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塔を砕く魔王と、輪を繋ぐ龍。  作者: 十輪 かむ
大いなる輪を繋ぐ者
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三十六の話

タヂカは久しぶりの感覚に、自分でも笑みを漏らしていることに気付いていた。


 このまだ小さな餓鬼が向ける殺意は、歴戦の強者達にも劣らないものだ。これは堕龍人であるということに加え、育った環境にも影響されているのだろう。

 

 それは大切なものを守る為には躊躇なく刃を振るうという、生き残る為のある種自己防衛からだろう。少数部族にありがちだ。そうでなければすぐに滅んでしまう。だが、だからこそ・・・・。


「蹂躙しがいがある」


 タヂカは右拳を振り抜いた。ゴウは後ろへ跳びそれをかわす。


 タヂカの肘に僅かに掠る感覚が走った。跳びながらゴウがウメガイで斬り付けたのだ。


 関節を狙うのは悪くない。だが、これは浅い。タヂカの天意で立ちどころに傷が塞がる。


 踏み出して間合いを詰め左拳を振るう。今度はその下へ潜り込むようにかわし、ゴウはまたタヂカの肘を斬った。更に手首のをひねって斬撃の軌道を変え、タヂカの踏み込んだ膝元へ刃を突き落とす。そして、刺した刃を支点にしてゴウは膝を突き上げ跳んだ。


「風の型、双蜂(ふたばち)


 刃がタヂカの膝に喰い込むと同時に、ゴウの膝蹴りが鳩尾へ突き刺さった。


「良いぞ」


ゴウは再び跳び退き間合いを取った。タヂカにまるで効いていないと、瞬時に覚ったのだろう。


「技は良い。良く磨かれている。だが、堕天者としては力が足りん。そんなひ弱では俺の肉体は貫けん」


「ひ弱?」


 ゴウが疑問の声を上げる。その変わらない表情からは読み取れないが、おそらく、生まれてこの方言われたことのない言葉なのだろう。


 しかし、力が弱いのは事実だ。堕龍人としては。


「どれ、少し俺の天意を喰らってみるか?」


 タヂカは腰を落とし、呼吸を深くする。氣の流れが体の中を活発に巡り始める。


百力(ひゃくりき)我拳(がけん)


 タヂカは全身の肉体の力を拳に乗せて、正拳突きを放った。


 その腕が押し出す空気は、溶けた岩のような重さと硬さを帯びて凄まじい速さでゴウを襲った。


 ゴウは寸でのところでそれを見切ったのか、横へ倒れ込むようにそれをかわした。


 空気の塊は止まることなく霧を打ち消しながら飛び、離れた山の斜面に巨大な穴を穿った。地を震わす轟音と共に、岩土が飛び散った。


「かわしたか。まあ、やるぞと言って放ったからな。どうだ? これが俺の技だ。ただ、力強く拳を振るうだけだがな」


「凄いな。確かに、あんたと比べたら、俺はひ弱だ」


 ゴウの表情は変わらなかった。この餓鬼の感情を表情で読み取るのは難しそうだ。


「まったく、堕龍人という奴はつくづく化物だ」


 クレハという長の婆だった。霧の中から突然現れ出たように見えたが、タヂカにはこの婆が近付いて来ることは分かっていた。


「ふん。婆、俺の愉しみを邪魔しに来たか」


「ああ、大いに邪魔させてもらうよ」


 クレハはウメガイを抜き放ち構えた。同時に深い呼吸を始める。クレハの氣の輪が瞬く間に広がっていく。


「氣法、四の輪」


 広がった氣がその小さな老体へ流れ込んだ瞬間、クレハの姿が消えた。


「風の型、死々吹嵐(ししぶくあらし)


 タヂカの周囲に無数のクレハの姿が現れる。残像だが、そのどれもがただの残像ではない。氣が流れている。


 タヂカはそれを覚ると己が身を硬めた。ほぼ同時に、無数のクレハが一斉に斬り付ける。


 刃の竜巻の中に立っているようだった。斬撃が切れ目なく続く。しかも、その一撃一撃が深く肉へ喰い込んで来る。


「五月蝿い」


 タヂカは深く息を吸い込んだ。


「二の輪」


その氣に呼応して風がタヂカの周囲にトグロを巻いた。それもまた竜巻だった。クレハの刃を打ち返し、残像を呑み込み打ち消していく。


 本体のクレハはその氣に巻き込まれまいと、後ろへ跳び退いた。


 タヂカは逃すまいと、拳で空気の塊を押し出した。それを喰らい、クレハは吹き飛んでいく。


「地の型、正突」


 ゴウの正拳がタヂカの腹へ達していた。ゴウの踏みこんだ地が深く抉れ、拳が空気を破裂したように鳴らした。


 タヂカは一丈ほど後ろへ踵を滑らせた。腹の内奥にじわりとする痛みがあった。


「ほお、これがお前の得意な技だな。隙を突いたとは言え、この俺に痛みを与えるとはな」


 痛みとは言え、それは一瞬のものだった。傷と共に何もなかったかのように癒える。


「さあ、もっと愉しむぞ」


 タヂカはゴウとの間合いを瞬時に詰め、連続で拳を放った。


 ゴウは腕でそれを防ぎ続けたが、さっきのようにかわすことも、ましてや刃で斬り付けて返すなど出来ない様子だった。


 それも当たり前だ。ゴウが流しているのは氣法の一の輪だ。対して、タヂカは二の輪だ。実力差があるのなら、それ以上の三か四の輪でなければ対抗出来ない。むしろ、こうしてタヂカの拳を防ぎ続けていられるのが不思議なくらいだ。


「風の型、瞬影・乱」


 タヂカの背を何度も斬り付ける者がいた。傷はごく浅いが、鎧の隙間を抜けて肌に達している。


 また邪魔者か。振り向き睨み付ける。


 立っていたのは細身の若い男だった。腰にはウメガイではなく、刀を挿していた。


「マサクニさん」


 ゴウがその男の名を呼ぶ。


「貴様、死ぬぞ。命は惜しいだろ?」


「そいつは怖い。だけど、俺の命より、ゴウの命の方が惜しいんでね」


 マサクニは飄々と言った。その言葉に嘘はないのだろうが、本当のことを言っているようにも思えない。


 タヂカは思わず笑みを浮かべた。この類の男は読み難い。それ故に面白い。


「よかろう。二人相手してやろう」


 タヂカは二人に挟まれる真ん中で身構えた。


「三人だ」


その声の先に目が向く。そこにはクレハが立っていた。


「まったく、えらく遠くまで吹き飛ばしてくれたもんだ」


 クレハは、ため息混じりで着物に付いた土を払いながら言った。あれを喰らってもまともに立って話している。思っていたより頑丈らしい。


「婆よ。面白い余興だな」


「ありがとうよ。なるべく飽きさせないように長く楽しませてやる」


「婆様、きっついこと言うなぁ。でも、俺頑張るよ」


 クレハとマサクニとゴウが、タヂカへ刃を向ける。


 その三人に囲まれてタヂカは満悦だった。それが過ぎて抑えが外れそうになっていた。


 タヂカは思った。このままだと三人とも、いや、シメグリの一族全員殺してしまうと。



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