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塔を砕く魔王と、輪を繋ぐ龍。  作者: 十輪 かむ
龍の堕ちた、その天意
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二十六の話

「牛頭さん。どうして俺がゴウの試し合いの相手なんだい? ムロさんとかの方が適任なのに・・・・」


 マサクニは明らかに乗り気ではなかった。


 その前に立つゴウも下唇に力が入り戸惑っている様子だった。


 ヒナノは万が一の傷の癒し手として、ユリは面白半分の見物客として、この試し合いを見守ることになった。


「お前の動き、肉の付き方、氣の流れ。昨日、後ろを走り大いに見させてもらった。お前の実力を見抜くには充分だと思うが?」


 マサクニの実力。確かにヒナノはこの男のそれを見ることはなかった。サンキの鍛錬でも姿を見せなかったり、鍛錬をするとしても木の棒をクルクル回して遊んでいるようにしか見えなかった。不思議なのは、周りの大人達がそれをまるで咎めようとしなかったことだ。


「いやぁ、そんな大したもんじゃないんだけどな」


「マサクニさん。牛頭法士さんがあなたを見抜いたんだ。お願いします」


 ゴウはマサクニに頭を下げた。しかし、ゴウはこれをどこで覚えたんだ。馬鹿の一つ覚えみたいにあちこちでやらなければ良いけど。ヒナノは小さな杞憂を感じた。


「う~ん。でもなぁ・・・・」


「マサクニ、何もったい付けてるんだい。焼くよ」


 ヒナノの隣でユリが言った。緩やかな口調だったが、返ってそれが凄味を感じさせた。マサクニが感じた恐怖がヒナノにまで漏れ出して来たようだった。


「ひっ・・・・堪忍してくれよぉ。しょ、しょうがない」


 マサクニは辺りを見回して、長さ二尺ばかりの木の棒を拾い上げた。


「俺はゴウみたいに、素手ってわけにはいかないからな」


 ゴウは頷き、構えをとった。


「あんな棒切れ、ゴウ相手じゃすぐ折れちゃうと思うけどな」


 ゴウの体の頑強さはヒナノがよく知っている。過去に熊の一撃を喰らってもピンピンしていたのを覚えている。


「ヒナノちゃん、氣法の使い手には木の枝も立派な武器になるのさ」


「そうなの?」


「氣法は、己が結んだ輪の内にあるものを強化出来るのさ。己の肉体だけじゃなくてね」


「ふうん・・・」


 ヒナノは氣法のことは何も知らない。説明されても今一だった。


「ゴウ、この試し合いは氣法一の輪を維持し続けるのだ。良いな?」


 ゴウは牛頭法士に頷き、一つ大きく息を吸った。その瞬間、周囲の空気が震え出した。


「こいつは、最初から全力でやらないと怪我しちゃうな」


 マサクニも深く呼吸をする。陽炎のような揺らめきが彼の体から立ち昇った。


「いくよ」


 ゴウが動いた。地を踏み、拳を捻り出す「地の型、正突」だ。踏みしめる地が抉れ、突き出した拳が空気を鳴動させて風を起こした。


 が、その拳の標的は地には立っていなかった。ゴウの起こした旋風に乗るかのように、マサクニは中高く舞っていた。牛頭法士の背丈より高く跳んでいる。


「そんなの喰らったら、ひしゃげちゃうよ」


 マサクニはゴウへ向けて下降する力に乗せ、木の棒を突き立てた。


「風の型、隼突」


 が、ゴウはそれを読んでいた。拍子を合わせるかのように拳を突き上げた。当たる。ヒナノはそう思った。


「なんてね」


 マサクニはゴウの拳を両の足の裏で踏むと、その勢いを借りて後方へ大きく宙返りをし、五丈は離れた桜の木の枝の上へ着地した。


「ふ~跳んだ跳んだ。さすが、ゴウだな」


 マサクニが木の上から見下ろす。ゴウの苛烈な突きの衝撃を受けているはずなのに平然としている。


「あれは、水の型なの? あんな使い方もあるんだ」


水の型ならばゴウの力でも受け流すことは出来るかもしれない。だが、あんな曲芸のような使い方をヒナノは見たことがなかった。


「ゴウ。見ての通り、俺は風と水の型を使う。でも、みんなとちょっと違う使い方するよ」


 マサクニは木の上から飛び降りるとそう言った。


「手の内を簡単に言っちゃう類には見えないんだけど、嘘をついているようにも見えないねぇ。中々面白いね」


 ユリが口元に笑みを浮かべながら言った。


 マサクニが動いた。ゴウへ向かって、ゆっくり真っ直ぐ歩いた。


「のんびりしてるな・・・・」


 ヒナノがそう呟いた瞬間だった。ゴウの目の前にマサクニがいた。一閃。ゴウの首元を狙い、マサクニは棒を振り払っていた。


 ゴウは虚を突かれたのか、それを仰け反ってかわした。体勢が崩れる。その好機を逃さじと、マサクニは前蹴りをゴウのみぞおちへ放った。鈍い音が二人の間から鳴ると共に、ゴウは後ろへ吹き飛んだ。


「硬っ」


 マサクニの口から漏れた。おどけたように脚を振って見せた。


 ゴウは体勢を立て直すと、瞬時に間合いをつめた。まるで効いていないようだ。


「地の型、追影(おいかげ)


