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塔を砕く魔王と、輪を繋ぐ龍。  作者: 十輪 かむ
大いなる輪を繋ぐ者
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二十九の話

次の日。シメグリの一族の祈りは変わることなく行われた。


 朝日が昇る前に歩き出し、日が天辺へ達する頃までそれを続ける。日に五里から十里の距離を祈り、大河の源流から源流へと巡るその距離は一年でおよそ三千里になった。


 彼ら、彼女ら一族には、雨も雪も祈りを止める理由にはならなかった。そして、死の危機が迫ることもやはり同じだった。


 そこまでして成さねばならないことなのだろうか? いつもヒナノは疑問に感じていた。歩く先に自分達に死をもたらすかもしれない者が待ち受けているのに、それでも進まなければならない。だけど、考えようによっては、それだけこの祈りが命をかけなければならない程、重要なことということだ。


 ヒナノは一歩踏み出す脚がいつもと違うように感じた。重い。今まで退屈にしか感じなかったこの歩みが、何かを背負っているかもしれない。





       § § §






 一族の歩く景色は大きく様変わりしていた。


 人間が見上げる程の背丈の高い木々は来た道の足下へと遠去かり、代わりに身を沈めたような低木が行く道の先に群がっていた。五千尺を超える高地へやって来たのだ。


「ねぇ、マサクニさん」


 ゴウだった。隊列の中頃を歩いていたはずだが、いつの間にか後方の自分の所まで近付いて来ていた。とは言え、全く気付いてなかったわけではない。マサクニが予想したよりも速く辿り着いた。空気が薄くなったこの山道を、あの大きな荷を背負ってだ。以前より動きが自然で無駄が無い。


「ん? ゴウ。なんだい?」


素頓狂に声を上げる。いつものクセだ。わざとらしかったか? 今のゴウならこれも見抜くかもしれない。


「今日もまた相手してくれる?」


「ああ、良いよ。ゴウは凄いから、今日中に敵わなくなっちゃうかもしれないけどな」


「でも、マサクニさん、何か隠してるでしょ?」


 胸の内奥を刺される想いだった。鋭い。確かに、ゴウの言う通り技を隠してはいる。


 だが、それは見せないとは違う。見せる必要性がなかっただけだ。見抜かれればそれを認めても良い。


「いやあ、ゴウは鋭いな。まっ、そのうち見せて上げるよ」


「そっか。俺は色んな人の、色んな技を見たいんだ。楽しみだよ」


 そう持ち上げられると見せざるを得ない。マサクニは小さな後悔をしていた。


 それが伝わったのか、ゴウは急に神妙な顔付きになった。いや、表情がほとんど変わらないので、そんな気がした。


「・・・・ねぇ、マサクニさんの父さんと母さんってさ・・・・」


これが訊きたかったのか。マサクニは直感した。おそらく、自分のせいで命を落としたのかもしれないと気にしている。


 しかし、気にするなと言うのは無茶な話だ。十二の子供には、いや、年齢は関係なく一人の人間が背負うのには重過ぎるのだ。


「俺の名前、マサクニってさ、この一族の名前っぽくないだろ?」


「え? うん」


「俺の父さんは都のサムライだったんだ」


「サムライって?」


「ちゃんと身分のある兵隊みたいなもんさ。まあ、俺もよく分かってないんだけど」


 マサクニは照れ笑いをした。だが、ゴウは釣られて笑ってくれなかった。ゴウならしょうがない。マサクニは話を続けることにした。


「でさ、俺の母さんとは都でも評判のおしどり夫婦だったらしいんだ。でも、俺が産まれたすぐ後、母さんは病で死んだんだ」


「え? マサクニさんの母さんも?」


「うん。で、俺の父さんはまだ産まれたばかりの俺を連れて、このシメグリの一族の元へやって来たのさ。都のどこで聞き付けたのか、蘇生術を求めてね」


「蘇生術・・・・ユリさんと牛頭法士さんと同じ」


「そうさ。母さんを生き返らせようってね。でも、駄目だった。蘇生術は使うべき時にしか使えないってね。俺の母さんには使うべき時じゃなかったのさ。それでも、俺の父さんは諦めなくてね。じゃあ、その使うべき時が来るまでって、この一族と生活を共にするようになったのさ。もちろん、まだ小さかった俺も一緒にね」


