二十八の話
その日の薄暮の頃、牛頭法士は岩山の谷間に、隠れる様に穿たれた洞穴を見付けていた。
自然のものに人の手が加わったものだろう。入り口から八丈余りはノミの様な物で彫られた跡が走り弓張状に整えられている。
「ふむ、ここは陰の質が濃い。ここに住んでいた者は人を恐れ隠れ住んでいた者か、あるいは、復讐の期をうかがい己を磨いていた者か」
牛頭法士は薄暗がりの中で、洞穴の岩壁に奔った削り跡に手を触れてみた。
「これは後者か。手で彫られている。中々の狂人が住んでいたものと見える。今の俺に丁度良い。ここへ引き寄せられたのも偶然ではなかろう」
牛頭法士は洞穴の奥へ進み坐禅を組んだ。おそらく、そこは昼間でも闇が支配しているであろう。牛頭法士の黒毛の下の皮膚にも染み入りそうな程に、空気が重く湿っていた。
目を閉じ、闇を吸い込むように深く息をする。牛頭法士はにやりと薄く笑った。頭蓋の奥にチリチリとくすぶる火花を感じ取ったからだ。
「こんなにも早く湧いて出るとはな。俺の本性はやはりこちらか」
それは懐かしくも不快な想いだった。殺意、恨み。言葉がその想いに形を作ると、それに引出されるように過去の記憶が蘇った。戦場での五感を染め上げた血の記憶が。