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塔を砕く魔王と、輪を繋ぐ龍。  作者: 十輪 かむ
龍の堕ちた、その天意
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二十七の話

「いや~、ゴウはやっぱすごいな。俺、疲れたよ。一つ休憩しよ」


 どれくらい試し合いが続いたのだろうか? マサクニが一時休憩を申し出た。


 ゴウは疲れた様子はなかったが、マサクニの呼吸が荒くなって来たのを見てか、その提案を受け入れた。二人の試し合いを見守っていた者達もその周りへ集まる。


「はい」


 ヒナノがゴウへ水の入った竹筒を渡す。ゴウはそれを受け取って一口水を飲みマサクニへ渡した。マサクニはごくごくと喉を鳴らしてその水を飲んだ。


「うまいな。ヒナノ、この水に魔術でもかけた?」


「なんにも。ただの水だよ」


 いつものマサクニの拍子に戻ったようだ。さっきまでゴウの拳をひょいひょいとよけていたようには見えない。


「皆、話を聞いてもらっても良いかい?」


 クレハが低い声で、しかし何故か通る声で言った。皆の目がクレハへ向く。ヒナノの隣でユリがニヤリとしたのが見えた。


「ゴウよ。氣法を覚えて、どう感じた?」


 ゴウは自分の手の平に目を落としながら口を開いた。


「ものすごい力を感じた。それと・・・・」


 ゴウは言葉を止めた。手の平を見ながら言葉を探しているようだった。


「あれは・・・・自由。一瞬、そんな感じがした」


 一同がゴウへ注ぐ視線を強めた。


「ほう、自由か。ワタシらじゃ感じられないが、理の外へ出た者の感覚なのかもね。堕龍人としての・・・・」


 クレハは一度、桜の木を仰ぎ、息を大きく吸った。


「まずは堕龍人とは何か話そうか。ゴウも自ら感じている通り、堕龍人は尋常ならざる力を持って生まれて来る。身体の力、氣の力共にね」


「産まれつきなんだ」


 ヒナノは思考を言葉に出していた。たまにある、クセだ。


「そうだ。だが、父母がどのような者であるかは関係ない。それこそ、天がその力を与え地へ堕としたとしか思えない。実際、ゴウの父レツと母のサツキもそれぞれ優秀な法士と術士であったが、堕龍人とは無縁だった」


「俺の父さんと母さんか・・・・俺が小さい頃に死んだって聞かされたけど」


「何故死んだか聞かせていなかったね」


 ゴウは静かに頷いた。眼の力が強い。何か覚悟を決めたようにも見えた。


 クレハはもう一度桜を見上げ深く呼吸をした。


「堕龍人が産れる時、龍が天より堕ちると言われている。ゴウが産まれた晩。今から十二年と十月前か。サツキは既にお前を身篭って十月十日経っていた。レツもサツキもお前の誕生を今かと待ちわびていたよ。だが、あの晩、何の前触れもなく、天より龍が堕ちて来た」


「龍が・・・・」


「ただ、それには、御伽話などで聞く鹿の様な角や、虎の様な手に鷹の様な爪や、鯉の様な鱗は、見ることは出来なかった。それは山を締め上げんばかりの長大で、轟音を唸り上げる、光る帯の様な塊だった」


「伝承の通りだね。そして、伝承の通りだとすると、あんたらがゴウにこの話をしなかった理由は理解出来るさ」


 ユリが言葉を挟む。


「何が起きたの?」


 ゴウはクレハを真っ直ぐ見たまま言った。クレハはそれから逃れるように空を仰いだ。


「龍は飛び回った。山を、シメグリの一族の間を。そこにある命を奪い、喰らいながら。そして、お前の母サツキの胎に堕ちた。気付くと、山の木々は倒れ、累々と一族の屍が折り重なっていた。そこで命を失った者は、実に一族の半数に達していた。お前の父のレツと、ヒナノの父のサクもその中にいた」


「ワタシの父さんも・・・・」


 ヒナノも初めて父が何故亡くなったか聞かされた。母のミズキに聞いても教えてくれなかった訳が分かった。


「ゴウはその中で産声を上げていた。凄まじい氣がそこへ宿っているのを感じた。サツキはまだわずかに息があったが、それはもういつ途絶えてもおかしくなかった。ワタシがお前を取り上げサツキに抱かせると、一つ目を細め笑った。そして、その腕にゴウを抱きながら・・・・息を引き取ったのだ」