ゴウは地を滑るように踏み出しながら、連続で拳を放った。突進する力を加えて連撃で相手に反撃をする暇を与えない。その技のはずだった。


「嵐を避けてるみたいだ」


 マサクニはゴウの突進に合わせて後ろ駆けをしながら、ゴウの放った拳を全てかわし続けた。


 そして、ゴウの伸ばした拳の外側へ手を添えたかと思うと、するりとゴウの後ろ側へ通り抜けた。更に体を反転させ、同時に棒を振り下ろす。


「水の型、巻渦(まきうず)


 ゴウの脳天に当たる間際だった。ゴウは膝を落として身を沈めると共に身を捩り、マサクニの一撃を掴み取っていた。


「やめ!」


 牛頭法士だった。


 その声に二人は動きを止め、正体となった。氣法も解かれる。


「ゴウよ、何故マサクニに攻撃が届かないか分かるか?」


 ゴウは一間考えて口を開いた。


「体が重い。マサクニさんが速くて動きが読めないっていうのもあるけど、なんだか自分の体じゃない。一呼吸遅れて拳が出るみたいだよ」


 空に向かって拳を伸ばしながら、ゴウは言った。


「それは氣が滞っているからだ。おそらく、ゴウは急激な力の発達により、体に意識が集中し過ぎて、体に氣が溜まっているのだ。結んだ氣は体の中に溜めようとするな。体が己ではない。輪が己なのだ。氣は輪の中を流れ、廻るものなのだ」


「廻るか。動いていると、難しいね」


「呼吸だ。体に氣が溜まり重く感じたなら、薄く長く息を吐くのだ。ゴウならば、呼吸で氣を廻らせる感覚はすぐに掴めるだろう」


 ゴウは深く頷くと、マサクニに向き直った。


「マサクニさん、もう一本」


「やれやれ、これはまた手強くなったな。ヒナノ、治癒は頼んだよ」


「え、うん。沢山怪我していいよ」


 ヒナノの言葉にマサクニはちらりと苦笑いを浮かべ、すぐに真顔へ戻った。


 ゴウとマサクニが構えをとる。


「いくぞぉ、ゴウ」


 再び試し合いが始まった。


 相変わらずゴウが重い拳を打ち出して、それをマサクニがひらひらとかわしていた。だが、ヒナノの目には心なしかゴウの動きが速くなっているように見えた。


「あれ? ゴウ、少し速くなってる?」


 隣にいるユリに訊いてみる。


「へえ、ヒナノちゃんにも分かるかい。そうだね、さっきより少し氣が廻るようになったからね。速くなってる。マサクニも中々攻撃を返せないでいるねぇ。とは言え・・・・」


 ユリはじっとマサクニの動きを目で追った。


「ありゃ、本気でやってないね」


「ずるいマサクニさん。さっき本気出すって言ったのに。じゃあ、ゴウよりマサクニさんの方が強いの?」


「その強いって意味も中々曲者でね。肉体の能力と氣の質やなんかはゴウの方がずっと上さ。でも、今のゴウはそれらを使いこなせていない。それに比べて、マサクニはちゃんと使いこなせている。だから、ああやってゴウ相手に余裕をかませられるのさ。だけどね」


 その時、ゴウの放った蹴りがマサクニの胴をかすめた。


「ほら、ゴウがまた少し速くなった。とんでもない才覚さ。ついさっき氣法を覚えたとは思えない。おそらく、三日後にはマサクニじゃゴウに敵わなくなってるだろうねぇ」


「そんなにすぐに?」


「ああ。マサクニみたいな相手だから氣法の上達も早いんだろうね。動きが速くて変幻自在。それに伴って氣の流れも目まぐるしく変わっている。当然、それを相手する側も氣の流れを変化させなきゃならない。氣の操り方を鍛えるのにはうってつけの相手さ」


「そっか。だったら、ゴウはもっと早くからマサクニさんに稽古つけてもらえば良かったのに」


「まあ、この一族にも色々とあるんだろ」


「色々か・・・・」


 ヒナノはゴウを見遣った。なんだか、今までよりも生き生きと動いているように見える。それは、氣法を覚えたことだけが理由ではないのだろう。ヒナノは自分が微笑んでいることに気付いた。


「嬉しいのかい?」


 笑った顔を見られたか? いや、ユリの視線はゴウとマサクニの試し合いに向けられていた。心の内を覗かれたのだろうか? ユリならそんな魔術も使えそうだ。


「うん。あいつ今まで本気で打ち合ってもらえなかったからさ」


「だろうね。一族のゴウに対する接し方はどこか隔たりを感じるからね」


「大人達はそんな感じだったし、同じ年頃で仲良くしてたのワタシくらいだったしさ」


「へぇ。ヒナノちゃんは優しいね。さっすが、癒しの達人」


「そ、そんなこと・・・・」


 ヒナノは自分の頬が火照るのを感じた。


「ほう、これは大したもんだ」


 クレハ婆だった。歩いてやって来る。その後ろに母のミズキも従っていた。見物しに来たのだろうか?


「クレハ殿、ミズキ殿。うむ、俺もゴウがこれほどまでとは思わなかった」


 牛頭法士にクレハは深く頷いた。


「ゴウが気になって来られたか?」


「それもあるが、一族の命運を託すあんたにも聞いてもらった方が良いと思ってね」


「ゴウのことか?」


「うむ」


 クレハは口を一文字に結んでいた。顔の皺がいつもより多く見える。その表情から、重い何かを言い放とうとしているようにも見える。


 それほどまでにゴウの生まれに何かあるのだろうか? ヒナノの体にもクレハの想いが伝わって強張っていた。



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