四十の話
ユリは顔をしかめていた。
「う~ん。昨日の万本桜の場所へ来たつもりだったんだけどねぇ。瞬転移は難しいね」
ユリの立つ場所は見知らぬ森の中だった。
「もう、ここはどこなんだい? 山や森はどこも一緒だから分かりゃしない」
ユリは頭を抱えながら、地団駄を踏んだ。
「しょうがない。ここはアタシらしくいくか。牛頭法士もそれほど遠くにいないだろ」
ユリは眼を閉じ合掌をした。
「広目」
氣の流れに乗せて、ユリの意識が周囲を探る。山を巡り、深い谷へと至る。距離は三里余りか。案の定、牛頭法士は遠くない場所にいた。
「見付けた。よし、試してみるか」
ユリは広目を一瞬止めた。その一瞬に想魔、練魔、放魔、瞬転移のそれを挟み込んだ。
肌に感じる周囲の空気が変わる。眼を開けると、薄暗い洞窟の中にユリは立っていた。牛頭法士が眼を閉じて座禅を組んでいる。
「上手くいったね。この方法は使えるね」
「ユリか。どこから湧いて出た?」
牛頭法士の野太い声が洞窟に響く。その眼は未だ閉じたままだった。
「湧いて出たとは、人を虫けらの様に。まあ、良いさ」
ユリは、今シメグリの一族と自分に起きていることを牛頭法士へ話した。
「タヂカめ。許せん」
そう言うと、牛頭法士は立ち上がった。その頭の角が洞窟の天井を削った。
「だけど、大丈夫かい? 今の力であいつに勝てるのかい?」
「勝つだけなら充分だ。だが、上手く力を操れる自信はない」
「ってことは、皆巻き添えになるかもしれないねぇ」
「ああ。だからユリに頼みがある。瞬転移で奴の元へ辿り着いたら、すぐに障壁を幾重にも張って皆を守れ」
「分かったよ。あの変態野郎には一発喰らわせてやりたかったけど、あんたに任すよ」
「任せておけ」
「それじゃ、少し待ちな」
ユリは広目を始めた。すぐさまシメグリの一族とタヂカを見付ける。
「こりゃ、大変なことになってるね。すぐいくよ。掴まりな」
牛頭法士はユリの肩へ手を置いた。その瞬間、二人は影となって薄暗い洞窟から消えた。