「じゃあ・・・・俺が殺したの?」


 ようやく絞り出したような声だった。クレハは俯いてそれに応えられない様子だった。


 ミズキは泣いていた。いつから泣いていたのだろう? もう大分目が赤い。


 ヒナノは思った。自分の父が死んだのだ。これは悲しい出来事なのかもしれない。でも、あまりにも自分の想像を超えていて、どの感情でいたら良いか分からない。


「ゴウが殺したのではない。あの日、ゴウに宿った龍が殺したんだ」


 クレハの口調は静かだが、強いものだった。諭して慰めようとしたのだろう。ゴウの目を見て訴えかけた。


「同じだよ。感じるんだ。そいつは俺の中にいる。俺の力を生み出している」


「そうか・・・・。なら、お前はその力をどう思う?」


「まだ、よく分からない。でも、これはみんなの命を奪った力だ。だから、俺が好き勝手に使っちゃいけない。・・・・そうだ。みんなの為に使わなくちゃいけない」


 ゴウは拳を握りしめて、強い目でそれを見詰めた。全身が震えているように見える。何故だろう? ヒナノにはゴウがその一瞬で変わったように見えた。


「ゴウ、あんた強いねぇ。自分の宿命を突きつけられてピィピィ泣き出すどころか、今決意したね。氣の質が変わったよ。一段と力強くなった」


 ユリが目を爛々とさせて言った。氣の質が変わったのか。ゴウが変わったように見えたのは、ヒナノの勘違いではなかったらしい。


「一説には、天の生き物だった堕龍人は、地の生き物として生まれ出る為に多くの地の生き物の命を取り込むと言う。つまりはお前の中で、お前の父と母も、ヒナノの父も、そして一族の命も皆宿っていると考えられる」


 牛頭法士が野太い声で淡々と語りかける。


「俺の中で・・・・」


「お前はワタシが思っていた以上に、ずっと強いようだ。今のゴウなら、これを渡しても良さそうだ」


 クレハはそう言うと、懐から鞘に納められた一振りのウメガイを取り出した。


「こいつはお前の父レツが使っていたものだ」


 ゴウはそれを受け取ると、鞘から刃を抜いた。


「・・・・これは」


 ゴウはその刃にじっと見入った。ヒナノもそれに吸い寄せられるようだった。


 それは通常のウメガイよりも短く分厚く、刀身には雲が渦巻くような刃紋が刻まれていた。


「お前の父レツは若い頃ヒナノの父サクと共に、この大陸を旅していた。それはレツがナンヨウ国へ立ち寄った際、そこの名工に打ってもらったものらしい。『八雲(やくも)』とそれを呼んでいた」


「八雲・・・・」


「そいつは八種類の金属を混ぜ合わせ、雲のようにしなやかで、折れず、錆びず、刃こぼれすらしない。でも、普通は薄く打つものなんだけどね」


 ユリがゆるりと首を傾げた。


「ほう。ユリ、詳しいね」


「アタシはナンヨウ国の出だからね。あの国の名物は粗方知ってるつもりさ」


「ワタシらが使う通常のウメガイは生活にも使うから、それに適した造りをしている。だが、その八雲は、はなからサンキを放つのを目的として打たれたものだ。短い刀身は風の型に、分厚い刃は地の型に、しなやかさは水の型に。レツが刀工に頼み込んで打ってもらったらしい」


「そうか、これなら俺にも・・・・」


「ゴウは力が強過ぎて、普通のウメガイは折ってしまう。それなら氣の扱いが多少雑でも折れることはないだろう」


「クレハ婆、ありがとう」


 ゴウはクレハに頭を下げた。


「頭を下げる必要はない。それは、本当ならゴウが持っているべきものだった。お前が生まれた時のことを触れさせないように、ワタシが勝手に遠ざけていた。だが、お前は全て受入れた」


