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塔を砕く魔王と、輪を繋ぐ龍。  作者: 十輪 かむ
シメグリ急襲せり [一の巻 始]
3/67

三の話


「よくやった、ゴウ」


 クレハがゴウの肩を軽く弾くように叩いた。ゴウはそれに応えて静かに頷いた。


「すぐに負傷した者達の治癒を」


 クレハのその指示で一族が皆我に返ったようだった。それだけゴウの一撃が衝撃的だったのだ。


術士が負傷している者の傷口に手をかざす。穏やかな光がその手から放たれて血を止め、傷を塞ぎ、腫れがひいていく。


「ワタシも治癒するよ」


 ヒナノは、息も絶え絶えで腹部を押さえ横たわっている男の元へ駆け寄った。自分も何か役に立たなくては。そんな焦燥感の様なものがあった。


「ごめん、ちょっと水かけるよ」


 男の腹部に傷はないが腫れ上がっていた。内臓に損傷があるのかもしれない。ヒナノは、腰帯にぶら下げた竹筒の栓を抜き傾けて中の水を男の腹部にかけると、その上に手をかざした。


水癒(すいゆ)!」


 ぼんやりとした光が男を包む共に、水はたちまちその体の中へ染み込んでいった。すると、男の呼吸の乱れも治り腹部の腫れもひいていった。


「おお、すごいな、ヒナノ。ありがとう」


「へへっ。大きな怪我にはこの方法で魔術かけるのが一番なんだ。ああ、これから血のおしっことか出るかもしれないけど、気にしないでね。治った証拠だから」


「あ、ああ・・・・」


 そんなヒナノの注告に男は苦笑いで応えた。年頃の女の子がそんなこと言うもんじゃない。いつもなら、そう母のミズキに怒られそうだったが、その耳には届いていなかったようだ。


「粗方負傷者を治癒させたら、すぐにここを離れる」


 賊を退けたばかりなのにクレハは急かしていた。


「婆様、傷が癒えても少し休息が必要かと。今日はここで天幕を張っては?」


 ミズキが進言した。


「ダメだ。あいつらただの賊じゃない。ただの物盗りが全く氣取られずに潜むなんて出来ないからね」


「何者なのでしょうか?」


「分からん。分からんが、今の襲撃はこの一族の力量を推し量る為の様にも思える。奴らの本来の目的は・・・・」


 クレハは着衣の胸元をグイと握った。クレハの手の内で着衣越しに何かの形が顕になった。


 ミズキはその仕草で何かを察したようだ。言葉を出しかけて口をつぐんだ。


「とにかく、このまま山で祈りを進めるのは危険だ」


「では、里へ下りますか? ここからならウダツの町が近いはず」


「うむ。だが、我らは祈りを止める訳にはいかない。ウダツへ下るのは子供と大人の半分だけだ。ワタシの勘じゃその方が色々と都合も良いだろう。マサクニよ、ちょっと来てくれるかい?」


呼ばれた男はすぐに駆け寄って来た。目尻が下がった眼が、良く言えば穏やかな、悪く言えば間の抜けた印象な青年だった。一見すると細い体に思えるが、着物から覗く肢体には無駄な肉がなく鍛え上げられたものであると見ることが出来た。


