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塔を砕く魔王と、輪を繋ぐ龍。  作者: 十輪 かむ
大いなる輪を繋ぐ者
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三十一の話

 クレハには、一族の間に動揺が広がっているのが分かった。


 あのオボロとかいう者の手によってユリが突然消えたのだ。これは何かの計略であろうことは誰にも分かることだ。そして、それがこの動揺の理由であろう。


 ユリはあれだけの手練れだ。彼女に対する心配は小さくて良いだろう。だが、シメグリの一族を待ち受けていることに対してはそうはいかない。確実に何かある。


 クレハは目を閉じ合掌した。広目だ。己の意識を氣と共に結び遠くへ流す。クレハの氣は山野を駆け、それに触れたものは瞼の裏へ像を為す。


 半里も行かぬところにそれはいた。開けた原野のただ中、一人岩に腰かけほくそ笑んでいる。その者が放つ氣は千の針で突かれるかのようだ。


「タヂカだ」


 広目を解いたクレハは低く言った。周りにいた一族の者達がどよめく。そのどよめきは波のように一族全体に広がっていった。


 やはりあの様な約束ごとなど守るような者ではなかったか。しかし、どうする? あの者がいるのが分かって進むか? 物見遊山の旅なら迷わず引き返す。


 だが、これは旅でなく、祈りなのだ。進まねば一族の祈りは無駄になる。クレハの喉奥から懊悩が漏れ出しそうだった。


「来い! もうそこにいるのは分かっている!」


 タヂカの、山々が割れんばかりの大声だった。あれだけ距離があるのに、耳元で怒鳴られた様だ。


 タヂカも広目など当たり前に使いこなすだろう。こちらの動きは当に分かっているはずだ。


「クレハ婆いこう」


 ゴウだった。強い眼をしている。それは覚悟や決心と言うよりも、懇願と言い表した方が近いように思えた。試したいのか? 危険極まりないと分かっているのに。


 だが、ここで退くのはより危険だ。堕龍人であり将軍でもあるような者にとって、この距離は無いに等しいだろう。背を向けた途端、死を迎えると思っても大袈裟ではない。


「分かった。だが、ゴウは前に出るんじゃないよ」


「・・・・うん」


 ゴウは目を逸らしながら頷いた。嘘が下手な奴だ。


「進むぞ!」


 クレハは感じた。シメグリの一族を包む氣が大きく揺らいだ。長の出したその判断に戸惑いを覚えた者も多いだろう。あのタヂカと対峙しようと言うのだ。当たり前の反応だ。


 急な勾配を先に立ち、一族を綱で引き上げるように歩く。山に生きるクレハにとって、この勾配は普段感じないに等しかったが、この時ばかりは重く感じざるを得なかった。


 視界が開け原野が広がる。控え目な草花と苔生した岩しかない中で、タヂカの姿は否応なく目に入って来た。


 クレハが広目で見たままの姿だ。岩の上に座っている。気が長いのか短いのかよく分からない奴だ。


 クレハは一族の隊を止め、一人テイワの将軍へ向けて歩み出た。


「約束には後二日あるはずだが?」


 クレハがタヂカに問いかける。


「確かに。だが、それは秘術を教えてもらう日のことだろう? その間、俺はお前達の前に姿を現さないとは言っていない」


「屁理屈をこねおって」


 クレハは唾を吐き出したい心持ちだった。


「なに、ほんの退屈しのぎの余興だ。そこの堕龍人の餓鬼と試し合いをと思ってな」


「なんだと!」


 後ろでゴウが動く気配がした。それと共に周りの者達が制止する声も上がる。


「我らがお相手しよう」


 ムロを始めとする一族切っての猛者達五名だった。シメグリの一族を襲う魔物などと対峙する時、いつも先に立って戦う者達だ。


「ゴウはまだ力に目覚めて日も浅い。俺達の方が楽しめると思うがな」


 猛者の一人が言った。それに対してタヂカは鼻で笑うだけだった。


「お前達!」


 クレハが五人を呼び止める。


「ゴウは一族の子です。親は子を守らねばなりません」


 ムロが静かに言った。


「それなら、長であるワタシが」


「あなたはまだ一族を率いてもらわねば。それから・・・・」


 ムロは口をクレハの耳元に近付けて言った。


「我らの闘いの氣に牛頭法士が気付いてくれれば良いのですが」


 言うとムロ達はタヂカに向かって突進していった。


「牛頭法士が気付くか・・・・」


 それは小さな望みだ。ぶつかり合う闘いの氣は遠くまで届くこともある。だが、それをこの山地のどこにいるとも知れない牛頭法士が偶然受け取る可能性は低いかもしれない。


「術士! 五人を援護しろ!」


 クレハが指示にすぐさま一族の術士達が応える。無数の練魔が始まる。


 低い可能性だろうが、今はその望みにかけるしかない。クレハには、それしかゴウを守る手立ては思い付きそうになかった。



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