「みんな優しいから受け入れてくれたんだね」


「この一族は、来る者は拒まず去る者追わずだからね。滅多に来ないけど。父さんはすぐに馴染んだみたいだけど、小さい頃の俺は浮いててね。あ、今も浮いてるか。で、小さい頃よく遊んでくれたのは、テンユウ兄弟だったのさ」


「テンユウ兄弟が?」


「あいつらは山に置き去りにされた、捨て子だったからさ。何か浮いた者同士、気が合ったのかな」


「・・・・浮いた者か」


 ゴウはボソリと呟いた。自分もそうだと思っているのかもしれない。


「ああ、で、山は厳しいけど、一族の人達は根は良い人ばかりだからさ、父さんは結局十年も居座った。つまり、俺が十になるまでね」


「じゃあ、シメグリから出て行ったの?」


「いや、死んだよ・・・・俺の目の前でね。熊の魔物だった。牛頭さんの倍はあったな。馬鹿デカくて背中が赤い毛で覆われてた。後から聞いた話だと『背赤(せあか)』って呼ばれてた、シヨウ山地でも札付きの魔物だったらしい。俺は森で一人でいる時にそいつに偶然出遭っちまったのさ。でも、父さんが駆け付けてくれてね。見事にその魔物を討ち取った」


「すごいね。マサクニさんの父さんも強かったんだ」


「ああ。都でも指折りの剣士だったらしいからね。・・・・だけど、その戦いの時に負った傷も深くてね。倒れた背赤に息がないのを確かめると、父さんも倒れてそのまま動かなくなった。俺が森の中を一人でフラフラしてなかったら、こんなことにはならなかったのにって、今でも後悔してる」


「・・・・そっか」


「いや、ごめんな。こんな話しちゃってさ。でも、何か、ほら、俺ら似てるだろ?」


 ゴウは静かに頷いてくれた。


「つまり・・・・なんて言うか、ゴウは独りじゃないってことでさ、独りじゃないってことは、独りで抱えなくても良いってことって言うか。牛頭さんが昨日言った通り、ゴウの内にみんながいるし、ゴウの外にも誰かいるって思っときゃ良いのさ」


格好付け過ぎたか。ゴウは何やら考えているようで、返答がなかった。


 マサクニは居心地の悪さを紛らわす為、少し前を行く一族の男に引かれた馬の元へ走った。そして、その背に積まれた荷の中から細長い物を取り出すと、それを持ってゴウの元へ戻った。


「ほら、これが父さんの形見の刀さ」


 マサクニは鞘に納められた刀をゴウに見せた。


「それが刀か。サムライが使うっていう・・・・」


「そう。今度こいつを抜いて見せてやるよ。物凄い切れ味なんだ」


「うん・・・・マサクニさん。ありがとう」


「え? ああ、うん」


 ゴウのその感謝の言葉は何か意表を突かれた気がして、脱けた返答になってしまった。兄貴っぽくはないな。マサクニは自省した。


「おい! 大変だ!」


 突然そう叫ぶ声が聞こえた。声の調子からすると何か尋常でないことが起きたようだ。


「婆様へ伝えろ!」


 急激に一族の隊列が騒がしくなる。


「何があったんだろ?」


 ゴウが隊列の先頭へ向かって走り出した。マサクニも走り出した。嫌な胸騒ぎがする。いつもなら誰かに任せているのだろうが、今は自分の予感に従って動いた方が良い。長の元へと走った。


「ゴウ、マサクニさん!」 


 隊列の中頃へ差しかかった時だった。ヒナノに呼び止められた。ゴウもマサクニも一旦脚を止めた。


「どうした、ヒナノ? 何があった?」


 ヒナノの表情から分かる。唯ごとではない。


「ユリさんが、ユリさんが消えちゃった・・・・」


 ヒナノは今にも泣き出しそうだった。


「ど、どういうことだ? ユリさんが? どうして?」


 マサクニには、それだけでは分からなかった。


「そうか、さっき一瞬だけ現れた氣、奴か」


 クレハだった。ミズキもやって来る。この様子からすると、何か勘付いてすぐさまやって来たのだろう。


「あの、テイワのオボロって人。あの人がいきなり現れて、ユリさんを掴んで一緒に消えちゃった・・・・」



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