三十三の話
刃と拳。その合間に土塊と風の鎚。タヂカはシメグリの一族が繰り出す武技と魔術を、かわすことなく身に受けていた。
強い部族だ。テイワの正規軍でも、これほどまでに強い個の集まりではない。
日々歩く生活に自ずと身体は鍛えられ、それに加えて彼ら独自の武術まである。強い。だからこそ確信が持てる。この部族は強く在らねばならぬほど、重要な何かを持っている。
堕龍人を産む秘術か、あるいは違う何かか。それをテイワが欲しがるのも分かる。
だが、今の自分にはどうでも良い。あの堕龍人殺しの牛頭だけではない。力に目覚め始めた子供の堕龍人もいるのだ。どれほどの実り具合か試さずにいられようか。
タヂカは自分に向かって鋭い視線を投げ続けているゴウを見遣った。良い面構えだ。これを堪能するには、あの鬼ユリとかいう女魔術士が邪魔だった。
今頃、イビにオボロと連れて来た兵達で足止めをしているだろう。見立てでは五分か、あの鬼ユリがわずかに勝つか。
結果はどちらでも良い。鬼ユリが戻ってくれば戦って愉しめば良い。オボロとイビが戻って来ればまた別で愉しめば良い。
「前座としては見事。だが・・・・」
タヂカは両腕を広げると、それを胸の前へ向かって空気をひしゃげんばかりの勢いで閉じ合わせ、柏手を一つ打った。
空が割れたか、弾けたか。その音の響きはシメグリの一族達の耳へ刃のように突き刺さったに違いない。
皆が一斉に耳を手で覆い込んだ。
タヂカを懸命に斬り付けていた五人の男どもなどは、耳を押さえながら地面を転げ回っていた。耳だけでなく、目と鼻に口からも血を流している。苦悶の雄叫びを上げているが、それも自分の耳では聴こえないだろう。
「お前らの付けた傷もこの通りだ」
タヂカの傷が見る間に塞がっていく。
「俺の天意は肉体の力そのものだ。傷を付けただけでも大したものだ。まあ、今のお前らの耳には聴こえぬか」
相変わらず、皆耳を押さえて苦しんでいる様子だった。しかし、いち早く回復したのか、一人タヂカに向かって歩み出て来る者がいた。
「やはりな。堕龍人の体は並外れて頑強だ。名はゴウだったか?」
ゴウはタヂカから目を離さずに頷いた。タヂカは地面を転がる男の一人を掴み上げて言った。
「お前が始めから出て来れば、こうはならなかったものを」
タヂカが言い終わらないうちに、その手から男の姿が消えていた。
ゴウが瞬時に間合いを詰め、奪い取ったのだ。タヂカの目で捉えられなかった訳ではない。だが、予想外の速さに意表を突かれたのだ。
「少し、待っててよ」
その口調に激情に駆られた様子はない。氣の流れもまるで乱れていない。タヂカに対する恐怖はないようだ。
ゴウはタヂカの足元に転がる五人の男を順番に担ぎ、シメグリの一族の元へ次々に運んでいった。大人の体をまるで木切を拾い上げるように、その重さをものともしない。
「ほう、これは思ったより楽しめそうだ」
タヂカはほくそ笑んだ。
「試し合いは出来ないよ」
ゴウはタヂカに向き直ると、ウメガイという剣鉈を抜き、構えを取った。
美しい刃紋の剣鉈だ。餓鬼のクセに良い業物を持っている。あれで、全力で斬り付けるつもりか。殺すつもりで来る。タヂカはまた一つ笑った。
「お前は分かっている。堕龍人の天意は闘争にある!」
タヂカの氣が猛る。それに呼応してその体に触れる空気が激しく鳴動する。
ゴウが深い呼吸を始める。氣法か。まだまだ荒削りだが力強い。牛頭の教えを受けたか。奴の影響があるのか、はたまた根元が近いのか、牛頭のそれに似ている。
「ゴウよ、精々我らの本分を楽しもうぞ!」
ゴウがタヂカへ突進する。タヂカは愉悦に震えながらそれを待ち構えた。