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塔を砕く魔王と、輪を繋ぐ龍。  作者: 十輪 かむ
シメグリ急襲せり [一の巻 始]
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四の話

 乾いた風は、彼の角の裏でぐるりと渦を巻いて吹き抜けて行った。


 山間の街道を行き交う人々は彼の姿と、その横に並んで歩く女を見て興味を持たずにはいられなかった。


 角を持つ彼は視線をひしと感じながら、それは町が近い証拠であると安堵と期待が湧き始めていた。


「町が近いな。おそらく、そこの人々は少しは好意的なようだ」


 彼はため息交じりの野太い声で言った。まるで風に話し掛けているようだった。当然その声は流れる空気にすぐに溶け込んで、辛うじて聞き取れたのは隣を歩く女だけだった。


「あれは畏怖と畏敬の中間だね。牛頭法士。あんたの印象としてはかなり良いと思うよ」


 七尺を超えようかという巨躯。背負う荷。風に飜る外套から覗く体を覆う黒毛と、深い紫色の衣。そして、牛の頭部とその頂に伸びた二本の太い角。


 彼は、牛頭法士は、雄牛の獣人だった。


「お前の印象はどこも変わらんな、ユリ」


「どこもスケべな男と、嫉妬深い女だらけなのさ」


 緋色の緩やかにクセのかかった長い髪が風に踊った。それがユリの姿形を引き立たせて、道行く男の目を奪った。


 切れ長の眼光鋭い目と引き締まった頬は気の強さを伺わせるが、整った美しい顔立ちである。

 

 ただ、ユリを見る男が、男であることを掻き立たせたのはその出立からだろう。

 

 着物の肩を大胆に肌けさせその豊かな胸の谷間まで見せ付け、非対称の裾元から伸びた右脚にはその肌にピタリと吸い付くような黒の薄布を纏わせていた。


「高地は空気も乾いて冷たい。肌にも悪いだろう」


 牛頭法士は自分の外套を差し出した。彼は言いながら直近ではユリに肌を隠させる口実として一番上手いと、我ながらに思った。


 だが、ユリはそれを見透かしたように鼻で笑いながら右手をひらひら振った。


「いらないよ。アタシは火属性の元素が強いんだ。これくらいの冷えた空気はむしろ心地良いくらいさ」


 季節は春が到来し、花々もその暖かな陽光を迎え入れようと咲き始めた頃だった。


 だが、その入り口とは言えジン大陸のヘソ、あるいは秘奥と言われるシヨウ山地である。まだまだ吹く風は冷たく体の熱をゆるりと奪う。


この女はどうなっているのだ。牛頭は頭の中でつぶやいた。


 全身を黒毛と鍛え上げられた筋肉の鎧で覆われた牛頭は、寒さを感じないのは当たり前と言っても良い。


 牛頭法士が外套を身に纏うのは威圧的過ぎるその姿を少しでも緩和しようという、彼なりの配慮だ。


 だが、ユリは繊細な肌の女にしか見えない。


 この空気の中肌を出して悠揚としていられるのは、魔術を使ってその身を保護しているに違いない。わずかな時間なら並の魔術士にも、それは難しいことではない。

 

 しかし、それを何時間も行使し続けるとなると話は別だ。火の元素に愛されているか、特殊な魔術の行使をしなければ、それは不可能だろう。


 そして、ユリはその両方に当てはまる。牛頭は何度も目の当たりにしてきた。彼女にとって肌を守る魔術を一日中行使し続けることなど造作もないのだ。


「この女はどうなっているのだ」


 もう一度牛頭法士はつぶやいた。今度は誰にも聞こえないように風に溶けるように声に出して。常識外れだ。だが、常識外れであるからこそこの女は必要で、共に旅をしているのだ。


「そんな真っ黒の野暮ったい外套、新調した方が良いんじゃないかい? 確かこれから行くウダツって町は染物で有名なんだろ?」


「ああ、ここいらは良い藍が取れるし水も綺麗だからな。藍の染物でも有名だ」


「いいねぇ。藍染の外套か。牛頭法士の黒毛に中々合うんじゃないかい。アタシの贔屓にしている仕立て屋に頼んであげるよ。ついでにアタシの着物も新調したいから、沢山反物買おうねぇ」


 弾むように言う。そんな反物を沢山買えるほど路銀は潤沢ではないし、そもそも各地の名産を買い歩くような道楽の旅ではない。


「うむ、目的の後でな」


 牛頭法士の口調は穏やかであったが、その言葉には穏やかとはまるで逆のものが押し固められていたのは、やはりこの派手な女にも感じ取れたようだった。


「ああ、分かってるさ。シメグリの一族だろ。山歩きには藍染の反物は邪魔さ。アタシもそこまで浮かれていないよ。それにそいつらが使うって言う蘇生術、もし本当なら明らかに理の外さ。反物なんかよりよっぽど価値があるし興味あるからねぇ」


 牛頭法士はユリの目がギラリと光るのを見逃さなかった。


 彼女の言葉に偽りはない。ユリが最も探求するのは身の飾り方ではない。でなければ、自分の様なむさ苦しい牛男と共に旅などしない。


 牛頭法士はユリの言葉に、どこか安堵するものがあった。


 歩を進める。山々は次第に左右に遠去かり、開けた野に田畑と人々が生活を営む町並みが姿を見せ始めた。

 


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