 ゴウは静かに首を横に振った。


「全部はまだだよ。まだ少し怖い」


 言うと、ゴウは八雲を鞘へ納めた。


「ヒナノ、ミズキさん、マサクニさん、クレハ婆。俺のこと、憎い?」


「・・・・憎い訳ないでしょ。ゴウはワタシの親友サツキの子だもの。ワタシの子も同じよ」


 ミズキが涙混じりで答えた。その口元には微笑みを浮かべていた。


「ワタシの子でもある。そして、一族皆の子でもある。だけど、親失格だ。お前にそんなことを言わせるなんて」


「そんなことないよ。みんな、今まで俺に色々なことを教えてくれた。そう、憎い訳ないんだ」


「俺は歳の頃から言ったら、兄貴になるのかな。へへっ、これからようやく兄貴らしいことしてやれるかな」


 ゴウはマサクニに頷いた。その顔は薄く微笑みかけているように見えた。


「・・・・ヒナノは?」


「え? わ、ワタシ? ワタシは、どうだろうな。今の話聞いて、いきなり憎めって言われたとしても憎めないしな・・・・。今までと変わらないよ」


「そっか、ありがと」


 ゴウは笑顔を浮かべていた。これほどはっきりしたゴウの笑顔は、ヒナノの記憶にはなかった。


 ヒナノはそれに息を呑んで驚くと共に思った。ゴウはもう違うゴウになったのかもしれないと。いや、違う。これから本当のゴウになるのかもしれない。


「ゴウよ。誰もお前のことを憎んでやしない。ただ、お前にどう接して良いか分からなかっただけさ。だが、これからは違う。より家族になる」


 ゴウはクレハにも頷いた。


「水を差すようで悪いね。ゴウ、聞いても良いかい? あんたがさっき自由って言い表したその力、他に何か感じることはないかい?」


 ユリの問いかけに、場の空気が一変したように感じた。


 ユリは自分の好奇心に素直だ。だが、ヒナノはその好奇心に感謝したい気持ちだった。この雰囲気はヒナノにとってむず痒いものだったからだ。もしかしたら、ユリもむず痒かったのかもしれない。


「感じることか・・・・」


「堕龍人が天から持って堕ちて来るのは、『天意(てんい)』って呼ばれてるのさ。常人を超える身体と氣の力も、その天意から滲み出したものに過ぎないって言われてる」


「天意?」


「うむ、天意とは堕龍人が天から与えられた、特別な力と言われている。ある者は火を、ある者は雷を、またある者は嵐を、森羅万象にあるものを一つ自在に操ることが出来る力だ。魔術も氣法も介さずな」


 牛頭法士の声が降って来る。


「そんな力が。だから堕龍人は理の外なんだ」


 ヒナノはその後に言おうとした言葉は呑み込んだ。「そんなのズルい」と言ったら子供過ぎると思ったからだ。


「どうだい? ゴウ」 


「あの岩・・・・」


 ゴウの指差す先、五丈ばかりの距離に、ヒナノの背丈はありそうな岩があった。


「あの岩、なんだか自由になりそうな気がする」


 何を訳の分からないことを言っているのだろう。ヒナノはそう思った。


「へぇ、自由かい。そいつは面白そうだ。やってごらんよ」


 そう言われて、ゴウはその岩へ向かって手の平を開いた。


岩の下の土がメリメリと鳴った。岩が動いている。ゴウは手の平を上へ動かした。すると岩はそれに呼応するように浮かび上がった。見る間に七尺の高さに達する。


「えっ!」


 ヒナノは思わず驚きの声を上げた。


「ダメだ」


 ゴウがそう漏らすと、岩は落下し、鈍い振動と音と共に再び地へ戻った。


「これと似たような技は魔術にも氣法にもある。だが、今ゴウは魔術も氣法も使わなかった。これはまさしく天意だ」


「う~ん。ものを動かす天意かい。それだけじゃなさそうな気がするねぇ。ゴウの言ってる自由って感覚が気にかかるね」


「ゴウはまだ天意に目覚めたばかりだ。その力はゆっくり使いこなせるようになれば良い」


「うん。でも、どうやったら使いこなせるようになるんだろう?」


「そればかりは分からん。堕龍人でもない限りな」


「堕龍人・・・・あのタヂカって人も堕龍人。あの人なら」


 ゴウは何気なく言ったのだろう。だが、それでも張り詰めた空気になる。特にクレハとミズキの顔は険しく、表情にも現れていた。ヒナノにも何故そうなるか分かる。


「お前、何を考えているか分からんが、あの男だけは駄目だ」


 クレハが鋭く言い放つ。


「そっか・・・・あの人からも何か学べそうな気がするんだけどな」


「なっ・・・・」


 クレハもミズキも何か言おうと口を開いたが、言葉が出ない様子だった。

 

