三十四の話
燃え盛る森の中にユリは立っていた。足元にはかつて人間であったであろう炭の塊が累々と転がっていた。
目の届く周囲には動く生き物はいないように思われた。
だが、わずかに何か動く気配がする。人か。生き残った者がいるのか。
ユリは瞬時に氣の流れを読み取った。見ると半身が焼けた兵がユリから逃げようと地を這っていた。
「生き残りがいたのかい。氣法の合間に挟み込んだらこんなもんか」
ユリはその兵へ向け魔術の炎を放った。すぐさま人の油を得て燃え盛り、兵の上げた断末魔さえも焼き尽くした。
「弱者の苦しみなんて、小さくて良いのさ」
ユリは炎を見ながらぼそりと呟いた。
ふと、ユリは視界の隅で影が揺らめくのに気が付いた。
「あらら、戻って来たのかい」
その影はすぐに形を為した。オボロとイビだった。
「ご立派だねぇ。主の命は絶対かい?」
「やはり全滅か。人一人が放った魔術とは思えんな」
イビは目の前の惨状を見ながら言った。その表情は恐れを通り越して呆けているようだった。
「イビ、援護だ」
オボロはどこから取り出したのか、両刃の短刀クナイを逆手に持ちユリに向かって駆けて来る。
オボロの纏う空気が揺らめく。氣法か。ユリがそれに気付いた瞬間、オボロのクナイがユリの喉元へ届いていた。
速い。ユリはそれを大鉄扇で弾き半歩退くと、オボロの胴へ突き刺すように膝蹴りを放った。
が、オボロはその蹴りかすめるようにわずかな動きでかわすと、腕を折りたたむように肘当てを放った。ユリはそれ仰け反ってかわしたが、オボロは攻撃を矢継ぎ早に繰り出した。
「嫌らしい攻めだね」
オボロはユリに張り付くような間合いで、短く鋭い攻撃を放って来る。並の兵など比べ物にならない速度だ。
この距離はユリが苦手だと踏んでのものだろう。確かにその通りだ。先の兵達をけしかけたのもこれを見定める目的だったのかもしれない。かわし続けるだけなら問題ない。
しかし、それには多くの集中力を裂く。魔術を放てないこともないが、精度に欠く。オボロを焼き殺しかねない。彼女からは知らなければならないことがあるのだ。
「絡水」
イビの放った魔術の水がユリの足元から這い上がる。それに巻き込まれないようにと、オボロは間合いを広げる。攻撃の手も一瞬止まった。
「火膚」
その一瞬の隙にユリ魔術を放った。ユリの取り巻く空気がたちまち熱を帯びて、魔術の水が熱蒸気に変わる。それと共に、オボロを巻き込んで焼く思惑だった。
しかし、当のオボロはそれを読んでいたのか、既にその間合いを更に広げていた。熱蒸気の揺らめきの向こうにオボロが練魔を始めているのが見える。
「塵芥百穴!」
ユリの周囲の空間に斑のような影が無数に浮かぶ。そして、その影一つ一つが発射口であるかの様に、剣や槍と矢が雨の如くの勢いで飛び出した。
「氣法、二の輪」
ユリを取り巻く空気のゆらめきが爆発的に広がった。
押し出された熱蒸気が武器の雨を撃ち落とす。それを突き抜けた剣や槍も、ユリが大鉄扇の疾風の手捌きで残らず打ち落とした。
オボロが口元を歪め舌打ちする。ユリは対照的にニヤリと笑った。
「でかした、オボロ! 風鎚・昇!」
そうイビの声がしたかと思うと、猛烈な風に打たれユリはその身を空高く舞い上げられていた。氣法の肉体強化により魔術から受けた傷はないに等しい。
だが、そのまま落ちれば命の覚悟をしなければならない高さだ。
「やられた。これが本命かい。いや・・・・」
眼下でイビが練魔をしているのが見える。収束していく元素が凄まじく濃い。これは大きな魔術だ。だが、空中では避けようがない。
「死雷招来!」
一瞬光が立ち昇ったかと思うと、空を割る雷光とけたたましい雷鳴がユリを襲った。
ユリは雷が速度で、地へ落下した。