起きる。これを氣法士の間では「氣競り」と呼ぶ。
「ふん、氣競りなど下らん。くれてやる」
そう言うと、タヂカは息吹を発し全身に力を込めた。
「天意、千力」
タヂカの身に付けていた金色の鎧が弾け飛んだ。全身の筋肉の膨張だ。
牛頭法士の眼にはタヂカの体を凄まじい速さで氣が巡っているのが写った。膨張だけではない。その筋繊維の濃密さも増大している。
「元来、俺には氣法など必要ないのだ。こんなもの、お遊びと威嚇の為に身に付けたようなもの」
「タヂカよ。そのお遊びで、お前は命を奪われるのだぞ」
牛頭法士は深く呼吸を行い、開氣、結氣、流氣を繰り返し、輪を広げていく。
「氣法、六の輪」
その時、牛頭法士達の立つ山が震えた。シメグリの一族達から悲鳴が上がる。地鳴りが轟々と空気も震わす。
「六の輪か。山そのものだな。良いぞ!」
タヂカが大きく笑い声を上げる。
嬉しいのか? だが、その喜びがいつ恐怖に変わるか見ものだ。牛頭法士は自身も笑いを浮かべているのに気付いた。やはり、力の制御は出来そうにない。
「空弾・百裂」
牛頭法士は瞬きをする間に、タヂカへ向けて幾度も両腕を振るった。無数の空気の弾が、その笑った顔に向けて放たれる。
タヂカはそれを手の平の一振りでかき消し、牛頭へ突進した。肩にその暴虐の天意を込め牛頭の胸板にぶつける。
牛頭はあえてそれを受け止めた。ぶつかり合う二つの巨大な力で、暴風が辺りを襲った。拳大の石塊が木の葉の様に舞う。
牛頭法士はちらりとシメグリの一族の方を見遣った。大丈夫そうだ。ユリも一族の術士達も幾重にも障壁を張って、暴風から身を守っている。
だが、これからこれ以上の暴威が襲う。となると、あの障壁でも防げるかどうか分からない。
「せめて、遠くへ」
牛頭法士はタヂカの首を掴み上げて力任せに投げ飛ばした。タヂカの巨体が宙を舞う。
牛頭は地を割る勢いで駆け出しそれを追った。
山の斜面がタヂカに迫る。牛頭はタヂカが激突する刹那、拳をその腹に叩き入れた。激突の衝撃に加わったその力で、山肌に深く穴を穿った。
「狂拳」
牛頭は雄叫びを上げ、間髪入れずタヂカへ拳を叩き入れる。百か二百か。いや、千か。一息する間に、数え切れない拳が放たれる。
だが、タヂカは露を払うが如く、腕の一振りでそれを払い除けた。
後ろへ弾かれる、牛頭。タヂカは腕を地へ深く潜らせ牛頭の立つ地面ごと持ち上げ、宙高く放り投げた。
空へ上昇し続ける牛頭法士の足の裏には、巨大な土塊が貼り付く様にあった。
牛頭はそれを踏み割ると、タヂカへ向け土塊の雨とした。
しかし、その雨を逆流する様に更に幾つもの岩土の塊が牛頭へ迫った。
タヂカが投げたそれ一つ一つが、牛頭法士を十人束ねた大きさだ。
牛頭はその全てを拳と蹴りとで叩き割った。その度に岩土の豪雨が地を襲った。
「空穿爆下」
牛頭法士は氣を込めた掌底を打ち上げ、地へ向け自身の体を押し出した。踵へその力を乗せ落下する。
牛頭の体が空を摩擦し熱を帯びる。
待ち構えるタヂカは、それを両の腕を交差させ受け止めた。タヂカの立つ地が碗の底の様に沈んでいった。