 あのタヂカから学ぼうなんてヒナノは思い付きもしない。馬鹿なのかと言いたくなるほど、ゴウは時折突拍子もないことを口にする。


 その時、ユリが吹き出して笑った。


「あんた、本当に面白いねぇ。面白いが・・・・」


 ユリがゴウの目を覗き込むように顔を近づける。


「すご~く、危いねぇ」


「ゴウよ。敵から学ぼうとするのは悪いことではない。現に俺も戦場で敵から多くを学んだ。だが、それは、命をかけなければならないことも覚えておけ」


「・・・・命をかけるか。それもどんな感じなんだろ?」


 ユリが再び声を上げて笑った。


「牛頭法士、ゴウは本当にとんでもないねぇ。これは楽しみだよ」


「た、楽しみにしてもらっては困ります!」


 ミズキが声を張り上げる。


「おっと、こいつは失敬」


 ユリは言葉では謝っていたが、口元にはまだ笑みをたたえていた。


「ゴウ、俺は試し合いをして思ったんだけどさ。ゴウはとんでもなく勘が良い。だから、その天意ってやつも自然と掴めるんじゃないかな? あのタヂカってやつは牛頭さんとユリさんに任せようよ」


 マサクニの言葉にクレハとミズキは頷いたが、当のゴウは父の形見のウメガイを見詰めていた。何を考えているのだろう? そのウメガイで、あのタヂカと戦うことを思い描いているのだろうか?


「うむ。マサクニの言う通りだ。タヂカは俺に任せてもらおう」


「うん・・・・」


 ゴウは何か言いたげだった。言葉を呑み込んだのは皆の反応が分かったからだろう。


「では、俺はこれから氣の質を変える為、独りにならせてもらう。ゴウ、天意のことは考えなくて良い。まずは氣法一の輪を自在に操ることを目標とするのだ」


「うん。分かったよ」


「牛頭や、少し待ってくれるか?」


 クレハが口を開いた。


「うむ」


「念の為に訊いておく。あのタヂカだ。あやつの天意はなんだい?」


「奴はこう呼ばれている。『力の堕龍人』とな」


「力・・・・だと」


「タヂカは身体の力を自在に高めることが出来る。筋力、骨、皮膚、五臓六腑。それらの力を高め、拳で地を割ることも出来れば、傷付いた体も一瞬で癒すことも出来る」


「それは考えようによっては、火や風を操るよりも厄介だね・・・・」


 クレハは一つため息を吐いた。


「もし、俺が間に合わず、奴が妙な気を起こした場合、ユリを頼れ」


 ヒナノの横で、ユリが大袈裟に肩をすくめるのが見えた。


「ユリとシメグリの一族全員で当たれば、倒せずとも足止めは充分に可能だ」


「アタシが苦労しないようにさっさと帰って来ておくれよ、牛頭法士」


「うむ。では」


 牛頭法士はそう言うと、皆に背を向け歩き始めた。その姿からは、言葉よりも明確に力強さを感じた。体全体に、何か決意のようなものがみなぎっているようにヒナノには感じた。


「あれはかなり覚悟を決めてるね」


 ユリは遠ざかって行く牛頭法士の背を見ながら言った。


 牛頭法士はゆっくり歩いているように見えても水が流れる様に速く、見る間に桜の森の向こう側へ消えて行った。


「じゃあ、マサクニさん、もう一本」


「お、おう」


「クレハ婆、一つ訊き忘れてたよ。堕龍人の生まれる理由って何?」


「天の采配、世を変える宿命を背負っているとも言われているが、はっきりと分からん」


「じゃあ、俺はそれを知らなきゃだね。でも、その為にはまず一族を守らなきゃ。で、その為に今は強さが必要だ」


 ゴウは父の形見のウメガイを腰帯に挿した。


「これは言わないようにして来たことなんだが・・・・。ゴウは父親のレツにとてもよく似てる。そのウメガイを挿した立ち姿と良い、その言動と良いね」


「ええ、とっても良く似てるわ」


 クレハとミズキは目を細めてゴウの立ち姿を見た。その表情は過去を懐かしんでいるようにも、新たに期待をするようにも見えた。


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