三十八の話
ユリの腕の中で、オボロは意識を失った。
二つの術の苦痛に、よくここまで耐えられたものだ。シノビは敵方に捕まり拷問を受けた際に、口を割らない為に、苦痛に耐える鍛錬をするらしい。
その記憶も読み取れた。オボロが長く術に耐えたせいか、この女の余計な記憶を色々読み取ってしまった。この女の秘事らしきものまで。
「オボロ、あんたも乙女だねぇ」
ユリはオボロの眠り顔に眼を落としながら呟いた。
「貴様ぁ! 殺す、殺す! 殺してやる!」
イビがひたすらにユリへ向かって殺意を飛ばしていた。
「落ち着きなよ。オボロは死んじゃいないさ。ほら」
ユリはオボロを抱きかかえて、イビの隣へ横たえた。手の届く距離だ。もっとも、イビの腕は折れ動かすことは出来ないだろうが。
「何? どういうつもりだ?」
イビが驚きの声を上げる。
「どういうもこういうも、ちゃんと瞬転移のカムナは読み取れたからね」
ユリは一つ大きく息を吸い、氣を大きく周囲へ飛ばした。森を焼き、まだ燃え盛っていた炎を消し飛ばした。
「ちゃんと火の始末しないと、クレハさんに叱られるからね。ああ、後・・・・」
ユリは這いつくばるイビの前にしゃがみ込むと、その背に手を当てた。
「活癒」
イビの体が一つ大きく震える。ユリが触れる手に、イビの体を巡る氣が活発になっていくのが伝わる。
「何だ、これは?」
「氣法を使った治癒法さ。魔術の治癒術と比べてすぐには治らないけどね。まあ、日が落ちる頃までには手足を動かせるようになるさ」
ユリはそう言うとオボロの体にも同じように活癒を施した。
「これでよし。残火もちゃんと解いておいたよ」
「情けのつもりか? 殺せ」
「最初はぶっ殺すつもりだったさ。これは戦だからねぇ。でも、気が変わった。あんたらは、生きな」
「・・・・お前には分からん。生きた方が辛いこともある」
「タヂカのことかい? 安心しなよ。あいつはアタシと牛頭法士がちゃんとあの世へ送ってやるさ」
イビは何も応えなかった。一度忠誠を誓った身だ。その死を約束されて複雑な想いだったのだろう。
「ここシヨウ山地は山の幸も豊富だって聞くよ。生きるのに不自由しないはずさ。ま、楽しく自由にやりなよ」
ユリは立ち上がり、瞬転移の想魔を始めた。術には相性があるが、この術は何とか使えそうだ。
「分からんのだ。楽しくだの、自由だの・・・・」
「ふーん。そうだねぇ・・・・」
ユリは空を見上げた。丁度、春の筋雲が流れていくところだった。
「あの雲になったつもりで考えなよ。オボロが起きたら二人で一緒に考えても良いよ。ああ、それも楽しく自由か」
想魔から練魔へ至る。使えはするが、使いこなすのに少し時間がかかりそうだ。思い描いた場所、人の元へ行けるかどうか。
「・・・・恩に着る」
そのイビの言葉を耳に入れて、ユリは瞬転移の放魔へと至った。這いつくばったままのイビの横顔は柔らかく笑ったように見えた。