「なんでしょう? 婆様」


「お前、先にウダツへひとっ走り行ってくれるかい? テンユウ兄弟に用心棒を頼みたいんだ。お前昔仲良かっただろ?」


「ええ、まあ・・・・」


 マサクニは首をさすった。明らかに気乗りしない様子だった。


「テンユウ兄弟だなんて! 一族の追放者じゃないですか! ダメです。そんなの反対です」


 ミズキが声を上げた。その声に一族の者は皆目を向けた。ミズキの意見に賛同する者も多かったのだろう。中には大きく頷く者もいた。


「だが、腕は立つ。今は一族を守る為に強い者が必要だ」


「でも、俺なんかがあの兄弟を説得出来るかどうか」


「大丈夫。これさえあれば何とかなるだろう」


 そう言うと、クレハは懐から山吹色を放つそれを取り出した。金の大粒だった。一族はどよめいた。


「それがあれば一族の一月分の米が買えるぞ・・・・」


 誰かが呟くのが聞こえた。


「なあ、ヒナノ。テンユウ兄弟って何だ?」


 ゴウがヒナノの耳元で尋ねた。彼なりに周りに気を遣ったのだろう。ヒナノは少し驚いた。


「ワタシ達が小さい頃に一族を追放された奴らだよ。母さんは詳しく教えてくれないけど、なんか、ものすごく乱暴者だったらしいよ」


「そうなのか・・・・」


 そう言いつつゴウはクレハの前に歩み出た。


「クレハ婆、俺もそのテンユウ兄弟のところへ行くよ」


「な、何言ってるの、ゴウ!」


 大声を上げたのはヒナノだけではなかった。テンユウ兄弟が追放された理由を知っているであろう大人達は色めき立っていた。


「ゴウ、何故行きたいんだい?」


「そいつら俺よりも強いんでしょ?」


「単純な腕力じゃお前の方が上だが、戦い方はずっとあいつらの方が上だね」


「なら、それが理由だよ」


「それなら、マサクニが兄弟を連れて帰って来るまで待てばいいじゃない?」


 ミズキが柔らかな口調で諭すように言った。


 ヒナノは思った。母の口調は穏やかだが、きっと気が動転しているのだろう。さっきはテンユウ兄弟を連れて来るのを反対していたのに、まるで矛盾していることを言っている。


「それじゃダメだ。それじゃ、ダメな気がするんだ。直接会ってぶつかりたいんだ」


「強い人なら一族にもいるよ。婆様や、他にも強い人はたくさんいる」


「それは分かってるよ。でも、何故かみんな本気で相手してくれないんだ。俺はもっと自分の力を知りたい」


「それは・・・・」


 ミズキは言葉を詰まらせた。しかめた眉が困惑を示しているのは明らかだった。周りの大人達も同じような顔をしていた。


 ヒナノは不思議に思った。ゴウがそこまでまずいことを言っただろうか?


 クレハは金の大粒を手の平で転がしながら、じっとゴウの瞳を覗き込んだ。まっすぐ見返すその色は深く淀みない黒であった。


「ヒナノ、お前も一緒に行ってやるんだ。怪我人が出るかもしれないからね」


「えっ、ワタシも? って・・・・」


「お前ら三人なら、日が落ちるまでにウダツへ行って帰って来れるだろう。テンユウ兄弟を説得したら、すぐに連れて帰って来ておくれ」


「その前にまた賊が攻めて来たら?」


 ヒナノが訊いた。


「また攻めて来るのだとしたら、確実にさっきより強い奴らだろう。その時は、まあ、散り散りになって山の中に逃げるとするよ」


「じゃあ、今一族はかなり危機的なんだ。いきなり過ぎて実感ないな」


「大丈夫、クレハ婆もミズキさんだっているし、他の一族のみんなも強い。誰も死なない」


 ゴウの言葉は淡々としていたが、力強かった。そのまっすぐな眼が言葉に力を与えているのか? 小さい頃から不思議な奴だったけどいつの間にこんな眼をするようになったんだろう? 


「さあ、お前達早く支度するんだ。マサクニ、お守りは持っていかなくて良いのかい?」


「あれは長くて走るのに邪魔だから、置いていきます。ゴウもいるし」


「そうか。じゃあ、こいつはもしかしたら必要ないかもしれないけど、一応持ってきな」


 クレハは金の大粒をマサクニに向かって放り投げた。


「おおっと!」


 マサクニはそれに慌ててを伸ばした。右、左と、お手玉のように何度か手で弾いたあと、ようやく両の手に収めることが出来た。



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